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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第三十一話 白猿のボス

 騎士たちは隊長他数人で白猿のボスを取り囲んだ。他の騎士は魔法使いたちの護衛に付いている。彼らと対峙している白猿のボスは、襲い掛かる騎士たちへと牙を剥いた。

 振るわれる剣は鋭い爪に遮られ、剛腕を受け止める盾は亀裂が入っていく。ボスの奮戦によって白猿の群れはさらに勢いを増して、騎士たちを追い詰めていた。


 それは決して騎士が弱いということではない。同レベルの冒険者は非常に少なく、彼らの技量と比べると遥かに洗練された動きである。死をも恐れず一国の主力を担うのが騎士なのだから敗退することは許されないのだ。


 だが、討伐に当たるのはその中で最上位の者であるということはない。皮肉なことだが、その国で最強になったものは戦いに赴くことはさほどありはしない。それは彼らが他国に対しての抑止力として働くからであり、討伐に赴くということは敵に城を明け渡すことと同義であるからだ。


 個人が圧倒的な武力を持つこの世界で、数はそれほど意味をなさない。強力な者が一人で国を覆すことも可能だろう。だからこそ、いかにその人物を手中に収めるかが大事になる。それはこの世界が実力を重視することの一因になっているのだろう。


 だからそれほど高位でないのにも関わらず騎士たちも奮戦していたと言えるのだろう。加えて魔物の脅威を打ち砕くには、少々見劣りする装備であったということもある。


 騎士の隊長は白猿のボスの背後に回って、素早く小さな動作で剣を突き立てた。だがそれが深々と突き刺さることは無く、表面に小さな傷をつけ、僅かに血を流させるだけに終わった。


 すぐさま距離を取って体勢を立て直すが、その表情はあまり優れない。支給品の剣は悪いものではなく、ほとんどの魔物に対しては威力を発揮する。だがしかし、格上の魔物のボスを切り裂くほどの魔力を込める前に飽和してしまい、致命傷を与えるのには程遠い威力となってしまう。


 しかし引くことはできないのだと。隊長は怒号を上げながら、敵へと向かっていった。


 シソウはその様子を見つつも、ひたすら冒険者に群がる白猿を狩り続けていた。彼にとって強力な敵との戦闘は非常に魅力的であり、騎士を見捨てるようなことを望むわけではないのだが、それよりマーシャの身の安全を優先したのである。


 猿たちは固まって立ち止まることは無いため、魔法は有効ではない。そのためマーシャは自衛程度にしか魔法を使っていないのだが、それによりかえって白猿たちに標的と見なされるのであった。


「ごめんね、シソウくん。向こうに行ってもいいのよ」

「気にするな。戯れるなら野獣より美女の方がいいだろ?」


 それはシソウの強がりと彼女の不安を払拭するための冗談であったが、それでもマーシャは嬉しそうに見えた。シソウとて、焦っていないわけではない。こんな雑魚相手ではなく、早く強敵と戦いたいのであった。


 それだというのに、猿はシソウからすぐさま距離を取って中々近寄らせようとはしない。そして冒険者の方へと飛び掛かっていくのだ。彼らはてんでばらばらな動きをしているため、猿もまたばらばらに散っていく。


「冒険者たち、一旦集まってくれ!」


 シソウの声は不思議とよく響いた。そして何より、そこには人を惹きつけるだけの何かがあった。それは人の上に立つ者として大切な素質の一つであるのかもしれない。

 それを聞いた冒険者たちは一か所に小さくまとまっていく。彼らはそういった集団行動を好まないだけで、やろうと思えばできるのだ。ただし気ままな彼らがまとまることはそうそうないだろう。


「おい。これからどうすんだよ!」

「こうすんだよ!」


 シソウは一瞬にして冒険者たちへと距離を詰めた。彼らに群がっていた白猿たちは一斉にシソウから逃げるように飛び出した。彼から身を隠すために木々の中へと逃げ込まんと、誰もが向かう先は近くの林であった。


 途端、業火がそれらを焼き尽くした。正直なところ、シソウにとって冒険者たちは障害になっていたのであった。それが無くなった今、マーシャは遠慮なく魔法を放った。シソウは背後にいるマーシャへと小さく手を挙げると、彼女は可愛らしく舌を出した。


 シソウはナターシャに後を任せて駆け出した。後顧の憂いは断った。もはや目の前のあの強敵を打ち倒すだけだと。シソウは白猿のボスを見た。目立った外傷もなく、力任せに騎士たちを突き飛ばしていた。


 シソウはそれを残念だとは思わなかった。むしろ、万全に近い強敵と戦えることを嬉しいとさえ思っていた。つい笑いを浮かべるが、すぐさま表情を消して戦いに備える。シソウは彼我の距離を一瞬にして詰め、跳躍して白猿のボスの首を狙った。


 金剛石の刀を『複製』して振り下ろす。すさまじい切れ味のそれは敵目がけて真っ直ぐに近づいていく。白猿のボスはようやくシソウに気が付くと、咄嗟に爪でそれを受け止めるべく腕を上げた。だが、鋭い音が響くと共に、猿の爪がすっぱりと切れて落ちた。


 ボスはシソウを最重要と見なしたのか、他の騎士を放置して振りかぶった。その動きは今までのものとは異なって、素早くそして鋭い。シソウは間一髪でそれを回避するが、その衝撃だけで身代わりのミサンガが切れる。


 すぐさま体勢を立て直そうとするが、敵はそれを許さない。シソウが刀を前に出して威嚇するのにも関わらず、ボスはその身が傷つくことを厭わなかった。それは油断すればその命を落とすことを知っているからだろう。


 シソウは回避するのを諦めて、刀を消して巨大な盾を『複製』する。多大な魔力を注ぎ込まれた盾は、『硬化』と『質量増大』の特性を発揮し、敵の巨体から振るわれる圧倒的な力を受け止めた。


 しかし敵はそれで止まることはしなかった。真上から何度も腕を振り下ろし、シソウが逃げる隙を与えない。盾を消して逃げるべきか、それとも耐え続けるべきか。それは危険な賭けをするかどうかの駆け引きである。


 シソウがそうして敵の様子を窺っていると、敵の攻撃が止み、そして咆哮が響き渡った。すぐさま盾を消して距離を取ると、騎士の隊長が白猿のボスの肛門に剣を突き立てているのが見えた。


 シソウは思わず感心した。急所を狙えば非力を補うことが出来る。そして的確に突き立てられた剣を見ると、その腕前は見事なものであることが分かる。


 ボスはすぐさま跳躍して距離を取り、その剣を引き抜いた。隊長は武器を無くなったため、すぐさま盾を構えた。シソウはその傍に駆け寄った。


「使ってください。それほどの腕前ならすぐ慣れるでしょう?」


 『複製』した金剛石の刀を騎士の隊長に渡すと、彼は怪訝そうな顔で受け取った。そして片手でそれを軽々と振る。恐らく刀を持ったのは初めてだというのに、その動きは手慣れていた。


「素晴らしい剣だな。君はどうするんだ?」

「もう一本あるので問題ありませんよ。それより折らないようにしてくださいね」

「そんなへまするかよ」


 そう言って二人は笑いあう。そして共通の敵を睨み付けた。シソウは先ほどの一瞬で、自分一人を狙われたら太刀打ちできないことを理解していた。


 まだレベルは足りない。技量も足りない。だけどいつか、超えて見せる。だから今は彼らの手を借りよう。そしてあのボスを討ち取り、その暁にはきっとセツナは喜んでくれるだろう。


 まだ見ぬ新天地は遥か遠く、しかしすぐそばの手の届くところに、望む幸せはあるような気がした。だから今は。


 シソウは白猿のボスへと駆け出した。


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