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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第三十二話 共闘

 白猿のボスへと、シソウと騎士の隊長は二人で向かっていく。ボスはシソウが無手であることを確認すると、煌めく透明な刀を持つ隊長に定めた。


 ボスは騎士の隊長へと目がけて、拳を振り下ろす。隊長はそれを盾でいなしながら後方へと跳躍する。そしてその防御の間にも、敵の拳を何度か切り付けていた。

 シソウはその隙に敵の懐へと入り込んでいた。そして刀を『複製』して足首を切り付けた。肉が裂ける感覚がほとんどないほどあっさりと切断された皮膚からは血が噴き出した。その痛みで地団太を踏むボスの踏みつけを食らえば、到底無事では済まないだろう。


 シソウは咄嗟に刀を消して盾を出そうとするが、その時には数人の騎士が彼の目の前にいた。彼らは盾をボスへと向け、その攻撃を受け止める。シソウはその隙に敵の背後に回り、もう一方の脚を切り付けた。


 敵の体勢が崩れる。その隙を隊長は見逃さなかった。一気に距離を詰め、下がった頭部へと切り付ける。怒り狂うボスの反撃を盾で受け止めると、突き飛ばされながらも体勢を立て直した。


 他の騎士たちも既に退避を済ませていたのでシソウも距離を取った。それと同時に、白猿のボスへと業火が放たれた。近くにいるシソウまでも汗をかくほどの熱量が、魔物のボスを呑みこむ。


 しかしそれだけでは終わらなかった。ボスは地を転がり火を消すと、焦げた肉の匂いを漂わせながら、魔法使いたちへと跳躍した。前衛の騎士たちを跳び越えて一気に彼らへと襲い掛かる。


 魔法使いたちはすぐさま退避を試みるが、ボスはその手を彼らへと伸ばす。その手が一人を捉えると、力にものを言わせて握り潰した。鮮血が雪を真っ赤に染め、あちこちに肉が飛び散る。


 白猿のボスが別の魔法使いに手を伸ばしたとき、飛来した斧がその顔面へと突き刺さった。ボスが呻き声を上げて怯んだ隙に、騎士たちは体勢を立て直す。

 ボスは己を傷つけた憎き敵を探し、その目はすぐに凛と佇む一人の女性を捉えた。騎士たちは先ほど退避したためその間には障害となるものは何もない。飛び込んだ勢いそのままに駆け出すと、突如上がった火柱の中に飲まれた。


 そして火が消える頃には、ナターシャはマーシャを抱えて離れていた。あまりにも早く、あまりにも強大なその力に、シソウでさえも驚かずにはいられない。しかしそんな暇もなくシソウはすぐさま駆け出して、白猿へと切り掛かった。


 白猿のボスは二度目の魔法を受けて、動くことが出来なかった。そしてシソウの振るう刀は、数多の切り込みのある足首を切り裂いた。太く硬い筋肉も、堅固な骨も通り過ぎて、刀は反対側へと抜ける。ボスは痛みに体をよじらせると、両断された足が離れて血が噴き出した。


 騎士の隊長はすかさずもう一方の脚を切り落とした。見事なその剣技に、シソウは一瞬見惚れた。白猿のボスが仰向けに倒れると、シソウはその上に飛び乗った。そして刀を消して斧を『複製』し、有りっ丈の力を込めて、その首へと振り下ろした。


 刀と異なって、肉を無理やり引き裂く感触を手に覚えながら、骨を砕き命を絶つ。命を奪うということがどういうことか。それを噛み締めながら、斧を叩きつけた。


 そして強力な魂が流れ込んでくる。騎士の隊長を顔を見合わせて、笑顔を浮かべた。やっと終わったのだと。いつしか冷え冷えとした空気や嫌な雰囲気はなくなって、穏やかな雪の森になっていた。


 ボスを失った猿たちはすぐさま散っていく。やがてその中から新たなボスが生まれるのかもしれないが、それは随分と後のことだろう。そうならずに、他の魔物に狩られて終わるかもしれない。


 騎士たちはゆっくりと警戒を解いていく。隊長は彼らへと振り返って、剣を高らかに掲げた。森中に響き渡るような勝鬨が上がった。シソウはその隣で、手にしていた斧を掲げる。血の付いたそれは、日の光を浴びてぎらぎらと輝いていた。


 騎士たちは白猿のボスの死骸などを引きずっていく。その他の魔物はシソウが複製したリアカーなどに乗せて運ばれていくのだが、さすがに巨大なボスを載せることは出来なかった。そうして帰路に就く間も、騎士たちは隊列を崩さなかった。


 そして数人の遺体と、怪我人もまた、他の騎士によって運ばれている。戦う以上犠牲は付き物なのは分かってはいる。それでも気分のいいものではなかった。


「ねえシソウくん! かっこよかったわ! 本当に素敵だったもの」


 マーシャにそう言われて、シソウは元気づけられているのだろうと思った。案外、彼女は人の感情の機微に敏感なのかもしれない。シソウはマーシャの頭をぽんぽんと叩いて、微笑んだ。


「ありがとうマーシャ。絶好のタイミングだったよ。無理させて悪かったね」

「ううん。シソウくんのためなら頑張れるの」


 マーシャはすかさずシソウに体を近づけた。人目を憚らない二人を見て、ナターシャは眉を顰めた。


 それから暫く、彼らは何事もなく進んでいく。時折現れる弱い魔物はこの集団にとっては敵ではない。そしてようやく街が見えてきた。住民総出で出迎えられる、その気分は国を思う騎士にとって最高の物なのだろう。シソウはそんなものとは無縁であるので、これを機会にセツナに会えないかなあなどと思いながら歓声の中を行く。


 その中には、キョウコの姿があった。彼女はシソウを見つけると飛び付いて、喜びをその小さな全身で体現していた。


「シソウお兄ちゃん! よかった! 無事だったんだ!」

「ああ、うん」


 キョウコはそのまま離れようとしないので、シソウは彼女を抱えたまま進んでいく。どうやら国の方で色々と祝賀を上げるようで、冒険者たちも含めて全員が城へ向かっている。


 からりと晴れて空気は心地好い。シソウはようやく終わったのだと実感していた。そしてぎゅっと抱き着いてくるキョウコを見た。そろそろ、彼女とも話をしなければいけない。それはいつまでも後回しに出来る時を過ぎていた。シソウはこの国の住人ではない。全てが終われば、いつまでもここにいるわけにもいかないだろう。


 だけど、今はこのまま勝利の余韻をぶち壊すことはしないでおこうと、キョウコの頭をを撫でた。


 キョウコを降ろしてそこで別れてから城に入ると、出迎えたセツナは一言二言、騎士たちに労いの言葉をかけていた。それから疲れているだろうから休むように、と。騎士の隊長はセツナに報告に上がった。そして少々話をしてから、二人はシソウの方を見た。シソウはそれに気が付いて、その方へと歩いていく。


「ではお邪魔しては何なので、失礼します」


 そう言って隊長は騎士たちの元に戻ると、すぐに彼らと談笑を始めていた。シソウをばんばんと叩くセツナは嬉しそうであった。


「ようやったの。これで大雪境も暖かくなろうぞ」

「ええ。ようやく」


 セツナはこれからすべきことがあると、去っていく。冒険者たちは個室へと案内されていたので、マーシャとナターシャとはそこで別れた。シソウは一人で元々の個室へと向かった。シソウは部屋へ続く曲がり角に達すると、部屋の前で待っていたテレサとアリスの姿が目に入った。


「シソウさん! 無事だったんですね!」


 アリスは元気よく駆けてきて、シソウへと飛び込んだ。可愛らしい笑顔に迎えられて、シソウはつい嬉しくなった。そしてすぐ近くにじっと見つめる大きな緑の瞳があって、その輝きに目を奪われた。


「シソウ様、お帰りなさい」


 シソウは顔を上げてテレサの顔を見た。穏やかなその表情に、安らぎを感じながら、シソウは答えた。


「ただいま。テレサさん、アリスちゃん。……ようやく、終わりました」


 これで、ようやく終わったのだ。長く続いた大雪境での戦いも、シソウがこの国ですべきことも。それは少し寂しくもあり、けれど確かな達成感があった。


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