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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第二十七話 この世界で

 シソウはキョウコの屋敷へと真っ直ぐに歩いていく。帰ってきてね、というキョウコの願いもあって、宿は既に取っていない。二人を城に連れて行くのも気が引けたので、行くところは彼女の屋敷しかないのであった。


 そんなシソウは久しぶりに走ったせいで、今日はさっさと風呂に入って寝ようと決めていた。これほど早く移動できるのなら、アルセイユもすぐに戻れるよなあ、と一度店に戻ることも考える。


 夜になって冷え込んでくると、次第に雪が降り始めてくる。こうした寒い日には、やっぱり風呂に入ってさっさと寝るべきなのだ。シソウはそこでふと、温泉でも運営したら儲かるのではないか、と思いついた。そして今度セツナ様に打診してみよう、と彼女を思い浮かべた。


 そうして屋敷に辿り着いたとき、子供たちは既に食事を終えて風呂に入っていた。最近は彼らも上手くやっているようで、少し魔法が使える者が水を出したり、炎を出したり、と風呂も自分で用意している。いよいよシソウは雇い主とは名ばかりで何もしてないのであった。


 そのうちキョウコに権限も全て移譲しようか、などと考えながら、シソウは料理をするのも面倒だったので、適当な皿を用意して、その上にカレーを複製して食事を始めた。マーシャはシソウが城の仕事を進めた日から、お料理頑張るね、と意気込んでいたりもするのだが、シソウは食事にこだわりもなく待っているのも面倒なのであった。


 ナターシャもそれにならって食事を始めると、マーシャも仕方なくといった風にそれを口にする。彼女達もそろそろシソウの行動に慣れてきており、文句を言うこともなかった。


 御馳走様、とシソウがさっさと食事を終えて、風呂に向かった。誰もいない浴室でさっさと体を洗い、湯に浸かる。リラックスできるこの時間は、シソウにとって一番よく考えが纏まる時間なのであった。


 湯の中で『引力』の特性を持った素材を一つ複製して浮かべ、両手にもそれを複製する。そして左右の手に交互に魔力を込めることで、浮かんでいる素材は交互に引き付けあってカチカチ、と音を鳴らすのであった。


 そこでシソウが思い浮かべるのは継電器(リレー)であった。コイルにより磁場を発生させ、電気回路の接点を交互に切り替える物である。その際、ぶつかることで音を発生する。それは車のウィンカーなどでよく使われており、カチカチ、と言う音を誰しも聞いたことがあるだろう。


 それゆえリレーを思い浮かべたのは、特に優れた発想というわけではない。磁気飽和を起こすコイルに比べて、これらの素材に含めることが出来る魔力は非常に多い。まだ実験したわけではないが、今のところ飽和する気配はない。


 それから定式化を図る。浴槽の縁に平べったい素材を置き、おおよその距離と魔力をはかりながら、動き出すまで値を変えて何度か繰り返す。静止摩擦係数は一定であるため、動き出す一瞬において加わっている力は一定である。


 その結果から、力は二物体における魔力の乗算に比例、距離の二乗に反比例することが分かった。それは万有引力や静電気力といったものと類似した式である。


 この世界では魔法がごく自然に使われている、それがどういうことか。超常的な存在ではなく、自然科学として含められるほど、他の自然現象と調和しているのである。

 どうやら魔力というエネルギーとしてみればエネルギー保存則も働いているようだし、そう考えれば魔法で出る炎も水も等価なもので何もおかしいところはないのではないか。そこまで考えて、随分この世界に毒されたものだ、と。


 とはいえ、シソウの『複製』の能力はそれから逸脱しているように思われる。まず技術力や希少価値がコストに反映されるということだ。評価関数といった単純な指標ではなく、人間の価値観にも似た、それ自体が判別するための生き物のようにさえ感じられるのである。


 まさかね、とシソウはいよいよこの世界の価値観が染みついてきた、と笑うのであった。




 そうした特に目新しいこともなく、ただ魔物を狩るだけの日々が続いていたせいで、それが当たり前のように感じられていく。しかしその日、シソウはテレサに呼び出されて大雪境の王城に来ていた。彼女がいる個室に入ると、シソウはいつ見ても美しい笑みに迎えられた。


「シソウ様、おはようございます」

「おはようございます。どうかしたんですか?」

「そろそろ、アルセイユに戻ろうかと思いまして」


 それから、いつまでも国を離れているわけにはいきませんから、と続けた。シソウが大雪境にきてから、既に十日間が過ぎていた。特に何か用がある、というわけではない以上、いつまでも居座るのもどうかと思われた。


 テレサはシソウに、どうなさいますか、と尋ねた。それはシソウがアルセイユに戻るか、この国に居続けるか、ということである。テレサのことを考えれば、共に戻るのがいいのだろうが、アルセイユに戻ったところでシソウがすることは無かった。そして今は紅の姉妹のこともある。


 シソウが答えに窮していると、扉の向こうでばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。それからセツナと兵士が言い合う声が聞こえてくる。シソウは答えを出さずに、扉から半身を乗り出して様子を窺った。


 やがて騎士たちが駆けていく。シソウはそれを目で追っていると、大雪境の騎士が話しかけてきた。それはベネットと会話していた青年である。


「どうやら魔物のボスが現れたそうです。申し訳ないのですが、事態が収まるまで暫くは大雪境に止まってもらうことになりそうです」


 それから、こうしている場合ではありませんでした、と礼をして駆けて行った。シソウはテレサと外を見比べると、テレサはにっこりとほほ笑んで、どうぞ心の赴くままに、と告げた。


 シソウは頭を下げて、騎士たちが集まっている一室に入って、その後ろの方で話を聞いていた。彼らの先頭ではセツナが騎士たちを鼓舞している。現れたのは狡猾な猿の魔物で、既に兵士たちが何人か襲われたそうだ。そしてその集団の規模は大きく、他の魔物も従えているとのことだった。


 出発までの空いた時間、騎士たちは装備を確認するためにそれぞれ戻っていった。人が少なくなった部屋の中、セツナはシソウを見つけるとゆっくりと歩いてきた。その隣りにはサクヤが控えている。


「主も参加するのかえ?」

「ええ、そのつもりです」


 ならば、とセツナはシソウに予定を告げた。これからギルド会館の方に依頼が出されるので、そちらの方で受け付ける。それならば騎士として編隊に組み込まれるよりやりやすかろう、と。


 シソウは早速屋敷に戻って、マーシャ達にその旨を告げた。別に一人で行ってもいいのだが、彼女らを放置すると後でうるさく言われそうだったというのが理由である。そして今回も無理はしない、という約束で二人も同行することになった。


 ギルド会館はそれほど人がいる訳ではなかった。張り紙に出された条件はレベル40以上。つまりベテランの冒険者以外は参加すら出来ないということである。これは集団戦を得意とする大雪境の騎士にとって、有象無象は邪魔にしかならないということでもあろう。


 今回の役目も、魔物の集団の数を減らすということだけである。妥当だと思いながら、そこで出発の時間まで待つことにした。


 そして時間が過ぎて、冒険者たちも街の西へと歩き出した。その数は二、三十ほど。彼らの表情には余裕が窺えた。シソウもそれに続いて歩き出した。恐らくこれが大雪境の命運を分ける戦いになるだろうと感じながら。



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