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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第二十九話 氷蜘蛛の王

 蜘蛛の王が急に動いたその一瞬で、騎士たちは敵を見失っていた。そして気が付いたときには、その身に蜘蛛の糸が絡み付いているのだった。そして氷蜘蛛の王自身にもまた、蜘蛛の糸が絡みついている。そして彼らに隙を見出した無数の蜘蛛たちは、一目散に騎士へと襲い掛かった。


 氷蜘蛛は自らの王を糸で引き寄せるだけでなく、注意が逸れた騎士たちにも糸を吹き付けて身動きを取れないようにしたのである。それは集団的行動に慣れている動きであった。

 騎士たちはすぐさま糸を剣で切り裂くが、べたついて切れ味が落ちた剣では蜘蛛に上手く対処するのは難しかった。魔法使いたちは迫り来る蜘蛛の集団へと炎を撃ち出すが、敵の数はあまりにも多かった。


 そして氷蜘蛛の王が、騎士たちへと飛び掛かろうとした瞬間、その前方に火柱が上がった。王は急停止して、僅かに前方の脚を焼かれるにとどまった。そしてその隙に、ナターシャはその足元まで入り込み、足先を斧で薙ぎ払った。傷跡を焼く炎は更に上へと被害を増大させていく。


 蜘蛛の王が、体勢を崩した。切られた足の方に倒れ込んで、胴体が下がる。シソウはその隙に王の胴体へと乗り、杭を『複製』して思い切り突き刺した。氷よりはるかに硬いその胴体は杭が僅かに刺さり込むだけにとどめた。そのためこれといって影響を与えることはできなかった。

 シソウはすぐに巨大な戦斧を『複製』して振り上げる。そして思い切り魔力を込め、『硬化』と『質量増大』の魔力特性を発揮させながら振り下ろし、王へと杭を打ち込んだ。


 杭は深々と突き刺さり、叩きつけられた蜘蛛の王は衝撃で体を大きく震わせた。シソウは振り落とされ、地面に叩きつけられる。そしてすぐ眼前に振り下ろされた王の脚を転がって避けると、体勢を整えるため一旦距離を取った。


 ナターシャも下がり、シソウと共に冒険者たちの元に戻る。敵が騎士に気を取られていたため奇襲が成功したが、そうでないときに先陣を切るのはあまりにも危険であった。シソウはすぐさま周囲の状況を確認する。


 冒険者たちは何もしてないわけではなく、背後を取ろうとする氷蜘蛛を相手にしていた。それはほとんど危険を伴わない行動であり、それゆえ責任もそれほどない。これが彼らの生き残る術なのだろう。しかし、シソウはそれを迎合することは出来なかった。敵はこの手で倒さねばならないのだと。


 騎士たちはようやく体勢の立て直しが終わったようだった。怪我をした騎士を後方に下げ、再び魔法使いを中心とした陣形を組んでいる。中には何人か空間魔法が使える者がいるのか、盾を失った騎士も新たな盾を手にしていた。


 時間が経つにつれ、冒険者たちは混戦の様を見せるようになってきていた。彼らは基本的に統率が取れてはいない。シソウはマーシャを守るように、迫り来る蜘蛛を切り捨てる。切創が効きにくい類の相手に対して、彼女は非常に強力で有効な手段を持っている。それに頼りきりになるのではなく、戦力として考えるなら、シソウの役目は彼女を守ることなのだった。


 マーシャは目まぐるしく動くシソウを見て、頬を染めた。自分を守ってくれるその姿をとても勇敢なものに感じたからであった。もちろん、シソウにとってそんな他意はない。ただ状況と戦力を照らし合わせた結果というだけのことである。


 二人から離れてひたすら蜘蛛を狩っていたナターシャがシソウの方を振り返った。


「どうする? このままでいいのか?」

「当面はそうだな。騎士の方で何とかするだろ。それより温存しておいた方がいい」


 シソウはそう言いながら、近くの蜘蛛の脚を落として動かなくしてから、胴体を切り裂いた。いちいち斧を複製して魔力を使うより時間はかかるものの、これならば消耗を抑えつつ確実に仕留めることが出来るのだった。


 いくら倒しても魔物の数は目に見えて減ることは無く、消耗戦に持ち込まれれば不利だろう。魔法使いたちは既に氷蜘蛛の王へと魔力を集中させていた。しかし蜘蛛の王は彼らに向かうことなく、冒険者の集団へと急襲した。


 騎士たちは魔法使いの護衛に集中していたため、反応が遅れた。シソウはマーシャの方を見た。彼女は小さく頷いて、一瞬で無数の小さな火球を生成、牽制する。そして視界全てを覆うその火球は一斉に王へと放たれた。


 蜘蛛の王はそれをいくつか浴びながら、それでも勢いを落とすことは無かった。炎はすぐに消え、僅かに表面が溶けただけで目立った外傷はない。シソウはすぐそばに迫った蜘蛛の王に対して、巨大な盾を複製した。そしてマーシャを抱きかかえるようにしてその影に隠し、有りっ丈の魔力を込めて『硬化』と『質量増大』を発現させる。


 持つことも難しいほどの重量を持った盾は、王の一撃をしかと受け止めた。衝撃で身代わりのミサンガが切れるが、あまりの衝撃にそれどころではなかった。押し出されるようにして盾ごと後退したときには、冒険者たちは退避を終え、騎士たちが蜘蛛の王を取り囲んでいた。


 そして、蜘蛛の王へと火柱が上がった。勢いを失った蜘蛛の王はそれを躱すことなく、炎に包まれた。間近でその様を見ながら、シソウは盾を消してマーシャを抱え、距離を取った。


 それは賢明な判断だったようで、氷蜘蛛の王は絶命することなく、その脚をがむしゃらに動かしながら地団太を踏んだ。よろよろとした様子からは弱っていることが窺えるが、それでも魔物の王としての力は健在である。


 騎士たちはそれを受け止めながら、魔法使いたちを下がらせる。そして蜘蛛の王は止められることも気にせず、ひたすらに魔法使いを追い続けた。必死で騎士はそれを阻止しようとするが、巨体から繰り出される攻撃を受け止め続けるのは至難の業であった。


 騎士が隙を見て攻撃を加えようが、痛みを感じてはいないかのように攻撃を続ける蜘蛛の王は、まさに魔物を言うのに相応しい、狂暴な姿であった。魔法使いは、魔法を放ったのに関わらず魔物を仕留めることが出来なかったせいで、既に魔力を大きく減らしていた。敵に多大な被害をもたらすような魔法は後一、二発しか使えないだろう。


 まだそれを使うときではない、と隊長は数人の精鋭を連れて、氷蜘蛛の王へと襲い掛かった。剣を抜き、懐に入って足を切り裂く。鋭い足による踏みつけをぎりぎりまで引き付けて躱すと、鎧のあちこちに傷がついて行く。

 後に続く騎士たちは、隊長が付けた傷跡を抉るように連続して切り付けていく。そして最後尾の騎士が通り過ぎる頃には、蜘蛛の脚が切り落とされて、王は衝撃で倒れ込んだ。


 その鮮やかな手際に、シソウは感嘆していた。集団による手数で押す戦闘は、これまで見たことがないものである。シソウ個人でどうこうできるものではないが、集団戦をするときの参考にはなった。


 そして王が彼らの相手をしている間にも、蜘蛛の集団は魔法使いへと群がっていく。騎士はそれを剣戟だけで打ち砕いていくが、魔法なしではやはり押されつつあった。


 そして氷蜘蛛の王は渾身の力で騎士たちを振り払い、雄叫びを上げた。それは生き残るか死ぬかを賭けた、最後の機会になるということを知ってだろう。魔法使いの集団へと一散に駆け出した。


 シソウはそろそろだ、とマーシャとナターシャに合図を出した。魔法使いたちが魔法を使う気がないのであれば、乱戦になったところでさして迷惑はないだろう。シソウは鎧の中に、体を覆うような板を生成した。


 そして、氷蜘蛛の王との距離を詰めていった。


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