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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第二十一話 吐露

 大雪境の王城は、最近で二度目の大ニュースで大騒ぎになっていた。魔物のボスが数日のうちに二体も倒された、と。大臣たちが騒ぐ中、セツナはしてやったりとでも言いたげな表情で笑っていた。サクヤは趣味が悪いですよ、と囁くが、セツナは気にせず笑っていた。


 シソウは王城に辿り着いて案内されたとき、部屋に入るなり貴族たちの視線を浴びて絶句した。何度か王族との謁見をしていたため以前よりは慣れているとはいえ、元はただの学生である。したがってこういう場は非常に苦手であった。


「よいよい、楽にせよ」


 シソウは彼らの中にセツナの姿を見つけて一安心した。国内で最も偉い人物を見て安心するというのも変な話ではあるが、しかしそれほどまでに彼女の笑顔は、シソウにとって魅力的なのであった。


「して、主を呼んだのは事の仔細を聞こうと思うてな。魔物がおったのはどの辺りじゃ」


 セツナは机の上に広げられた地図でシソウに促すが、地理に疎い彼はどのあたりまで行ったのかよく分かっていなかった。暫く思案して、方位と時間、移動速度からおおよその位置を類推する。そしてその結果、ルナブルク西の帝国領と大雪境の丁度真ん中あたりということになった。それは西の森の最も奥の一つであると言えるだろう。


 シソウは自分で遭遇した場所を言いながらも、そのあまりの迂闊さを恨んでいた。もしかすると同行した二人に戦闘能力がなかった場合、怪我をしたかもしれないし、それだけでは済まなかったかもしれない。幸い二人は無傷で切り抜けることが出来たが、それはたまたま上手く行っただけだろう。


「確かに、居てもおかしくはないのう」


 そういうセツナの発言を皮切りに、次の討伐案などが練られていく。シソウは蚊帳の外で何もすることは無く、ただセツナの張り切る姿を眺めていた。容姿としては日本人に近い大雪境の住民の容貌は、シソウにとって落ち着くものである。そしてそれが絶世の美少女となれば、もはや何も言うことは無い。シソウは可愛い女の子が好きなのである。


 好況に沸く彼らがごくまれにする質問に答える他、シソウは何をするでもなく時間が経った。そして会議が終わって解放されると、セツナはばつが悪そうにシソウの所へと来た。


「すまぬ、手間を掛けさせたな」

「いえ、セツナ様に会えただけでも幸せです」

「うむ、殊勝な心がけじゃ」


 セツナは心底機嫌よさそうに笑う。シソウはあの晩、セツナに会った時のことを思い出していた。あのときの彼女は、見る者さえも不安にするほど物憂げな表情であった。それが今は笑っているのだ。シソウはつい嬉しくなってしまう。


 そうして上機嫌のセツナに、晩餐の相伴に預かることになった。マーシャとナターシャも連れて来ればよかったかな、と思うが、それで金貨千枚を超える借金を背負うことになったら目も当てられない。

 晩餐にはテレサとアリスも招かれていた。その他には数名の貴族たちがいるだけで、それほど緊張する場面ではない。アリスがセツナと談笑しているのを見て、いつの間に仲良くなったのだろうか、と思うのと同時に、人から好かれるのも重要な才能の一つだよなあとも思う。


 そしてこうした場に自分がいるということに違和感を覚えずにはいられなかった。礼儀も作法も、立場も人間性も、どれをとっても彼らとは違うのだ。上手くは言えないがそれでも違うということだけはシソウも理解している。言うなれば、生まれ持った素質のようなものである。


 そうした疎外感を覚えていると、テレサがシソウに微笑んだ。シソウが彼女は心が読めるのだろうかと思うほど、決まって彼が困っているときにはいつも笑みをくれる。美しく、そして柔らかい、シソウが陶然としてしまう笑みだ。


「シソウ様はこれからも魔物退治に勤しむのですか?」

「え? ……そうですね。俺に出来るのはそれくらいですから」


 テレサはそうですか、と話をそこで切り上げた。それはシソウにとってありがたかった。適度な会話があることで気まずさを他の者に感じさせず、そして悩みまで追求されることもない。他の貴族たちの様子を窺ったりしながら、晩飯を胃に詰め込んだ。


 食事が終わると、シソウは王城の客室にさっさと戻った。あまりに城にいないため、そろそろ居場所がなくなるかと思ったが、そこは賓客ということやセツナの計らいで何事も無いままになっている。窓の桟を触れてみるという姑のような行動をしてみるが、埃一つないことから掃除されていることが分かり、まだ賓客としての扱いであると安心する。


 ベッドに横になっていると、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と声を掛けると、扉が開いてテレサが入ってきた。こんな夜に何の用だろうか、と思いながらも、彼女と過ごす時間は至福の時であるためそれさえ嬉しく思う。


「こんばんは、シソウ様」


 そう言って、挨拶を済ませるとテレサはシソウの隣に腰かけた。月の光に照らされた彼女の顔は、まるで俗世を離れた聖女の如く美しかった。


「何か、お悩みがあるのでしょう?」

「……はい」


 シソウはテレサから視線を逸らした。きっと彼女はシソウの心情くらいは容易く分かるのだろう。だからシソウはテレサを真っ直ぐに見ることが出来なかった。


「俺は……この世界に来て変わりました。初めはただ、貴方の力になりたかった。それは今も変わりません。ですが、他の誰かのために何かをしようとすると、それは俺の手を離れてどこまでも大きく、そして遠くへといってしまうんです」

「……上手くいくか、心配なんですね」

「ええ。俺はこの世界をただ引っ掻き回しているだけなんじゃないかって。いつか大切な人たちに、何より貴方に、危害を加えてしまうんじゃないか。俺には、この力をどう使えばいいのか、何が正しいのか、それを理解するだけの経験も知識もありません」


 シソウはそこまで言い切ると、視線を落とした。何と情けない姿だろうかと。守りたいと言っていながらこの様だ。そうして落胆するシソウを、テレサはそっと抱きしめた。温かく優しいその温もりの心地よさに、シソウは身を任せた。


「大丈夫ですよ。シソウ様が誰かのことを思ってしたことは、きっと伝わっています。誰があなたを批判しても、私はずっとシソウ様のことを思っていますよ」


 シソウはあれほどまでに張りつめていた緊張が、解けていくのを感じていた。その優しさの前では聖母でさえもかすんでしまうだろう。そして自分はこの人に一生敵わないなと思うのであった。

 暫くして、シソウが落ち着くとテレサは立ち上がった。シソウは名残惜しそうに、その美しい立ち姿を眺めた。


「ではそろそろ戻りますね。浮名を流すのは良くないでしょう?」

「……そうですね」

「シソウ様が責任を取ってくれるなら、私はいつでも構いませんよ」


 そう言いながらテレサは笑って、それから小さくお辞儀をして出て行った。シソウは暫し呆然としていたが、やがて言葉の意味を理解した。そして間抜けに口を開けて、思わず呟いた。


「テレサさんも冗談言うことあるんだなあ……」


 それからシソウは冒険者証を取り出した。そこに『レベル45』と書かれているのを見て、シソウは小さく頷いた。再びそれを懐に仕舞うと、刀を『複製』して大きく素振りを始めた。今は確実に出来ることからやるしかないのだと。


 もっと、強くなる。少しでも彼女に近づけるように。そしてほんの少しだけいい明日を、大切な人に、テレサに迎えさせてあげられるように、と。


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