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第六話 孤独

 その日、シソウが製作したいくつかの品がアルセイユ国内に出回ることになった。いくつかの大きな商業組合に卸したのだが、評判は上々らしい。


 シソウはテレサ、アリスと視察に来ていた。こうして二人といると、初めてこの世界に来た時のことを思い出す。あのときと比べると二人はずっと綺麗な格好をしており、シソウもこの世界の衣服を着ている。


 それは間違いなく良い方向に向かっている証しだろうし、二人との関係もより親密なものになったのも間違いない。それでも当時の方が充実していたように思われるのは、立場のせいだけではないだろう。


 シソウがアルセイユ国内の発展に貢献しているのは確かである。それが世界全体に影響を与えることになる可能性も十分にある。けれどそれによって変わるのは、シソウ本人を除いたものなのである。


 シソウにとって今していることは既知の知識をただ使用しているだけである。そして訓練や魔物を狩りに出かける時間は以前と比べると遥かに少なくなっていた。


 つまり、シソウ自身の能力には何の変化もなく、ただ燻っているだけなのであった。そして気が付くとそのぬるま湯の生活に安心していた。それを否定するように魔物を狩りに出かけるものの、再び興奮を呼び覚ますような敵も存在せず。


 この世界で強くなり上を目指すこととテレサの笑顔。それらを天秤に掛けて、シソウは彼女の方を取ったのだ。その選択を悔いたことは無いが、本当にこのままでいいのかと思うことはある。


 そんなことを考えながらも、一件の店の前に着くと、シソウはすぐに気持ちを切り替えた。今は二人といると言っても、その隣には護衛や他の貴族もいる。そしてシソウはこの政策に乗り出すきっかけであり、開発責任は全てあるのだ。


 気の抜けた表情をしていては、テレサの顔に泥を塗ることになるだろう。シソウはすぐに繁盛している店の中の様子を窺った。


 山積みになっている、シソウ考案の品々が次々と売れていくのを見て一安心する。しかし単に物珍しいから売れている、というだけの可能性も捨てきれない。この国を高度に工業化し、人々の生活を向上させるには、ここで躓くわけにはいかない。


 そうしていると、テレサたちは人が多いせいで狭苦しい店内へと入っていく。そして店主に挨拶をして、売り上げの方を訪ねた。齢四十ほどの柔和な表情をした店主は畏まって、お陰様で、と頭を下げた。


 どうやらこの第一弾は成功したと言ってもいいらしい。それからいくつかの他店を回って、すべてが順調であることが確認できた。


 その帰途、シソウはテレサに今後の予定について尋ねた。街中でする話ではないのかもしれないが、国政に深く携わるわけではないシソウに対してする話など、誰にしても問題ないようなものくらいだろう。


「これを産業に、でしたね?」

「ええ。アルセイユには特筆すべき地の利がないため、学術都市としての立場を確立することが出来れば、他国に対して優位に立つことが出来るでしょう」


 シソウはあえて優位、という言葉を用いた。シソウは他国に対して対抗する意図は全くないのだが、今近くにいる貴族たちはそうではない。うっかり世界のためなどと口を滑らせれば、いつ敵に回るか分からない危険人物と見なされても仕方がないだろう。


 テレサはそうした意図を汲み取って、いずれ他国に販売することで利を得ることを述べた。それらの技術が理解されるまでには時間がある。情報は自由になりたがる、とはよく言ったものだ。知ってしまえば金を払う価値などない代物だが、知るためには相当な労力がかかるのだ。


 そのため、いずれ他国もその原理を理解することになるだろう。その頃にはアルセイユは膨大な利益を既に得ており、独占権を失ったとしてもそれほど痛手にはならないはずだ。


 政治に疎いシソウは、仲良くやればいいのになあ、と思うのであった。シソウはセツナもセレスティアも好きである。その感情に国の違いという差は存在しない。まして魔物という共通の敵が存在するのだから、人が団結するための条件は揃っているはずだ。


 それでも他国を牽制し合うのは、自国の利益を保証する国を超える権力を持つ機関が存在しないためだろう。いずれはそれを発展させ、戦争などない平和な世界になればいいと思う。


 それはシソウが平和を好む性質であるということではなく、むしろ戦いを喜びとする方の人間であるが、彼の大切な人たちは王族で、戦争が起きれば誰かが犠牲となるからである。


 それからシソウは、テレサと当たり障りのない会話を続けた。彼女と過ごす時間は何よりも至福の時間であったはずなのに、余所余所しく感じられるのは、互いに立場があるからだ。


 どれほど上の立場に行けば、彼女と公然と笑いあうことが出来るのだろうか。そして公人である以上、その願いが叶わないことも分かっている。


「どうかなさいました?」


 シソウはすぐそばに覗き込むテレサの顔があって、狼狽えた。何でもありませんよ、と答えながら、シソウは顔を上げた。これ以上を望むというのは、あまりに贅沢だと。


 そうして少しずつ、アルセイユ国内には科学が普及し始めた。




 それから月日は流れて、アルセイユ国内では即位式が行われていた。アリスは既に十五になっており、成人と見なされるようになっていた。そこで折を見て、正式に王位を継承することになったのである。


 元々テレサがアリスの補佐として王としての役割を果たしていたのは一時的なものであったので、急な何かがあったというわけではない。そして政治体制が急に変わるということもなく、実質的には何の変化もない。


 しかし街中はお祭り騒ぎになっており、次代の王に対する国民の期待の高さが窺える。シソウはそれに参加することは無いので、人込みの中、マーシャとナターシャを連れて、パレードが行われているのを眺めていた。こうした重圧を感じていると、テレサがアリスを城から遠ざけようとした気持ちも分からないでもなかった。


「シソウくん! ほらあそこ!」


 マーシャが指さす先には、着飾ったアリスとテレサの姿があった。式典用の馬車に乗った二人の姿は、とても眩しいものだった。笑顔を見せる彼女の姿は、国民から愛される立派な王の姿だろう。


 そうして彼女たちは通り過ぎていく。ほんの一瞬だけ、二人と目が合った気がした。その姿が見えなくなっても、シソウは暫く彼女たちのいた方を眺めていた。


「シソウくん……?」

「ああ。いや、何でもない。ご飯にしようか」

「さっき食べたばかりよ。どうしたの?」


 シソウは二人に断って、先に研究室へと戻った。誰もいない建物の中を一人で行き、自室につくとそのままベッドに転がり込んだ。


 本来であればアリスを祝うべきである。しかしあの興奮の中にいると、二人との立場の違いをむざむざと見せつけられるように感じられたのだ。分かりきったことで、とうに踏ん切りがついたと思っていたはずなのに、それでも寂しくて、孤独を感じずにはいられないのだった。


 そうしていると、こんこん、と寝室の扉が叩かれた。シソウは何も答えなかったが、入るね、と告げてマーシャは中に足を踏み入れた。真っ暗な部屋で布団の中に入って丸くなっているシソウを見ても、マーシャは嘲笑うことはなかった。


 彼女は自らもベッドに入って、シソウを後ろからそっと抱きしめた。


「シソウくんが想っている人も、貴方の孤独も、分かっているわ。けれど貴方を放っておくことなんて出来ないし、たまにでいいから、私の方も見てくれると嬉しいな」


 シソウはゆっくりと、振り返った。不安と心配が入り混じったようなマーシャの顔が、すぐ近くにあった。彼女は小さく微笑んで、シソウの顔に手を添えた。

 シソウはマーシャと初めて向き合ったような気がした。そして自分が抱える孤独同様に、彼女もまた孤独を感じていたのだろうと。暫く戸惑ってから、彼女を抱き寄せた。


 自分は何をしているのだろう、そんなことが頭をよぎるが、シソウはただ飢餓感が満たされていくのに没頭していた。



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