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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第十九話 炎

 真っ白な雪の中、無表情の黒髪の少年と、引き締まった顔が美しい朱色の髪の女性、そして少年の傍にいる愛らしい笑顔を浮かべた赤髪の女性が、足跡を付けていく。

 シソウはナターシャに催促されると、適当な剣を『複製』して渡す。彼女は受け取るなり手慣れた動きで軽く振った。


「剣を握ったことがあるのか?」

「あるわけなかろう。ずっと研究室暮らしだ」


 他愛もない会話をしながら、シソウは研究室にいた頃を思い出していた。どれほど他人より努力しても、これといって報われることもなかった、と。結果を出す奴は大した努力をせずに出すし、要領のいい奴は短期間で程よい成果を出して自由気ままな生活をする。シソウは不断の努力で成果を出したが、彼らより優れているとは到底思えなかった。


 そうした陰気な気分を晴らすようにシソウは刀を抜いて軽く一振りした。今はもう関係のないことだと。

 それから三人は西の森を進んでいく。西の森は定期的に兵士が巡回しているためそれほど強い魔物はいない。やがて、三人分の足音の他、小動物や魔物の鳴き声が聞こえるようになってきた。


 そしてコボルトが木陰から姿を現した。危険もないし力を見るのに丁度いいか、とシソウが思った瞬間、既にナターシャは飛び出していた。彼女はコボルトの体を切り裂くと、追従するように生まれた炎がその切創を焼き尽くした。


 灰と化す魔物を見ながら、シソウは嘆息した。これほどの戦闘能力を持った人物を量産できるのであれば、確かに世界は変わるかもしれないと。そしてこの大雪境において炎が使えるというのはあまりにも有利である。何事も無かったかのようにナターシャは歩み始めるので、シソウはその後を慌てて追った。


 それからもナターシャは一人で魔物を片づけていく。その技量を見極めようとしていたシソウは、もしかすると彼女の方が上なのではないか、という気がしないでもなかった。そうしてあまりにもさくさくと進んでいったため、随分と深いところまで足を踏み入れていた。


 次第に辺りの雰囲気が冷たく重いものへと変わっていく。シソウは引き返すかどうか思案を始めるが、そのときには既に遅かった。周囲を取り囲む無数の魔物の気配を感じて、シソウはマーシャの隣で身構えた。


 森の奥から一体の魔物が姿を現した。真っ白な毛皮に、鋭い牙と四本の脚。シソウが何度も狩ってきた白い狼の魔物とよく似ているが、その毛並みは良く大きさも数倍ある。その風格はさすが白狼の王のものである。人より優れた嗅覚を生かした包囲は、高い知能を持っていると称賛せざるを得ない。


 まだ戦闘経験が乏しい二人を連れて遭遇したくない相手であった。そして彼らを取り囲む狼の群れが、虎視眈々と狙いながら距離を詰めてくる。


「ナターシャ! 撤退――」


 シソウが叫ぶと同時に白狼の王は飛び掛かった。前方にいたナターシャはその牙を剣で受け止めると、後方へ跳躍してシソウの隣に立った。衝撃で折れた剣を投げ捨て、シソウへと片手を伸ばした。


「もっとましな武器を。丈夫で強いやつだ」

「使えなくても知らないぞ」


 シソウは銀色の斧を時間制限付きで『複製』する。一気に魔力が持っていかれる脱力感の中で手渡した斧を、マーシャは受け取ると軽々と振って見せた。そして中々だ、と笑うのであった。


「さて、あの犬っころに思い知らせてやるとしようか」

「無理はするなよ。一撃受けたらすぐに撤退するからな」

「つまりかすり傷一つ付けさせずに勝てと。中々無茶を言う」


 ナターシャはそんな冗談を言いながらも、目は本気であった。シソウが一撃、と言ったのは彼女達にも身代わりのミサンガを渡しているため、それだけなら致命傷にはならないからである。


 ナターシャは狼の王へと接近すると斧を振り回す。王はそれを回避し空いた胴体へと噛み付こうとするのに対し、ナターシャは炎を生み出して隙を無くす。剣技と魔法の組み合わせは、肉体の物理的な隙を消滅させ、常に反撃に転じることを可能としていた。そして定着率が高いものは魔法の発動に時間が掛かるため、恐らく彼女にしか出来ない戦闘スタイルだ。


 シソウは彼女に一歩先を行かれたような気がして、乾いた笑いがこぼれた。しかし王の奮闘で火が付いたのか、狼の群れは一斉にシソウたちへと襲撃する。シソウは迎撃は不可能と見て防御のための盾を複製すべく用意するが、マーシャはシソウよりほんの少しだけ前に出た。そして、業火が視界を埋め尽くした。


 それは先日見た、大雪境の騎士たちのものより威力は数段劣る。しかし一瞬でさえ魔力を集中させることなく発動したその魔法は、もはやこれまでの概念を変えるのに十分であった。そして死亡した魔物から魔力が流れ込んでくる。シソウに。


 シソウがおや、と首を傾げると、マーシャは可愛らしく舌を出した。


「てへ、シソウくん。シソウくんに貰った魔力、使っちゃった」

「おい! 大丈夫なのかよ!」


 慌ててシソウはマーシャに触れて、その残りを確認する。どうやら完全な『複製』でない以上、彼女の魂が生み出す魔力だけでなく、シソウが『複製』のために用いた魔力も使用されるようであった。それはつまり、使い過ぎると肉体が消滅するということでもある。

 シソウはありったけの魔力をマーシャに注ぎ込むと、彼女は恍惚の笑みを浮かべた。


「シソウくん……もっと、もっとぉ。シソウくんの熱いのを、いっぱいちょうだい?」

「こんな時にふざけないでくれよ」

「だってシソウくん、構ってくれないんだもん」


 ぶーたれるマーシャの相手をしつつも、シソウは周囲の警戒を怠ることはしない。ナターシャは白狼の王の相手を続けており、まだ傷をつけられてはいないが、相手に付けることも出来ずにいる。もしこのまま戦闘が長引けば、不利になるのは魔力を使用しているナターシャの方である。


 周囲の魔物が片付いたことを確認してから、シソウは狼の王の方へと近づいて行く。そしてナターシャが一瞬シソウを見たのを皮切りに、一気に距離を詰めた。そしてナターシャと挟撃する形を取る。


「シソウ、撤退するんじゃなかったのか?」

「馬鹿言え。可愛い女の子一人置いて逃げられるかよ」


 ナターシャはシソウから目を逸らした。その頬はほんの少しだけ紅潮している。シソウはそんな彼女の様子などお構いなしに、銀色に輝く盾を『複製』した。そして両手でそれを構えながら、ずんずんと狼の王へと接近する。王を囲むのは二人だけなのだから、合わせる相手は特にいない。威圧するために、出来る限り早く、確実に間合いを詰める。


 その圧迫感に堪えかねて、白狼の王はシソウへと飛び掛かった。シソウはそれに合わせて盾を構え、敵が近くなった瞬間に靴に魔力を込めて『加速』する。勢いよくぶつかると、その勢いに乗せて盾を突き出し、狼の王を一気にナターシャの方へと突き飛ばした。


 宙を舞いながら隙だらけになった姿を見逃さず、ナターシャは切り掛かる。斧に炎を纏わせ、敵の顔面へと大きく振りかぶった、その次の瞬間には眼前に別の狼が現れていた。慌ててその狼を切り倒すと、狼の王は既に体制を立て直している。


 そして三人を囲む狼の数も増えて、元通りの包囲された状態になっている。これはやられたな、と思いつつも、シソウはつい笑顔を浮かべていた。テレサが冒険者でいられなくなってから、誰かと共闘するのは久しぶりのことであったのだ。


 戦略の幅が広がり、より強い相手とも戦うことが出来る集団戦は、シソウの興奮を呼び起こすのに十分な魅力を持っていた。そしてまともに戦う強力な魔物のボス。

 シソウは一つ呼吸をして、敵を見据えた。


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