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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第九話 キョウコ

 それからシソウはキョウコの家を訪れた。彼女の父は豪農だったようで、それは立派と言うほどではないが、大きな屋敷であった。中に入ると、その外見とは異なってやや埃っぽく、静まった様子は少し不気味に感じられた。

 案内するキョウコに付いて行き、ようやくシソウは腰を落ち着けた。その途中、キョウコの家の中には大量の作物の種子があった。寒冷化のせいで作物は育たないため、植えることもなく貯められたままになっているらしい。そして雇われていた人たちもキョウコの父親が亡くなると去っていったため、これだけの農地の管理をすることも出来なくなったそうだ。


 彼女は農地を売ることも考えたが、父親との思い出もあって勇気が出なかったそうだ。そして今の状況で農地の買い手がつくことはないだろう。そのため広大な農地が放置されたままになっているようだ。


 シソウはいくつかの種子を手に取ってみる。植物に関しては基礎的な知識しかないためどうこうできる気がしなかった。しかし名案を思い付いてしまったのである。シソウは深く考えることもせず、種を手に屋敷を飛び出した。キョウコは何事かと慌ててその後を追った。


 シソウは広大な畑の真ん中に行くと、ルナブルクで触った魔法道具のランタンを『複製』した。これは魔力を込めると周囲が温かくなるものである。しかし熱で温めているわけではなく土地の特性が変わることから効果は持続するだろう。この寒冷化も魔物による特性の変化の結果なのだから。


 王城から許可もなく使うことに対する罪悪感はどこかに置き去りにしていた。これはこの国の改革の一歩に違いない、とシソウはランタンにゆっくりと魔力を込めた。次第に周囲の様子が変わってくるのが感じられた。その変化は何とも言葉にしがたいが、ゆっくりと温まっていくのである。


 暫くして、そのランタンは粉々に砕け散った。何度も使用できないと言われたのはこれが理由だったのかとシソウは納得した。確かにこのような技術をそう何度も使えるのであれば、この上なく便利な事だろう。そう考えると、シソウは自分の能力の凄まじさを理解するのだった。


 次第に雪が解け始め、驚いたキョウコが駆けてくる。


「シソウお兄ちゃん! お兄ちゃんは魔法使いなの!?」

「うーん。多分そんな感じかな。まあ見ててよ、本番はこれからだ」


 シソウは先ほど持ってきた種を雪解け水でぐちゃぐちゃになった土壌に適当にばら撒いた。それから小さな緑の指輪を『複製』した。手の中にあるそれは外からは見えないように固く握られている。


 その手を掲げて魔力を流し込む。また土地の特性が変わる感覚を覚えると、種子がにょきにょきと成長していく。その速度は通常の十倍以上はある。魔力を流し込んで範囲を拡大していくと、やがて手の中の指輪は粉々になった。


「シソウお兄ちゃんすごい!」

「うん。それより収穫するには人手がいるだろ? 今から雇いに行こうと思うんだけどいいかな」

「うん!」


 キョウコは父の後を継ぐと意気込んでいた。シソウはその手を取って、街へと歩き出した。彼女の笑顔が眩しく、シソウは目を細めた。自分がどうすべきなのか、そんなことも忘れて、ただ思うままに歩を進める。たとえどんな結末になっても何もしないよりはましだと、そう思えた。


 街に着くと、昼下がりのせいか人通りが多い。キョウコは人を雇うならギルド会館で紹介してもらうのがいいと言う。ギルドはもはや冒険者として一切関係ない業務も行っているようだ。もしかすると、派遣の元締めとして相当な権力を持っているのではないか。各国に税を納め、そして特定の国に肩入れしないかわりに、様々な特権を得ているというのはシソウも聞いていた。しかし規格外なほど巨大な派遣会社だと思うと、自由競争も働かず問題があるのではないかという気になった。


「俺が雇いたいのは、そういう人じゃないよ」


 シソウは裏路地に入っていく。薄汚く暗いそこに行くのは抵抗があるのだろうが、キョウコは恐る恐る付いて行く。暫く歩いていくと、布に包まった少年が縮こまっていた。


「食わないか? あったまるぞ」


 シソウはラーメンを『複製』して少年に渡す。少年は一瞬躊躇したが、これを逃してはならないとばかりに受け取って、ひたすらにラーメンを貪った。何日も何も食べていないのか、何度も咽ながら嬉しそうに掻き込んでいる。


「なあ、住み込みで働かないか? 一日三食食事付き、風呂は共同、給料は……そうだな、初任給が月に銀貨10枚、働けばその分だけ昇給させる」


 少年は意外な申し出に戸惑っていた。シソウは市場に興味がないためこれが適正な価格なのかどうか分からなかったが、支払える金ならば別に多くてもその分働いてもらえば問題はなく、少ないようなら増やせばいい。やがて少年は頷いた。


 それからシソウは一日かけて、数十人の孤児を集めた。ぞろぞろと引き連れて歩く様子に何事か、と彼を見る人々は多かったが、シソウは何も気にしてはいなかった。それどころか宣伝になるとさえ思っていた。


 彼らを連れてキョウコの屋敷に戻ると、シソウはようやく風呂にまだ入っていないことを思い出した。そして目の前の汚れた孤児たちを見て、風呂に入れることにした。まずは男の方からである。土間に連れて行くと、巨大な湯船とお湯を『複製』する。それから石鹸を『複製』をして、使い方を一度実践する。


 シソウは年長の少年に世話を頼んで、体を洗い終わったら湯船のお湯を追加するから呼ぶように言った。シソウは過保護に面倒を見るつもりも、それだけの余裕もなかった。それから厨房に行って、食事の準備をする。女の子たちは付いてきて、シソウのすることに注目していた。

 シソウは既に隠す気もなくなっていたので、空間魔法が使えるとだけ言って、ラーメンの具材を『複製』し、それから手順を説明する。孤児たちの中にはシソウよりも料理の経験が豊富な者もいるので、それだけ伝えると後は彼らに任せた。丁度その時、土間の方から呼ぶ声が聞こえたので、体を洗って減った湯船にお湯を追加した。


 アルセイユの孤児院の運営は金だけ出して人任せにしている面が強かったのでそれほど手間には思わなかったが、実際面倒を見るとなるとその忙しさに辟易してしまう。ようやく解放された時間で足裏からの魔力の制御を練習していると、キョウコがやってくる。


「シソウお兄ちゃん! 皆お風呂から上がったよ! 次は女の子が入っていいんだよね?」

「ん? ああ。飯は食ったんだろ? 男の子たちに作り方だけ教えて入っておいで。お湯は今から取り替える」


 今度は少女を引き連れてシソウは土間へと向かう。雇い主はシソウであるため我が物顔で行動しているが、よくよく考えてみればこの屋敷はキョウコのものなのである。


「キョウコ、勝手にこんなことしたけど、嫌だったら他を当たるぞ」

「え? 全然そんなことないよ! お野菜もご飯もたくさん作るんだよね!?」

「うん、まあそうなるな。それを販売して生活費に充てる」


 キョウコはやったあ、と元気よく手を挙げた。その様子を見ていると、こんな面倒事もまあいいかという気になってくる。土間に入ると、お湯を飛ばして遊んだのか、壁まで濡れていた。

 湯船をお湯で軽く洗い、そこにお湯を注ぐ。それから女の子たちが土間に入っていくのと入れ替わりに出て、今度こそ練習に専念しよう、とすぐさま練習を始める。魔力の操作を素早くそして適切な量を注ぐ。ただの木の床は魔力を注いでも何の反応もないが、何も起こらない分却って練習には丁度良い。


 暫くして、キョウコの呼ぶ声が聞こえたので土間に入った。この時、シソウの考えは、まあ子供だしどうってことないというものと、タオルくらい巻いてるだろうという元の世界の先入観によるものであった。しかし扉を開けてみると、渡してもいないため当たり前だが誰もがタオルなどなく真っ裸で、そして年長の子は結構発育の良い姿を晒していた。

 シソウは間抜けな声を出すが、少女たちは早く風呂に入りたいようでシソウにねだるのであった。シソウは何も考えないようにして、さっさとお湯を入れると土間を出た。そして逆上せた頭で、次から湯を貯めておくための桶を用意しようと思うのだった。


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