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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第十八話 紅の姉妹

 窓のない地下の一室で、シソウは美しい紅の姉妹といる。その姉の方はシソウのすぐ後ろからしなだれかかるようにしているが、妹から衣服を受け取ると着替えを始めた。


「ねえ、ナターシャちゃん」

「何ですか姉さん」

「この服、ちょっと胸の所がきついわ」

「知るか!」


 妹のナターシャは、先ほどまで自分と同じ体型だったはずなのに、と不満げに姉の胸元に目をやった。シソウもそれにつられて二人を見比べる。ナターシャはその視線に気が付くなり、シソウへとにじり寄った。


「わざとか!? 私への当てつけか!?」

「知らないって! だいたい、俺が君の肉体の複製をつくったところは見てただろ!?」

「やっぱり私の裸見たんだ!? その上抱き着くなんて、ひどい!」


 真っ赤になるナターシャをシソウは何とか宥めると、それに油を注ぐ様に彼女の姉はシソウに覆いかぶさった。そして妹をからかう様に言った。


「ナターシャちゃんより私の方がいいのよねー? 私ならいつでも大歓迎よ?」

「もうやめてくれ。彼女機嫌損ねちゃっただろ」

「照れ隠しよ」

「とにかく。俺はこの屋敷の問題を解決するために来たんだ。君たちの問題が解決すれば、俺はお暇するよ」


 シソウがそう言うと、二人は真剣な様子に戻った。何から話したものかと思うが、いつまでもこうしてここにいるわけにもいかない。もし彼女の肉体を『複製』しようとするのであれば、魔物を狩り続ける必要がある。そしてシソウ自身の目的のためにも、強くならねばならないのだ。

 シソウが思いつめたような表情を見せると、ナターシャの姉はその隣にそっと腰かけた。彼女の真っ赤な長い髪がゆっくりとたなびいて心地好い香りが満ちる中、シソウは優しい真紅の瞳に見惚れた。


「私は姉のマーシャ。まだ聞いてなかったけれど、貴方のお名前は?」

「大麻宍粟。冒険者をやってる」

「シソウくん、よろしくね。こっちが妹のナターシャちゃん」


 それから、ぶっきらぼうだけど悪い子じゃないのよ、と付け足した。ナターシャはそれを不服そうにしていたが、すぐに元の表情に戻って話を続けた。


「まだ問題が解決したわけではない。それまでは付き合ってもらおう」

「ナターシャちゃん、そんないい方って」

「いや、単刀直入に言ってくれた方がありがたいよ。それで問題って? マーシャの肉体のことなら、時間さえ貰えれば何とかする」

「私たちのことだ」


 ナターシャは壁に立てかけてある装飾用の剣を手に取ると、軽く振ってみる。それから剣を軽く掲げると、その刃の周囲に炎が立ち昇った。シソウは初めて見る魔法の使い方に感嘆して眺めていたが、やがてその剣は本来とは違う用途に耐えかねて崩れていった。


「魂の定着率を最大まで引き上げ、肉体を強靭なものとし、そして魔法をも自在に使えるようにする方法だったそうだ。そして魂は炎の精霊の物を、肉体は技術の粋を集めたものを」


 ナターシャの説明を聞きながら、シソウはアリスとテレサのことを思い出していた。テレサは光の精霊の末裔だと言っていた。そして魔力の定着率が低く、瞬時に魔法を発動することが可能であった。

 そしてその性質は、強靱な肉体を得るための高い定着率とは相反する。シソウは魔法が使えないことから、身を持って理解していた。


「炎の精霊、ね」

「ああ。魂と近い彼らの存在は、低い定着率、つまり魔法の高速発動に必須だったらしい」


 それから部屋を出ていくナターシャに続く。彼女は研究室の設備を見回しながら首を振った。こんなものは世に出すべきではない、と。シソウもそれには同感であったため、秘匿することにした。

 確かに屋敷の主は、この国のことを思って研究を進めたのだろう。しかしそれは犠牲の上に成り立つものである。


「でも屋敷はいいのか? このままだと没収されるだろ」

「借金は金貨千枚以上――」

「よし、この屋敷とは無関係だったことにしよう」


 シソウの変わり身の早さに、マーシャはくすくすと笑う。もはや屋敷が借金の形になることは確定しているためどうしようもないのだが、彼女が家を失うことへ何の抵抗もないことを、シソウは気に掛けていた。

 それからシソウは資料を全て手に取ってみるが、そのどれもがホムンクルス作製のための資料であり、それ以外の用途に使えるものはほとんどなかった。不要になった資料を一か所に集めて燃やし、流出しないよう処分すると、思い出したようにシソウは奥へと向かった。


 ナターシャが珍しいものなどないが、と言うのを聞き流しながら、シソウはその部屋に入った。そこはこの研究設備に電力を供給するための発電設備があった。大型の発電機は、シソウが思っていた物とは少々異なった。


 電動機と発電機を繋げた電動発電機と構造は同じであるが、電動機は魔動機とでもいうべきか、魔力駆動のものであった。そのため魔力から機械エネルギーへ、それから電気エネルギーへと変換する構造である。エネルギーロスを考えると、半導体を用いたデバイスの方が効率が良いのだが、屋敷の持主はそこまで興味がなかったのか、専門外だったのか、特筆するようなものではなかった。


 シソウがそれに軽く魔力を通してみると、モータが回転を始める。僅かな魔力で大電力をまかなうことが出来るのを確認して、それほど効率にこだわる必要がないことを理解した。しかしシソウの知識だけで改良の余地があるほどお粗末なものであったので、すぐに興味を無くして部屋を出た。


「もういいのか?」

「ああ、既知の技術だった。……で、これからどうするんだ?」


 実験装置を解体し終わったナターシャがシソウの方を見る。そしてその隣をマーシャは通り過ぎて、シソウの腕を抱きかかえた。


「私はシソウくんと一緒に行くわ。もう身も心も全部、シソウくんのものよ」

「姉さん! ふざけるのも――」

「本気よ。恩人だとか身のためとかじゃない。シソウくんは守ってくれるって言ってくれたから。だから、私はこの体で初めて覚えた感情を、大切にしたいの」


 シソウは二人の会話をどこか他人事のように感じながら聞いていた。ここまで真っ直ぐに好意を向けられるのは初めてのことであり、その情熱的な声色は恋の歌のように心地好かったからだ。


「それで、シソウくんはどうしたいの?」


 急に話を振られたシソウはすっかり面を食らった。頬を赤く染め嫣然としたマーシャの相貌が間近にあって、シソウは息を飲んだ。そしてすぐさま現実的な計画を立てていく。衣食住、そのどれをとっても金は入用である。


「金は?」

「そんなものがあれば暗い地下暮らしなんてしているわけがないだろう」

「……当面の生活費は俺が出すよ。その間は宿を取る。それでいいな?」


 二人に異論がないことを確認して、シソウはようやく地下室を出た。人工的な光ではなく、窓から射しこむ陽光の温かさに安らぎを感じながら、随分と長い間ここにいた気がするが実際はそうではないことを実感する。ナターシャとマーシャがシソウに続いて出て来ると、その扉はゆっくりと閉まっていった。


「忘れ物とか、ない? もう戻って来られないから、最後になるけど」

「問題ない」


 ナターシャは力強く言い切った。そこには何の未練もないかのようで、その強さはシソウにとって羨ましくもあった。こうしてきっぱりと割り切ることが出来たなら、自分もより多くのことを成せたであろうと。


 そうして二人の女性は長年住み続けた屋敷を、一人の少年は短い時間ではあったが奇妙な体験をすることになった屋敷を、それぞれ後にした。能力について何か分かるかと思ったが、結局シソウが求めるような情報はそこにはなかった。そして元の世界との繋がりも分からないままであった。


 ギルド会館では少々手続きに手間取ったが、やがて僅かながら報酬を得ることになった。それからその金で宿を探すことにした。会館で冒険者向けのお勧めを聞いておいたため、探すのに手間取ることは無い。


「新居探しなんて、新婚さんみたいねっ」


 マーシャは楽しげにシソウの手を取る。シソウは妙に意識してしまって、手が汗ばんでいないか、不自然なところはないか、と気にしてしまう。その様子をナターシャは半ば呆れながら見ていた。


 それから手近な宿に入ると、空いていることを確認する。


「えーっと、三人なんですが。部屋は……」

「私はシソウくんと一緒でいいわ。ナターシャちゃんは?」

「金がないのだから文句は言う資格はない、それでいい。それに二人きりだと変なことをしかねないだろう?」

「変なことってなにかしら?」

「そ、それは! シソウがさっきしたような――」


 シソウはもうやめてくれ、と願いながらさっさと部屋に向かって歩き出した。今回の部屋は少し大きめで、ベッドは二つある。シソウはテレサとアリスと過ごした宿を思い出していた。


 あの頃と立場はすっかり変わってしまった。そして今隣にいる人も違う。そのことは寂しくもあり、成功でもある。自分は冒険者として上に行き、彼女たちは国のトップに立つ。それでいい、間違ってはいない。もっと強くならねばならないのだと、自分を納得させた。


 そうだ、魔物を狩らねばならぬ。シソウは自分の中に渦巻く感情を全て抑え込み、表情を消した。ナターシャに錠と先ほどの依頼の報酬を渡すと、部屋の外へと向かう。


「部屋は勝手に使っておいて。俺は暫く出かけるから」

「じゃあ私も一緒に行くわ」

「魔物を狩りに行くんだ。危ないから、待っていて」

「大丈夫よ! ナターシャちゃん強いもの」


 妹の方かよ、と突っ込みを入れたくなったがそれはおいておき、それから暫く話をしていくうちに口下手なシソウは押し切られて、結局三人で森の中へと向かうことになった。



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