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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第三十四話 終わりと約束

 翌朝、大雪境はまだ馬鹿騒ぎの中にあった。一晩中騒いでいたのだろうが、気温は上昇しているため幸いなことに凍死する者はいなかった。シソウは城で朝食を取っている。他の面子は昨晩と同じ六人であった。


 綺麗所に囲まれているというのに、黙々と食事を口に運ぶシソウを見て、マーシャは他の人に気付かれないように小さく微笑んだ。シソウはそれに気が付くと、ほんの一瞬だけ目を合わせた。


「アリスちゃんは今日はどうするの?」

「今日も施設にいきます。挨拶とかしたいので」


 上手くやっているようで、大使としては上々の成果だろう。彼女もまた、自分の責務を果たそうとしている。シソウはそれを羨ましくもあった。


 それからセツナは今後の予定を語った。大々的に祝祭を行いたいのだが、西国との緊張もあるため、そこまで規模の大きいものには出来ないとのことだった。そして出発までの数日、歓待するので楽しんでいってほしいと締めくくった。


 それからシソウは、一人でキョウコの屋敷へと向かった。浮かれる人々の中、ため息を吐きながら真っ直ぐに向かった。農園が見えてくると、盛んに収穫が行われており、皆忙しそうであった。その楽しげな様子を見ていると、そこに自分は必要ないのだと、感じずにはいられなかった。


 キョウコの屋敷に入ると、丁度彼女は入り口で他の子供と話しているところだった。キョウコはシソウを見つけると、駆け寄った。嬉しそうな彼女の相手をしながら、シソウは居間の机に着いて、それから話を切り出した。


「キョウコ、使用人たちの権利を、君に移譲しようと思う」


 彼女は暫く、急な提案に戸惑ったようだった。シソウは続ける。


「俺はこの国を立つ。君は雇用主としてふさわしい働きをしていると思う。だから、その権利は君の方がいいだろう」

「……行っちゃやだ」


 キョウコは俯いて呟いた。その願いを聞き届けるということは、立ち止まるということだ。セツナはよくしてくれるのだから、ずっとこの国で安寧なる生活に浸るのも悪くはないのかもしれない。けれど、シソウははっきりと告げた。


「俺は君の父親の代わりにはなれないし、君の夢を追うことも出来ない」

「どうして? 私のこと、嫌いになったの?」

「そうじゃない。俺はやるべきことを見つけなければいけない」

「分かんないよ! 何で!?」


 キョウコは大粒の涙をぼろぼろと零して、悲痛に訴えた。シソウは唇を噛みながら、衝動的な感情を抑え込んだ。それではいけないのだと。


「この世界で生きていくと決めたから。……ごめん」

「じゃあ私も一緒に――」

「君には夢があるだろう? だからそれは、できない」


 明確な否定の言葉。拒絶を受け止められなかったキョウコは、席を立って二階へと走っていった。シソウも席を立って、その後を追った。

 彼女が入っていったのは、その父の部屋であった。先日まで、シソウが使っていた部屋である。だというのに、今は立ち入ることが憚られた。それは娘を思う今は亡き父の期待に背くということへの申し訳なさと、過去の自分への戒めだろう。


 シソウは扉に背を預けるようにして、その前に座った。


「なあキョウコ。俺はこの数日、この屋敷での生活は忙しくもあって、だけど楽しかった」


 キョウコのすすり泣く声だけが、静かな屋敷の中で聞こえる。


「俺は……この世界の人じゃないんだ。そして他の人にはない力がある。だから、もしこの世界のために出来ることがあるなら、それを果たしたい。その時はきっと皆……キョウコが笑って暮らせる世界になっているから」


 それに答えるものはなく。そして扉が急に開いた。シソウは急に扉が開いたせいでぶつけた後頭部をさすりながら、空いた隙間から覗いているキョウコを見上げた。泣き腫らした顔は、いつもよりちょっと不細工で、だけど変わらずに可愛らしかった。


「……じゃあ、それが終わったら、会ってくれる?」

「ああ。だからそれまでに、キョウコも夢を叶えてよ。この国を支える大農場にするんだろ?」

「うん。絶対だよ、約束だからね」


 そう言って、キョウコは何とか笑った。きっと適切な距離というものがあって、それよりも近すぎると互いに駄目になるだろう。だから今はこれでいい。


 そしてたった数日間でありながら、重苦しくも密なキョウコとの同棲生活は終わりを告げる。彼女との関係はもっと軽いものになったが、それは互いに自立していくことに必要だろう。そしてそれから、もう一度会えばいい。


 シソウはキョウコと顔を合わせて、笑い合った。




 そうして旅立ちの日は近づいてくる。その日シソウはもはや大雪境でやることを終えていたので、早朝からひたすら自室で素振りをしていた。こうして何もすることがなくなると、それはそれで寂しいものだと思わないでもなかった。


 そろそろ一息吐こうかと思ったとき、数人の足音と、隣りのテレサの部屋をノックする音が聞こえたので何事かと顔を覗かせた。そこからは丁度テレサの横顔が見えるが、彼女も驚いているようなので、予定外のことらしい。


「至急来ていただきたく存じます!」


 兵士はそう告げた。話の様子からはどうやら治療施設の病人を見てほしいということだった。今まで見てきたのだから、新しく運ばれてきた患者ということになる。テレサはすぐに支度をして部屋を出てきた。シソウは何か出来ることはないかと、同行を願い出た。


 城を出ると、まだ早朝だというのに少し肌寒いという程度で、空はすっかり晴れ渡っていた。それからすぐ近くの治療施設に入ると、奥の方に案内された。近づくにつれて、呻き声が聞こえてくる。


 そしてそこにいた人々はあまりにも奇妙な恰好であった。仰向けに寝たままの状態で弓なりに反り、頭と足だけがベッドに付いている。そして頻りに痙攣しているのであった。


「ご覧のとおり、魔物を狩り、呪いにかかってしまったようで」


 案内した兵士はそう告げた。誰もそれに異論を述べないことから、呪いという共通認識を持っているのだろう。それからテレサを見るが、彼女は目を伏せて首を振った。それは彼らに手の施しようがないということを意味しているのだろう。それはシソウでもすぐに理解できるほどであった。しかし、そうなる前であれば、と。


「他に前駆症状が出ている者は?」

「と言いますと?」

「これは呪いなんかではありません。『破傷風』という病気です。破傷風菌は神経毒をもたらし、筋肉を痙攣させます。口が動かないなど筋肉に異常がある人は?」


 兵士たちはすぐさま連絡を取り合ってそれらの症状があるものを探し出した。集められた者は皆、魔物のボスの討伐に参加した者たちであった。そして彼らには咬傷などの傷口があった。


「シソウ様、治療法を御存じなのですか?」

「ええ。菌自体には以前と同じくβラクタム系抗生物質が効きます。傷口にはデブリードマン(組織の切除)を行います。ですが既に放出されてしまった毒素には意味が無く」


 シソウは一旦そこで言葉を濁した。それに対する治療法を知らないわけではない。しかし通じるとは思えなかったのである。そしてそれを実現するだけの方法もすぐには思いつかなかった。


「……とりあえずは、それだけです」


 シソウは彼らに抗生物質を複製して渡すと、一旦病室を出た。そして自問するのであった。本当にそれだけなのか、と。やれることは他にまだあるのではないか、と。


 そうしているだけで名案が浮かぶわけでもなく、ただ時間だけが過ぎてゆく。それゆえに頭を抱えるのであった。


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