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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第八話 靴屋

 飲み食いを終えたシソウは靴屋を目指していた。先ほどの戦いの中で、不安定な足場での不便さを知ったからである。魔法武具の中にはきっとそれを解消してくれるものくらいあるだろうとの考えだ。

 兵士たちお勧めの店は大きな通りから外れたところにあり、客はおらずひっそりとしていた。売り物は普通の皮の靴から魔法武具まであり、値段も庶民が買えるものから冒険者向けの高価なものまで幅広い。


 シソウは来る前にギルド会館に寄って討伐報酬を得ていたので、少しばかりの金を所持していた。それでも足りないほど高価なものなら、一旦アルセイユに戻って店の金を拝借すればいい。

 

 金に糸目を付けないで、欲しいものを探していく。脚力を強化して補助するようなものや蹴りによる攻撃を補助するものなど、冒険者向けのものは様々なものがある。暫く時間をかけて悪路を楽に歩けるような靴を見つけたが、それはシソウが求めるものとは少し異なる。あまりに長い時間居座っているので、奥から店主が出て来て声を掛けた。


「冷やかしなら余所でやってくれ」

「あ……すみません。……ここにないものって作れますか?」

「材料と金さえあれば俺に作れないものなんてねえよ」


 どんと胸を叩く店主は齢70を超える老体であったが力強さは健在である。その表情からはものづくりへの誇りが感じられた。


「どんな場所でも踏みとどまれるような靴ってないですか?」

「どんな場所でも、か。……何に使うんだ?」

「俺は魔法が使えないのでこの雪の中だと満足に動けなくて。そこで風魔法みたいに足場が作れたりしないかな、と思いまして」

「……ちょっと待ってろ」


 そう言って店主は一度奥に入っていった。シソウは何か心当たりがあるのだろうか、と期待に胸をふくらませた。暫くして戻ってきた店主は二枚の中敷きを手にしていた。それらからは魔力が感じられる。


「魔力特性は『加速』だ。これを使えるんだったら、売ってやらんこともない。今まで使えた奴なんて数人しかいねえけどな」


 シソウは受け取った中敷きを手に取ると、それに魔力を込めてみた。荒れ狂う台風のように魔力が暴発しそうになるのを堪えて、ゆっくりとその特性を発現させる。空気を押し出すように力が発生し、それを受けた中敷きは吹っ飛びそうになるが、何とか魔力で抑え込んだ。恐らくは風の魔法に近いものなのだろう。


「上出来だな。お前さんも定着率が高いやつか。ま、そうじゃなきゃわざわざこんなもん頼まねえな」

「……ということは、誰かが依頼したものなのですか?」

「ん? ああ。初めはこの国の騎士様だな。それから何て言ったっけな、噂を聞くと魔の領域に行くから作ってくれって、駆け込んできた奴がいる。確かアルセイユの騎士団長になったんじゃないか」

「もしかして、クライツさんですか?」

「ああ、そいつだそいつ。帝国の方から行けばいいのに、何だか毛嫌いしてるみたいで、わざわざここの西の国から魔の領域に入っていったんだ」


 それからシソウはクライツの話を聞いていた。どうやら彼は若い頃、魔の領域に何度か足を踏み入れていたらしい。レベル40以上の魔物がわんさかいるその中で苦戦し、そして実力を上げていったそうだ。そしてその頃にテレサが王城に迎えられて、クライツも騎士団長まで昇格した。つまり、戦いに明け暮れていたクライツの手綱をテレサが取ったということでもある。


 彼らの昔話を聞いて驚くと同時に、魔の領域への興味が沸々と湧いてきていた。それほど強い魔物がいるのなら戦ってみたい。どこまでやれるのか試してみたい、と。その表情を見て店主はがっくりと項垂れた。どうしてうちの店にはこんな酔狂な奴しか来ないのか、と。


 シソウは店主に礼を言って、中敷きを購入する。店の外に出ると試してみたい気持ちを抑えきれず、早速足から靴に取り付けた中敷きへと魔力を込めた。その途端、真下へと力が加わってシソウの体は空高く舞い上がる。

 日頃使う手ではなく足から魔力を込めるのはなかなかに難しかった。しかしクライツの強さの秘訣を見つけた喜びがそれを上回っていた。何度か練習すると、直線的な動きくらいは容易く出来るようになっていた。


 城に戻って風呂に入ろうとしていたのも忘れて、何度も跳び上がる。そして眼下に広がる美しい白の街に見惚れた。どこを眺めても真っ白で、しかしよく見るとそれが見かけだけであることが分かった。

 所々汚れや貧しい人々の姿が目立つ。そして街の東に目を向けると、魔物が向かってきているのが見えた。シソウは着地するとすぐに駆け出した。


 街を出ると広大な畑の端に魔物が見える。シソウはすぐに靴に魔力を込めると、周囲の雪を吹き飛ばしながら急加速する。そして一瞬で間合いを詰めるとその勢いで氷の蜥蜴を蹴り飛ばした。彼方へと転がっていくのを確認してから、すぐさま刀を『複製』する。この勢いならば凍りつく前に切り倒すことが可能だろう。

 再び近くの魔物目がけて『加速』すると、その勢いを刀に乗せて、氷蜥蜴を真っ二つにする。そして次の蜥蜴へと飛び掛かるが、その口は開いて氷の息吹を放つ準備が整っていた。シソウは慌てて止まろうとするが上手く制御できず、極寒の吐息の中に突っ込んだ。


 鎧が凍りつく中、全力で突き刺した刀は敵を貫くと、粗雑な扱いのせいで切っ先が折れた。それから狼など残りの魔物を折れた刀で狩ると、刀を消して血を拭う。血を洗うために戻ってきたはずなのに、街に来てもまだ血を浴びるとは思ってもいなかった。そしてここまで魔物の襲撃が頻繁だと、本当に大雪境は滅亡しかねない。


 シソウは魔物の死骸を集めて、氷蜥蜴を燃やしながら、兵士たちがやっていたように狼の魔物を解体する。暫く経ってようやく取れた毛皮は、雑な剥ぎ取りのせいであちこち破れていて使えそうもなかったので、炎の中に投げ込んだ。それから肉を切り分けていく。

 その作業中もシソウは靴の扱いを考えていた。せめて一回は方向を変えられないと、強敵に突っ込むのは無謀すぎる。それが出来なければ緊急離脱くらいしか使い道がなくなる。しかし適正の上で不可能だということは無い。いつか使いこなしてみせるとシソウは笑うのであった。


「あの……! お兄ちゃん、ありがとう!」


 一人でにやにやと笑っているシソウに声を掛けるのはさぞ勇気がいることだっただろう。シソウは振り返ると、十二ほどの少女が立っていた。彼女はこの世界では珍しい黒髪で瞳は茶色く、それは日本人を連想させた。汚い襤褸切れを纏っており、栄養失調になるくらい痩せこけていたが、子供らしい笑顔は可愛らしかった。


「えっと……どうしてこんなところにいたの?」

「この畑、私のお父さんのものなの! 前に魔物が来たとき死んじゃったけど……」


 シソウは初対面で重いことを言われて絶句していた。返す言葉が見つからなかった。しかし少女はだから、と元気に続けた。


「守ってくれてありがとう!」


 シソウはこれも何かの縁か、と切り分けた魔物の肉を焼き始める。肉が焼ける香りが心地好く、先ほど食べたばかりだというのにお腹が空いてくる始末だ。

 焼けるまでまだ時間はあるので、間を持たせるためにシソウは小さなチョコを複製した。少女はそれを受け取ると、物珍しそうにしていたが、一口齧るとその甘さに顔を綻ばせた。


 少女の話を聞いていると、どうやらこの一帯の広大な畑は彼女の父親のものであったが、最近の寒冷化のせいで作物は取れなくなったそうだ。そして母親は愛想を尽かし、南の国へと向かった。


 シソウはうんうん、と頷いて話を聞いていたが、出て来る話題は何もかもが重いものだった。平和に育った自分が励ますのは失礼かとさえ思う。焼けた肉を差し出すと、少女は目を輝かせた。


「そういえば名前を聞いてなかったね。俺は宍粟。君は?」

「キョウコだよ! シソウお兄ちゃん!」


 シソウはこの国で日本の名前を聞くことが多く、何かあるのだろうか、と思わずにはいられなかった。そこでキョウコに聞いてみると、どうやら漢字が残っているためそれを元に名前を付ける習慣があるらしい。今、日本との繋がりがある、ということではないそうだ。


 美味しそうに肉を頬張る少女を見て、何か出来ることは無いだろうか、とシソウは思うのであった。


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