第三十話 連携
騎士たちは獅子奮迅の働きで、暴れる氷蜘蛛の王を切り裂き、抑え込む。その捨身にも近い特攻は、鬼気迫るものがあった。シソウは彼らが上手く隙を作るのを待っていた。
やがて騎士たちの中にも怪我で下がるものが増えてきて、そして氷蜘蛛の王の脚も折れ、その胴体には傷跡が無数に付いていた。王が身をかがめると、騎士たちは一旦引いた。そして魔法使いを守るように円陣を組んだ。
氷蜘蛛の王と騎士たちの間が開いた。シソウはそれを確認すると、合図を出した。
「マーシャ!」
彼女は一瞬で氷蜘蛛の王の周囲を炎の壁で包み込む。包囲された王は身じろぎしながらも、それ以上動くことをしなかった。炎の中を突っ切って抜けることも可能であったのだろうが、既に疲弊したその体は動こうとはしなかった。
そのときシソウはナターシャ傍に来ていた。ナターシャは斧を地面に水平にしながら、微動だにせず構えていた。シソウがその斧の上に乗ると、ナターシャは力強く振りかぶって、上方へと振り抜いた。
それに合わせてシソウは跳躍、靴に魔力を込めて『加速』し、さらに舞い上がる。より高く、より上へ。風の抵抗を受けながらも、何処までも空へと上がっていく。
眼下に広がるのは、蜘蛛と争う騎士や冒険者たちと、炎に包まれた魔物の王。シソウは上昇する勢いが止まると、戦斧を『複製』した。それに魔力を込めて重量を増大させていく。
そして鎧の中に仕込んだ『引力』の魔力特性を持った素材の板に、魔力を込めた。蜘蛛の王には『引力』の特性を持った杭をあらかじめ埋め込んでいる。それによって二つの素材は引き付けあい、シソウは蜘蛛の王目がけて急速に落下していった。
もっと早く。もっと強く。
シソウはありったけの魔力を込める。
降下していくシソウに氷蜥蜴の王はまだ気付いていない。風の抵抗を無くすように斧を立てて、そしてぶつかる衝撃に備えて身代わりのミサンガに魔力を込める。
これで決める。シソウは空気抵抗で顔を顰めながら敵を見据えた。次第に王が近くなって、炎の熱さを感じるようになってくる。そして、敵を覆う炎が大人しくなった。王の姿がはっきりと表れ、シソウが狙いを定めると同時に、シソウが近づく音で蜘蛛の王は上方を見上げた。
蜘蛛の王は回避するのではなく、迎撃を選んだ。シソウが射程内に鋭い足を突き出した。シソウは自らの胴体へと近づいてくる槍のように鋭い蜘蛛の脚を認知すると、すぐさま体を捩った。その脚はシソウの鎧へと突き刺さった。
このままでは引っかかって攻撃が成功しない。そう判断したシソウは鎧を消した。そうすると中に仕込んでいた『引力』の特性を持った板が外れて、それだけが蜘蛛へと向かっていった。
シソウはもはやそれも必要ない、と斧に力を込めた。そして真下にある蜘蛛の王の胴体へと、全力で振り下ろした。
斧は金属のように硬い魔物へとぶつかって、激しい音が響き渡る。その衝撃で身代わりのミサンガが断裂した。これがなければ、シソウ自身も筋肉断裂するほどの激しい衝撃であった。
そして、氷蜘蛛の王は、砕け散った。
その破片は飛び散って、周囲に降り注いだ。そしてほんの一瞬だけ、静けさが訪れた。
すぐに氷蜘蛛の魔物は散っていく。騎士たちは遠くまで逃げた魔物を追撃することは無かった。冒険者たちはやっと終わったか、とため息を吐いた。
シソウは一番間近にいたため、蜘蛛の王の魂をより多く得ることになった。この魔物はシソウが今まで戦った中で一番強力な個体であった。今まで使用した分の魔力は全て回復し、やけに体が軽く感じた。
「陣形を崩すな!」
隊長の鋭い声が響き渡った。騎士たちはすぐさま陣形を組み警戒する。そして途端に、キーキーと喚く声が周囲から上がった。シソウはすぐさまマーシャの元へと戻った。
「マーシャ、ありがとうな」
彼女の使用した分の魔力を注ぐと、マーシャはシソウに寄り掛かって、嬉しそうに微笑んだ。シソウは思わず息を飲んだが、それも一瞬のこと、すぐに周囲を警戒し出す。元々ここに赴いたのは、猿の魔物が出たという連絡を受けたからである。
そしてこの蜘蛛の王との遭遇は、ここに生息しているのを知っていたその魔物に誘導されたというだけのことで、当初の目的は何一つ手をつけてすらいないのであった。そして彼らは騎士たちの前に姿を現した。
木にぶら下がりながら、疲弊した騎士たちを見つめるのは、真っ白な猿のような魔物である。彼らは大人と同程度の大きさで、猿よりも長く太い牙を持ち、鋭い爪を持っていた。そしてその中には、一匹巨大な猿がいた。ボスザルであるそれは、巨体に似合わぬ素早さと、溢れ出る魔力を保持していた。
騎士の隊長はこのことを既に知って誘いに乗ったわけだが、それにしてもここまで疲弊するとは思ってはいなかっただろう。とはいえ、騎士たちの士気は非常に高く、冒険者たちに傷ついている者はほとんどいない。
騎士たちの中で、魔法使いが消耗していることを除けば、連戦も可能であろう。しかし通常の戦力であっても戦力の差が大きい白猿の王を相手にするのは相当な苦戦が予想された。
白猿の王が一度鳴き声を上げると、猿たちは一斉に騎士に飛び掛かった。騎士たちはそれに対して剣を振るが、魔物たちの動きは素早く、騎士はすぐに劣勢に陥った。怪我で動きが鈍いものから真っ先に狙われ、更に傷は深くなっていく。
シソウはナターシャに、マーシャを任せた。
「どうするんだ?」
「決まってるだろ。久しぶりに刀の効く相手なんだから」
シソウはそう言って、猿の集団へと飛び掛かった。鎧も武器も持たないこともあって非常に体は身軽であった。間近にいた白猿の魔物は、無防備なシソウを絶好の獲物と見なした。
無警戒に飛び掛かってくる白猿を見て、シソウはほくそ笑んだ。シソウの上がった身体能力なら、彼らの素早さなど敵ではなかった。そしてシソウは身代わりのミサンガにより致命傷を避けることが出来るため、防具も必要ない。
久しぶりに敵を切り倒すことが出来ることに、シソウは興奮を隠しきれなかった。口角を上げて、シソウは魔物が眼前に迫ると、刀を『複製』して切り裂いた。首の骨に引っかかるとき、僅かな抵抗を覚えたが、すんなりと刀は通った。
これならば、金剛石の刀を使う必要はない、と判断する。既に常用出来るほどの魔力はあるが、武器の切り替えと適切な選択をする戦闘スタイルにおいて、消滅させることの出来ない武器を扱うのは不便でしかなかった。
他の冒険者が手こずっている魔物にまで手を出して、ひたすら切り裂いていく。氷の魔物と異なって、切ったときに確かな感覚があり、血が噴き出す。シソウは溢れる力を試してみたくて仕方がなかった。
シソウが十体近く仕留めた所で、白猿は一旦後退してシソウから距離を取った。そして冒険者の中でも比較的弱い者へと目標を変えた。シソウは相手をしてもらえなくなったことに不満を抱きつつ、近づくと逃げる魔物を追いかけては切り殺した。
まるで侵略者のようだ、とシソウは思うが、敵が向かって来る以上、甘ったれたことなど言ってはいられない。シソウは正々堂々などということへのこだわりはない。奸計も実力の一つだろうし、先に仕掛けたのは敵の方である。
そして騎士たちは、白猿のボスの相手に苦辛していた。それは力も早さも、そこらの魔物とは一線を画する。加えて、彼らが攻勢に出ようとすると、白猿たちが後ろにいる魔法使いを襲おうとするため、攻めあぐねていた。
シソウは視界の隅にそのボスを入れながら、待ってろよ、と笑うのであった。