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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第二十六話 西の森

 大雪境とその西国カルカスの中間地点、その街道から少し外れた林の中を、シソウはマーシャとナターシャを連れて魔物を探す。兵士ではない彼らが魔物を討伐したところで、これといった収入になるわけではない。しかし強くなる、ただその目的のために、シソウは敵を狩らねばならない。そして今はマーシャの肉体をまともに複製するだけの魔力を身に着けるという目的もある。


 西の森は、嫌な雰囲気であった。魔物が姿を現すでもなく、がさがさと音を立てて移動するのが聞こえるのだ。そして寒々しい空気は魔物が蔓延っている印でもある。魔物を求めて来たとはいえ、それは心地好いものではない。


 三人は一言も発せず、ただ真っ直ぐに進んでいく。それは冗談を言う雰囲気ではないということだけではなく、魔物の急襲に備えて音を聞いていたからだ。この周囲に発生している魔物は素早い動きが特徴的だと聞いていた。そのため警戒を強めていたのである。


 そしてシソウが一本の木の下を通り過ぎようとしたとき、真上から魔物が落下してきた。ミノムシのような姿をしたそれは、糸を吐いて木にぶら下がっており、シソウのすぐ眼前に現れたのであった。


 すぐさまシソウは刀を抜くや否や、魔物を切り付けた。しかし魔物はすぐに糸を手繰って上へと跳び上がり、それを回避する。そして枝を乗り換えながらシソウの周囲を移動する。

 ナターシャは跳躍して、その糸を両断した。バランスを欠いて落ちていく魔物を、シソウは勢いよく切り付けた。刃筋が通ったその剣戟は、魔物を打ち飛ばすことなく真っ二つにした。


 地に落ちたミノムシのような魔物からはそれほど魔力が流れてくる様子はない。そのため大した強い魔物ではないのだろう。しかし話に聞いていたように素早く、厄介な魔物ではあった。


 ナターシャはその死骸を燃やし、視線で先を促す。シソウは頷いて、奥へと歩き出した。次第に土地自体に魔力が感じられるようになってきた。恐らく、魔物の影響を強く受けているのだろう。シソウは周囲に魔物の気配がないことを確認してから、歩き出した。


 やがて、枝葉が擦れるような音が聞こえるようになってきた。その数は多く、複数の魔物がいることが窺える。シソウは咄嗟に身構え、敵を目視する。

 その視界に入ってきたのは、透明に近い体を持つ蜘蛛であった。氷で出来たその体は見た目と異なってしなやかに動き、瞬時に巣を作り上げるほど早く、糸を吐き出していた。その光景は現代人であったシソウには少々嫌気が差すものであった。


 一匹が現れると、次から次へとわらわらと姿を現すのであった。木々の上から根元まで、無数の糸が作り上げる彼らの領域は、更に広範囲へと広がっていく。取り囲まれたら厄介なことになる。


「強力な個体はいない。一気に決めるぞ」


 シソウは敵へと駆けると、刀を複製して敵へと切り掛かる。すぐさま無数の蜘蛛が集まってきて、彼目がけて糸を吐いた。シソウは後方へと一度下がってそれを回避するが、すぐさま左右からの攻撃が来る。それを刀で受け止めると、弾力と粘性を持った糸が絡みついて自由を奪った。


 咄嗟に刀を消して、距離を取ってから戦斧を『複製』して投擲した。巨大な戦斧は蜘蛛の集団目がけて飛んでいくが、敵はまさに蜘蛛の子を散らすように回避し、斧は蜘蛛の巣を突き破って森の奥へと消えて行った。


 魔物がシソウに気を取られている隙に、ナターシャは蜘蛛の巣の前まで接近していた。そして逃げ惑う蜘蛛へと斧を思い切り振りかぶった。そして魔物がその直線上から逃げたのも気にせず振り下ろした。

 蜘蛛の巣を切り裂くと同時に炎が燃え上がり、一気に蜘蛛の巣全体へと広がっていく。そして何匹もの蜘蛛の氷の肉体は、蒸発していった。

 氷蜥蜴の相手をしていたときもそうだったが、シソウは魔法が有効な相手に対して、効率的な攻撃法を持っていない。まして、遠距離であればますます攻撃手段も限られてくる。その上敵の移動速度は、重量のある鈍器で相手をするには早すぎる。


(……試してみるか)


 シソウは柄の無い石造りのようなナイフを『複製』して、魔力を込めて蜘蛛に投擲する。それは狙いを違わず獲物へと突き刺さった。しかし血が出ることもなく、傷をものともせずに蜘蛛は動き続ける。

 それに構わず立て続けに横一列にナイフを投げ続け、時間を確認すると、大きめの弾丸状の金属を複製して、身近な蜘蛛へと投げつけた。蜘蛛はぎりぎりでそれを躱そうと試みるが、次の瞬間にはその胴体を貫かれていた。

 

 そして粉々になった蜘蛛に突き刺さっていたナイフは消滅する。弾丸は次の目標へと向かい、貫くとナイフは消滅する。それを繰り返して、狙いを付けた全ての蜘蛛が砕け散った。


 シソウは初めてだというのに、あまりにも上手くいきすぎている結果に我ながら感心していた。彼がしたことはこうだ。

 魔力特性が『引力』である素材のナイフを複製して敵に刺し、それの時間を調節しておく。そして同様の素材に魔力を込めたものの周囲に、『質量増大』と『硬化』の特性を持つ斧を部分的に複製して威力を増大させる。あとは勝手に引き付けあい、ナイフが消えるたびに次々と目標を変えて連鎖的に敵を屠るのだ。


 複製に使用する魔力だけでなく、ナイフと弾丸に込めた魔力も『複製』が切れた瞬間に消える。そのため蜘蛛から流れてくる魔力を考慮しても、差し引きマイナスであり、効率的な運用にはまだ改善が必要であった。


「シソウくんかっこいい!」


 シソウがそうして改善案を考えていると、マーシャは囃し立ててくる。こんな状況で、と思わなくもないが、彼女に無理はしないように言っているのは自分なので、シソウはそれを聞き流した。


 二人がそうしている間にも、ナターシャは斧を振るい敵を狩り続けている。そして蜘蛛の数は少なくなって、ばらばらになっていく魔物はマーシャが少し魔力を込めるだけで燃え上がった。


 そうして敵がいなくなったことを確認するが、シソウは一瞬何かが通ったような気がした。しかしそれ以上、近づいてくる気配もなかった。あまりいい気がするものではないので、今日はこの辺にしておくことにして、帰路に就いた。


 帰り道も幾度か魔物が現れたが、シソウもそれに慣れてきて、刀で切り裂いていく。しかし相性の都合上、やはりナターシャの方が討伐数は多かった。シソウは彼女の言った、天分という言葉を思い出していた。彼女が戦うことにそれを見出しているのなら、自分はどこにそれを見出せばよいのか、と。


 それから駐屯地へと戻ると、兵士たちは野営の準備を始めていた。どうするか、と二人に尋ねると、マーシャはあまり好ましそうにはしていなかったので、どうせすぐだ、と一旦街に戻ることにした。


「じゃあ街まで競争するか」

「別に構わないが」

「ええー!? 私絶対置いて行かれるもん、やだ」

「じゃあこうしよう」


 シソウはマーシャを抱きかかえた。突然のその行動に、マーシャは顔を真っ赤にさせた。お姫様抱っこをされながら、マーシャはシソウの首に手を回す。シソウはそれを了承の合図と受け取って、小さく笑った。


 そして、全力で駆け出した。


「ちょ、ちょっと! シソウくん、落ちるわ!」

「しっかり掴まってろよ」


 シソウは以前からどれほど体力があるのかを確かめるためにも持久走をするべきだと計画していたのである。馬車に併走する騎士たちを見るたびに思っていたのだが、丁度いい機会だと。マーシャを抱きかかえたのは、単に彼女は身体能力が高くないから、それだけであった。


 先を越されたナターシャが風の魔法で更に速度を上げてくる。シソウは抜かれまい、と足に魔力を込めて『加速』し、更に速度を上げた。


 二人はそんなやり取りをして、街には一時間と掛からずについた。結局、鎧とマーシャの分の重さもあって、軽装のナターシャに勝つことは出来なかった。そして肉体が強化されてから、滅多に感じることの無かった、体中の酸素を奪われるような脱力感を覚えていた。どうやら、身体能力が上がったと言っても、持久力には限界があるようだ。


「シソウくん、いきなりひどいわ」

「じゃあ戻って野営するか?」


 シソウが西を指すと、マーシャは不満げに頬を膨らませた。そんなくだらないやり取りをしながら、キョウコの屋敷へと向かった。


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