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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第十二話 蜥蜴の王

 大雪境城内は出兵の準備に大わらわであった。軍事を司る貴族たちは手慣れた様子で騎士たちに命令を下していく。ここ最近はあまりに魔物の襲撃が多いため、彼らは手際が良かった。しかしそうはいっても大きな組織である以上、行動を起こすには時間を要する。


 臨時の招集に応じた騎士たちが集まると、セツナが彼らの前に立って、声を張り上げた。騎士の数はおよそ二十。そこらの魔物相手にはあまりにも多すぎる数ではあるが、ボス相手には少々心許ない数でもある。


 彼らのうち、過半数が剣と盾を装備した重装歩兵である。そして数人が、その全身をローブを纏った魔法使いたちであった。その中にはサクヤも含まれており、高らかに宣言するセツナの様子を眺めていた。


「皆の者! 大雪境は魔物の襲撃の危機にある! それは反撃の機会と心得よ! そしてかの魔物は寒冷化の一因やもしれぬ。必ずや仕留めたまえ!」


 騎士たちは国内の鬱屈した風潮を打破する可能性を感じて、鬨の声を上げた。沸き起こるその声には、魔物への憎悪と復讐心、そして大切なものを守るという誇りが含まれていた。


 セツナが城門を出ると、騎士たちはその後に続く。自ら先駆けを務めるその勇士に、貴族も騎士も平民も、分け隔てなく打ち震えた。そしてそれが自分たちの王であるということに、誇りを持つのであった。


「待っておれ、借りは必ず返す。……死ぬでないぞ」


 民の手前、気丈に振る舞うセツナであったが、彼女とて魔物の脅威を感じていないわけではない。しかし今彼女の頭の中にあるのは、他国の、それもただの冒険者である。誰にも聞こえない様に呟いたそれは、サクヤの耳にだけ届いた。サクヤは普段と異なって余裕のないセツナの姿に、戸惑いを覚えていた。





 がむしゃらに斧を振るうシソウは、劣勢になっていた。巨大な斧は、元々体格に優れている方ではなかったシソウにとって適した武器ではない。そして氷蜥蜴が距離を取ってくるようになってからは、斧をまともに当てるのが難しくなり、防御を捨てて身代わりのミサンガで致命傷を避けつつ、強行するしかなくなっていた。


 そのためシソウの鎧はあちこちひしゃげており、魔力の損耗も激しい。シソウは思っていた以上に『加速』するために魔力を消費していることに気が付かなかった。それは慣れない武器を扱うことに集中していたせいだろう。


 シソウは先ほどから中々倒せていないことから、一時撤退も考えざるを得なくなっていた。しかしそのたびに、キョウコとの約束を思い出し、歯を食いしばるのであった。ここで自分が引けば、大雪境が被害を受けることは間違いない。せめて救援が来るまでは耐えてみせる、とシソウは敵に飛び掛かった。


 氷蜥蜴はそれを絶好の機会と見て、回避することも防御することもなく、反撃に転じた。口を大きく開き、シソウ目がけて冷気を放った。


 シソウはその直撃を受けて、全身が凍りつき、引き裂かれるような痛みを伴った。しかしそれでも引くことなく、魔物の脳天に重い一撃を加えて粉砕した。するとすぐにその穴を埋めるように別の蜥蜴が群がってくる。シソウはすぐさま敵の攻撃に備えて、斧を構えた。


 斧を持つ手はかじかんで、感覚も薄れてきている。もはや満足に持っていることも出来なくなったことを確認すると、シソウは斧を消して腰に佩いている刀を抜いた。


 努力したところで、叶わないことだってある。そんなことは何度も経験してきた。それでも今は元の世界にいた頃とは違って、力があるのだ。そしてそのことを考えるたびに、将来があるのだから今は甘んじて受け入れるしかない、という甘言が頭に浮かぶのだった。


 シソウは残りの魔力が尽きるまで、回避に専念することにした。もはや敵を倒すことは出来ない、それならば無様に逃げ回ろうが最後の足掻きをしてやろう、と。シソウを焦らすように小刻みに動く魔物たちに、掛かってくる様子はない。それならば好都合だと、シソウは最小の動きで敵に構える。


 次の瞬間、一陣の風が吹いた。それは水分を伴っており、シソウは全身の体温が奪われていくのを感じながら、その発生源を見た。そこにはいつの間にか接近していた氷蜥蜴の王の姿があった。その息吹は味方であるはずの氷蜥蜴も巻き込んで氷漬けにしていた。王の狙いはシソウの体力を消耗させることにあったのだろう。


 魂を得て力を増すのは何も人間だけではない。魔物もまた、人を狩ることでその力を増す。王はシソウを獲物として、狩りを始めていたのであった。


 蜥蜴の王は獰猛な目でシソウを睨み付けている。倒す、時間を稼ぐなどと言っていられる状況ではないことをシソウはすぐに理解した。もはや狩られる側に回っているのは彼の方だったのである。


 シソウは迷うことなく氷漬けの蜥蜴の合間を縫って逃亡を試みた。それに対して蜥蜴の王は障害ですらないとばかりに、蜥蜴どもを蹴散らしながらシソウを追ってくる。これでは隠れる意味がない、とシソウは隙を作ることを考え始めた。


 その間にも、彼我の距離は縮まっていく。残りの魔力も後僅かで、何か仕掛けるにはこれが最後の機会となるだろう。


 シソウは一度大きく息を吐くと、乾坤一擲の大博打に出た。蜥蜴の王に向き直り、一直線に迫ってきていることを確認すると、王から見えない様に実験用水素ガスボンベを生成して地にばら撒いた。そしてライターを用意し、距離を取る。


 蜥蜴の王はそれに気が付くこともなく、ひたすらシソウを追いかけてきている。そして、水素ガスボンベを踏んだ。次の瞬間にライターはシソウの手を離れて、弧を描きながら蜥蜴の王へと向かっていた。


 それは一瞬のことだった。シソウの眼前で巨大な火柱が上がり、視界が赤一色に包まれる。その爆風に思わず腕で顔を覆ってしまうが、すぐさま王の生死を確認すべく手を振り払う。


 そこにあったのは傷一つない蜥蜴の王の姿だった。直進を止めたのは、単に驚いたからに過ぎないだろう。こうなる結末も予想していた。魔力という物理法則を越えた規格外の存在は、今までの世界の枠組みでは捉えきれないのだから。間近で風圧を受けたシソウが怪我一つないのも、その異常性の一つであるといえるだろう。


「渾身の炎魔法だったんだけどなあ。やっぱ紛い物は紛い物か」


 さて、どうしたものかとシソウは敵を見る。みすみす逃がしてくれるということはないだろう。諦める気もないが、かといってどうにかする術も持たない。目くらましなどの小細工は通用しないだろう。


 シソウは蜥蜴の王を見たまま後方に跳躍した。そして靴に魔力を込めて『加速』する。その勢いで森の中へと退避を試みるが、蜥蜴の王はそれを許さなかった。その巨体を軽々と動かしてシソウ目がけて飛び掛かり、口を開けて捕食する体制に入った。


 シソウが方向転換を試みた瞬間、蜥蜴の王は突如視界から消えた。そして轟音と共に理解が追い付いてくる。蜥蜴の王は遠くまで飛ばされており、その顔は食事を邪魔されたことへの怒りで満ちていた。


「シソウ! 無事か!」

「ええ、何とか」


 シソウが一息ついていると、セツナが駆け寄ってくる。彼女はシソウの様子を見て喜びと不安とが入り混じったような表情を浮かべた。シソウは空元気を出して、笑ってみせた。セツナは笑っている方が似合っていると思ったから。


「それじゃ、揃ったところで倒しますか」

「主はじっとしておれ。疲労困憊ではないか」

「ではお言葉に甘えさせていただきますね。助けていただきありがとうございました」

「気が早いわ。助かるどうかはこれからじゃ」

「ですが負ける気なんてないのでしょう?」

「無論じゃ」


 セツナはそう言って、大胆不敵な笑みを浮かべた。騎士たちが王を取り囲んでいくのを眺めながら、シソウは上手くいったなあと思う。彼が『炎魔法(水素爆発)』を使ったのは、単に氷の相手に効くと予想したからだけではなく、この世界でもそうであるかは不明だが水素は最も軽い分子であり、すぐさま上昇するからだ。目印となる火柱が上がれば、救援が来ているならばすぐに駆けつけるだろうと。


 仕切り直しだ蜥蜴野郎と、シソウは蜥蜴の王に嗜虐的な笑みを浮かべた。


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