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第五話 夢と希望と美少女

 宍粟がこの世界に来て一週間以上が経過した。一週間、という単位がこの世界にあるかどうかは不明であるが。

 その間にこれといった出来事はなく、コボルトを狩り、野犬を切り裂き、ゴブリンやオークと戦闘を行った。そして何より驚きであったのは、あのイノシシがボスではなくただの雑魚の一種であったということだ。そしてイノシシを丸呑みにする牛のような生き物をも目撃してしまった。もちろん、その時は全力で逃亡した。


 宍粟はどうやらこの世界では非常に弱い部類に存在する、ということが分かってきた。そもそも人間と魔物を比べる時点で間違っているのかもしれないが。それでも敵を屠り魔力を吸収することで成長することが分かっている。もしかすると種による差というものより個人差が大きいのかもしれない。


 緩慢な足音が聞こえてくる。宍粟は木の陰に隠れ、それが通り過ぎるのを待つ。暫く息を殺していると、(つがい)の豚頭が見えた。二メートルはあろう巨体は脳みそまで筋肉で出来ているのではないかと思われるような筋肉で覆われている。


 それが背後を見せた瞬間に宍粟は飛び出し、心臓を突き刺す。強靭な生命力を持つ魔物は簡単には死なず、呻き声を上げて宍粟を見る。宍粟は剣から手を離し、一瞬で複製した剣を手にして豚の頭を切り飛ばす。

 さすがに首を刎ねられれば魔物でも死ぬ。血飛沫をあびながら消耗した魔力が回復すると同時に、もう一体の怒り狂ったオークが棍棒を振り下ろす。それを紙一重で避けると、空気を揺るがす衝撃で皮膚が痺れる。


 オークが棍棒で地面を叩いている隙に、その首へと切り掛かる。その刃は表面に食い込んだまま、筋肉で受け止められていた。オークを蹴り飛ばし、その勢いで剣を引き抜く。この剣の切れ味が悪い、ということだけではなく、筋力が違い過ぎるのである。


 オークが再び棍棒を持ち上げて横薙ぎに振るう。後方に跳躍してそれを回避しつつ距離を取る。オークが棍棒に振り回されて隙が出来た瞬間に、胸元へと剣を投げつける。それは胸部に軽く突き刺さって止まった。


 武器はあろうがなかろうが、オークの振り下ろしを受け止めるだけの膂力はないのだから回避には関係が無い。素早くコボルトの槍を複製し、オークへと投げつける。オークには回避するだけの知能が無いのか、ひたすらに向かい来る。


 それを回避しながら何度か槍を投げつけ、ようやく頭部を貫いた。膝をつくオークに接近し、胸に突き刺さった剣を握って切り上げた。血飛沫が舞い、巨体が倒れた。


 一息吐きながら、じっとして音を聞く。遠方でオークの移動する音が聞こえる。数は十を超えるだろう。宍粟は一度にせいぜい2、3体を相手するので精一杯である。初めて倒した魔物がコボルトであったせいで勘違いしていたが、このオークも魔物の中では最弱の部類なのである。そのため彼も最弱の部類なのである、ということを実感させられるのだ。


 狩りにも慣れてきたが、毎日米や果物など未調理のものだけで過ごす訳にはいかないし、何よりいつまでも逃げられ続けられるとは思えない。強力な魔物に襲われれば一飲みなのである。それでも街へといかないのは、単に人と話すのを先延ばしにしたいからであった。


 囲まれないうちに、とその場を立ち去ろうとした瞬間、悲鳴が聞こえてきた。それは人のものである。普通の人のものであれば宍粟は間違いなく立ち去ったであろう。他人が危険に陥っているのに、自分が助けられる保証などないからだ。まして、オークに勝つのですらやっとなのだから。


 しかし宍粟の行動は早かった。一瞬の躊躇いもなく、悲鳴の方へと駆けだした。そう、聞こえてきたのは透き通るような少女の声だったのである。


 警戒もせず一目散に駆けていく。枝葉がぶつかるのも気にせず、木々の間を飛ぶように走り抜ける。そして街道に出た。


 オークの数は十二。一瞬で判別し、周囲の様子を探る。オークは木々を背にした一人の少女を囲むようにして集まっていた。恐らく逃げた所を追い詰められたのだろう。その少女は怯えて涙を流していた。そして、美しかった。

 オークがここに来たのは恐らく、ただでさえ旺盛な性欲が活発になる発情期によるだろう。種を越えて交尾を行う彼らは見境が無い。その様は何度も見てきたし、今までは単なる隙だらけの間抜けだとしか思わなかった。


 しかし宍粟は激怒していた。このような理不尽があってよいものか。今まで苦労した自分ではなく、奴らが甘い汁を啜るということに対する嫉妬ではない。少女を見た瞬間にその考えは消し飛んだ。

 この美しい少女を泣かせている。ただそのことが許せなかった。


「うおおおおおおお!」


 人生で一番大きな怒声を上げながら、オークを強襲する。気が付いた一匹の首を切り裂く。視界が赤く染まるのも気にせず、隣のオークへと剣を投擲、新しい一振りを複製する。そのままの勢いで突き進み、邪魔する敵の首へと突き刺した。

 残りは九体、前方にはあと三体。ようやく状況を理解したオークが宍粟の方に注意を取られる。


「きたねえ豚が調子に乗るんじゃねえ!」


 鉄の刃の一閃で、近い一体の首を取る。真っ赤な剣で続いてもう一体の首を切りつけた。しかしその刃は首を切り落とすことなく、止まった。


(しまった……!)


 絶命したオークの影から、一体が棍棒を振り下ろした。棍棒はオークの死骸を吹き飛ばし、それから宍粟の胴体を打った。

 鉄札がひしゃげて吹き飛び、衝撃で息が止まる。体中の空気を吐き出して、血の味を噛み締める。その体は宙を舞って、それから地に叩きつけられた。


 このまま寝ていればオークが宍粟を仕留めるのは容易いだろう。動きたがらない体の要望を聞いてやるのもたまには悪くない。これまで酷使してきたのだから。オークに食われるのも、この世界では有り触れたことだろう。

 それでも――死ぬのは奴らを殺してからだ!


「が、があああああ!」


 立ち上がり剣を投擲する。それは運よくオークの頭部を貫いた。

 残った六体のオークは全て宍粟の後ろである。宍粟は振り返り、オークを睨み付ける。張りつめた空気の中、敵が動いた。

 宍粟はコボルトの槍を複製し、投げつける。見境なく突っ込んでくる彼らに槍は容易く命中した。オークが接近するまでに、三体が倒れた。


(残り三体。……たった三体殺すだけだ!)


 息苦しさを堪えながら、剣を複製して先頭のオークを袈裟懸けに切り付ける。そのオークを押し倒しながら、もう一体が飛び出した。辛うじてその首へと剣を突き刺すが、宍粟の胴体は二体の巨体の下敷きになる。最後の一体が近づいてくる。頭の横に足が見えた。そしてその上には涎を垂らしたオーク、そして振り下ろされようとしてる棍棒。


「くそおおおおおお!」


 死を目前にしても、そこにあるのは怒りだけであった。

 その瞬間、頭上を小さな熱量の塊が過ぎて行った。オークの叫び声が上がった。その頭部は燃えていた。

 それは、宍粟が初めて見る魔法であった。小さくて弱々しくて、それでも力強い意思の塊。


 宍粟はその隙を見逃さず、オークの脚を切りつけた。オークはその場に倒れ、宍粟を睨み付ける。その体をもう一度炎が包み込んだ。断末魔の叫びをあげて、全てのオークは骸となった。


 間もなく小さな足音が近づいてきた。そして、透き通るような美しい音色が紡がれた。何の言葉だろうか。何の意味を持つのだろうか。そんなことを考えながら、自然と出た言葉は。


「会えてよかった。守れてよかった」


 少女の美しい顔が、驚きに染められていた。そして、心に語りかけるように、言葉が耳朶を打った。


「あの……ありがとうございました」


 その言葉は、何よりも嬉しかった。何よりも欲しいものを手に入れた、無上の喜びであった。

 そして少女は宍粟の上のオークを一生懸命に押し始めた。宍粟はその様子を目を細めて眺めていた。やがて体は自由になった。


「どうにも、もうダメみたいだ。……名前教えてくれないかな」

「……アリス、アリス・エトワルトです。大丈夫ですよ、回復魔法、掛けますね」


 アリスと名乗る少女は血に塗れた宍粟の胴に手を当てると、その手を通して柔らかな光が体を包み込んだ。次第に痛みが引いて、呼吸もゆったりと深くなってくる。


「すごいんだね」

「そんなこと……」


 はにかむ少女の顔をもっとよく見たくて、宍粟は体を起こした。


「あの、まだそんな動いちゃ、だめです」

「ありがとう」

「……私にも、お名前教えてくれないですか?」

「宍粟、大麻宍粟って言うんだ」

「シソウさん、ですね。……シソウさん、助けていただいて、ありがとうございました」


 少女は莞爾として微笑んだ。




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