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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第二十八話 行軍

 大雪境の西の街道の前には、百人近い騎士たちが既に揃っていた。冒険者たちが揃い、時間になると彼らは行進を始めた。その後端に冒険者たちが続いていく。彼らの気性は他国の騎士と比べると大人しく、任務に従順である傾向が強い。よく言えば社会的、悪く言えば封建的だろう。


 騎士たちは隊列を乱さず、徐々に速度を上げていく。それは高レベルの者にとって、軽い駆け足は疲労にすらならないからであり、ついて行けないような者では戦力外であるからだろう。それからは常に一定の速度を保っていた。


 シソウはマーシャの方を見るが、彼女は何ともないわ、と微笑んだ。それから周囲の冒険者の格好を眺めた。彼らと経験年数を比べると、シソウは圧倒的に少ない。そこには身体能力と『複製』の能力、そしてセンスだけでは補えない、生き残るための何かがあるはずだ。


 彼らは誰一人、気負うことなく自然体であった。その武具は取り立てていいものではなく、修理した跡が見られる。クライツの剣は威力より持久力だけを追求したものであったため修理とは無縁であったが、大抵の冒険者は手ごろな値段でそこそこの性能の物を選ぶのだろう。収入の限界までつぎ込んだような一品を持っている者はいない。


 生活をするために冒険者稼業をしているのだから、それも当然であろう。生活をする金を減らして剣を買うのでは本末転倒なのだから。

 シソウはそれから隣りの二人に目を向けた。彼女たちが身に着けている紅のローブは、そこらの市販品とは異なって、彼女たちが魔法を使いやすいように調整されているものだ。そこでシソウたち三人の装備は非常に高いものだという結論に行き付く。

 複製の恩恵を感じるとともに、だからこそ、この戦いでその差を見極めたいと思うのであった。


 それから一時間ほど経ったところで、騎士たちはぴたりと足を止めた。一定の速度で走っていたのは、距離を確実に把握するためだろう。それからゆっくりと林の中へと足を踏み入れる。


 先頭を行く彼らの中には斥候を担当する者もおり、大規模な集団に出くわすこともなく、時折出て来る魔物は騎士が全て片づけてしまう。そのため、冒険者たちはただついて行くだけとなっていた。


 シソウはそのことに物足りなさと焦りを感じていると、近くにいた冒険者が笑いながら声を掛けてきた。中年といった外見の、気の大きい男性であった。


「そう焦んなよ。すぐに出番が来るからよ」


 そう言ってシソウの肩を叩くと、遅れるといけねえ、と慌てて元の隊列に戻った。シソウはどうやら思い違いをしていたのではないか、という気がしてきた。高レベルの冒険者は『何か』があったから生き残ることが出来たのではなく、生き残ることが出来たから高レベルなだけなのではないか、と。


 もちろん、それだけではないのだろうことは理解してはいる。しかしシソウの興味は既に騎士に移っていた。弱い魔物など一瞬で屠る剣捌きは、彼らが集団としてだけでなく個人としても強力であるということに他ならない。


 やがて森の奥深くまで足を踏み入れると、ひんやりとした嫌な空気が流れ始める。そして遠くからは常にがさがさと魔物が木々の上を移動する音が聞こえてくる。騎士たちは斥候の数を増やし、数人一組で任に当たっていく。


 それは敵が近いということだろう。シソウは所々聞こえてくる騎士たちの会話から、討伐対象の猿の魔物が出たということを把握した。そしてそれが誘うかのように、騎士を見つけると逃げていくという。

 罠であれ何であれ、魔物のボスを逃がす訳にはいかないのだと、隊長は他の騎士に指示を出していった。


 それから暫く、その状況は続いた。そして変化は唐突であった。斥候から戻ってきた騎士が告げた。魔物のボスを発見したと。しかしその表情は複雑なものであった。それから彼は再び告げた。そのボスは、猿ではない、蜘蛛の魔物であったと。


「まんまと誘い出されたって訳か。まあいい。どちらの魔物も討伐しなければならないのだから」


 乗ってやる、と隊長は他の騎士に告げた。長き魔物との戦いに終止符を打つ、と。騎士たちは神妙な面持ちで静かに剣を掲げた。それはこれから戦いに赴く者の顔とは似ても似つかないものなのかもしれない。興奮した様子などどこにもなく、しかしすさまじい気迫を感じさせるのであった。


 散々手を焼いてきた敵への怒り、恨み、街にいる家族への思い。様々な感情が入り混じって、ただ冷静に集団として戦うという一点に集約されていくのだ。それは異様な光景であり、しかし社会的なこの大雪境の人々の性質なのかもしれない。


 隊長が叫んだ。突撃する、と。騎士たちは鬨の声を上げた。そして一度駆け出すと、彼らは統率の取れた動きでそれに従う。誰一人疑問を呈することもなく、ただ闘志を昂らせるのであった。


 そして森の中を抜け、騎士たちが足を止めたとき、そこには巨大な蜘蛛の巣があった。木々の間に張り巡らされたその中には、うじゃうじゃと氷の体を持つ無数の蜘蛛の魔物がいた。

 そしてその奥には、人の数倍の大きさを持つ、長い足を持った巨大な透明の蜘蛛がいた。それはこの森の奥深くでじっと獲物がかかるのを待つ、捕食者たちの王であった。


 騎士たちは魔法使いを中心に陣を組む。既に魔力を集中させていた魔法使いはすぐさま、奇襲の業火を解き放った。それは以前、氷蜥蜴の王に放ったものより数段威力は劣っていた。時間を掛ければ奇襲にならないため、時間と威力の兼ね合いによるものだろう。


 その炎は蜘蛛の巣へと直撃し、氷蜘蛛の集団を焼き払った。途端、咆哮と共に急速に周囲が冷え、炎も鎮火した。そして氷蜘蛛の王は、巣を拡大しながらその上をするすると移動し、騎士に襲い掛かった。


 尖った足の先端で、魔法使いたちを貫かんと踏みつけようとする。咄嗟に騎士たちは盾を前面にして彼らを庇う様に前に立った。強力なその一撃を受けると、威力を殺すことは出来ず、突き飛ばされて魔法使いたちも巻き込みながら後方へ転がっていく。


 氷蜘蛛の王はその時既に次の攻撃に移っていた。前衛の騎士は穴を埋めるように彼らの前に立ち、盾を構える。蜘蛛の王はお構いなしに、騎士へと足を突き立てた。それは何とか逸らせたものの、盾が抉れて騎士の腹部に傷を残した。


 王は更に攻撃を加え、その魂を奪わんとする。魔法使いの一人が、咄嗟に小さな火球を放った。蜘蛛の胴体目がけて飛んでいくそれは、王に命中することなく背後の蜘蛛の巣を少々燃やすだけに終わった。


 氷蜘蛛の王は足を畳むことで小さくまとまり、それを回避した。それと同時に、跳躍のための力を蓄えている。しかしその瞬間に既に騎士たちは体勢を整え直していた。


 蜘蛛の王は全身の力を使って、騎士の集団へと飛び込んだ。騎士たちは横一列に並び、その背後にも集まることで厚みを作り、その突進を抑え込む。最前列にいた騎士の盾が衝撃で砕け散った。その騎士は突き飛ばされる勢いですぐさま後方へと跳躍し、その穴を次の騎士が埋める。そして勢いが弱まったとき、騎士たちは一斉に盾を上方へと突き上げた。


 蜘蛛の王が空へと舞い上がる。魔法使いたちはそれに合わせて炎を撃ち出した。騎士たちが食い止めることを信じて、集中させていた魔力が一斉に放たれる。その業火は渦となって、蜘蛛の王と呑みこまんとした。


 そしてこれで終わりだと確信した瞬間、蜘蛛の王は急にその場から離れた。炎の渦は、僅かに足を掠るだけで天へと昇って行った。



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