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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第六話 雪の森

 翌日、シソウは冒険者会館を訪れていた。テレサの護衛は騎士たちがするということもあり、これといってしなければならないこともなかったので、戦闘経験を積もうと思ったのである。昨日見た魔物は寒冷地に適応した体を持っており、その行動も独特なものであった。


 そしてシソウは依頼の張り紙を見ているのだが、目ぼしいものは全く見当たらない。伐採の手伝いや屋敷の訪問など、どう見ても冒険者に向けて出しているとは思えないものばかりである。そして魔物の毛皮などの依頼もあるが、頻繁な魔物の襲撃でどれも余剰なのか、二束三文でしかない。シソウは依頼を諦めて、受付の女性の所に行った。


「あの……魔物の場所とかって、分かってないんですか」

「魔物ですか? どこにでもいると思いますが」


 シソウは聞き方を間違えたかな、と思う。そして彼女の言う様に、大雪境ではどこに行っても魔物がいるのだろう。


「ボスとか、人が行かないところとか、そういうのってないですか?」

「そういうことでしたら……現在魔物の襲撃が多いのは、西側です。魔の領域から続く南西の森は魔物で溢れています。ですが西国との戦争の気配もあり、騎士たちも派遣されているため奥に行かなければそれほど危険はありません。それから南はその東西を山に囲まれているので魔物は少ないです。北は海なので近づかなければ問題なく、そういう意味では手つかずの東が一番危険かもしれませんね」

「ありがとうございます。助かりました」


 シソウは丁寧な対応をしてくれた女性に深々と頭を下げる。彼女は百点満点の営業スマイルを浮かべてお辞儀をした。

 それから会館を出て行先を考え始める。魔物が少ない南部に行く必要はないだろう。西か東で迷うが、いきなり森の深くまで行くのは避けた方がいいか、と東へ向かって歩き始めた。


 セツナと来たときとは異なって、やはり街に活気はない。あれは単に彼女が人気であっただけなのだろう。裏路地には浮浪者も見られる。アルセイユの貧民街でもこういった光景は見られたが、極寒の地となった大雪境でそれは自殺行為に思われた。


 周りから入って来る情報を振り払うようにしてシソウは走り出した。街を抜け、畑を突っ切り、大雪境の南東の港町ウェルネアへと続く街道に出る。人通りがないのか雪は踏み固められてはおらず、歩くたびに雪の中に足が埋まって靴の中まで入って来る。その冷たさも気にせず、街道を外れて森の中へと足を踏み入れた。


 森の中にはいくつかの足跡が見られる。それは人のものではないため、動物、もしくは魔物のものだろう。雪が降っている中でまだ残っているということは、近くにいる可能性が高い。シソウは木陰を利用しながら、慎重そして素早く索敵を開始する。


 雪に足を取られながらも、音を立てないようにしながら進んでいく。やがて木の隙間から一体の狼が見えた。シソウは確認するや否や、すぐさま『複製』した槍を投擲する。それは狙いを過たず命中し、真っ白な雪は血に染まった。

 木の向こうから二匹の狼が飛び出した。シソウは間髪入れずに投擲するが、足元がおぼつかないせいで一体に当て損ねる。勢いよく飛び掛かってくる狼に刀を『複製』して切りつけた。そしてシソウは全身に真っ赤な血を浴びた。


 魔物が片付いたことを確認してから、血を洗い流そうとするが、既の所で踏みとどまる。たとえ湯を浴びた所で、この気温ではすぐに凍り付いてしまう。手で血を拭いながらシソウは更に奥へと進んでいった。


 次第に魔物は増え始め、血の匂いに釣られて姿を現す。魔物の死骸の山が出来上がると、そこから一歩も動かずとも魔物の方から寄ってくるのである。シソウは広く開けたそこを拠点として迫り来る魔物を狩る。


 そのほとんどが狼の魔物である。嗅覚と機動力に優れているせいだろう。十体ほどの群れをなして狼は飛び掛かってくる。まだ距離があるうちに槍を投げて一体を仕留め、二匹同時にかかってくると、体をのけ反って躱しながら一振りで同時に絶命させる。そして残り全てが一斉に飛び掛かってくると、魔物の死骸を蹴り上げて妨害し、刀の峰で打ち返して後続を防ぎ、間近になった敵には刀を消して『複製』した手斧で喉を掻っ切る。


 全ての魔物を片づけて、それでもシソウの心は満たされない。どれほど数が多かろうと、個々が弱ければ烏合の衆に過ぎない、と。これらの魔物はレベル20を超えており、とりわけ弱いというわけではない。しかしそれだけでは物足りなくなっていた。上位の冒険者が命を落とすのは、こういった欲求が起こるせいだろう。


 やがて狼は全て狩りきったのか、氷の蜥蜴が現れる。シソウはこれまで通り槍を投げるが、敵は血が出ることなく槍が突き刺さったまま直進してくる。シソウはアルセイユでクライツに紹介された片刃の巨大な戦斧を『複製』し、大きく振りかぶって投げつけた。

 それは狙いからは逸れたものの、蜥蜴の胴体を粉砕して地面に突き刺さった。そうして一体を仕留めたとき、近くまで何匹かの蜥蜴がやってきている。敵に囲まれる前にシソウは接近し、頭部めがけて刀を振り下ろした。


 その刀は蜥蜴の頭を中程まで切り裂いた。そしてそこでぴたりと止まって動かなくなる。刀の周りが凍りついていた。まだ生きている魔物は刀を抜こうとするシソウに氷の息吹を浴びせた。

 鎧が凍りつき、体温が失われていく。シソウは刀から手を離し距離を取った。これは敵を侮ったことによる結果だと反省しながら、次の手を探す。あの魔物は魔力を使って魔法のような攻撃が出来るようだ。そして切創が有効ではないことから、重量のある武器で裂創を与えた方が効果的である。


 多少の魔法が使えれば炎で何とかする方法も考えられるだろう。しかしシソウに魔法は使えない。出来ることは一つ、ならばやることも一つ。臨機応変に自分の能力を使うしかない。


 シソウは無手で駆け出した。蜥蜴が息を吸い込むのと同時に背後に回り込み、大岩を『複製』して押し潰す。下敷きになった魔物はまだ息があるが、すぐさま大斧を『複製』して打ち砕く。


 そして魔力を奪ってそれらを消して無手に戻り、次の魔物へと取り掛かる。魔物の動きは緩慢で、大斧による緩慢な動きでも処理できると判断する。敵の動きは予想通りのもので、息吹を吐こうと首を伸ばす動作はひどくゆっくりしている。シソウは魔物のすぐそばに来ると大斧を『複製』し、思い切り振り下ろす。斧は綺麗な弧を描きながら、蜥蜴を打ち砕いた。真っ二つになったその胴体は粉々に吹き飛び、シソウにもそれが何個もぶつかって顔を顰めた。


 魔物が全て片付くと、散らばった死骸を集め始める。シソウはどの魔物のどの部位が使えるのか、全く知識がないためとりあえず全部持っていけばいいか、という結論に至ったのである。完全に放置しておくと、疫病や魔物の増殖の一因になりかねないというのもある。


 そうした作業に従事していると、重い足音が聞こえてくる。シソウは警戒してその音のする方へと意識を集中させる。やがて木々の中から巨大な熊が姿を現した。そこにいるだけで体が震えだすほどの威圧感、そして見る者を圧倒する肉体。シソウは息をするのも忘れて、その魔物の一挙手一投足を注視した。

 敵は一度大きく咆哮する。魔力を含んだその振動は周囲の魔物が尻尾を巻いて逃げ出すほどである。びりびりと震える空気の中、シソウは思わず口角を上げた。そして刀を『複製』して構える。


 四足で駆ける魔物に対し、シソウは死骸の山を背にしたまま迎え撃つ。素早い突進とともに繰り出される鉤爪の斬撃は広い範囲をカバーしており、左右に躱すことはできないと判断して跳躍して敵の頭上を跳び越える。


 熊は死骸の山に突っ込むことなく、急停止してすぐにシソウを捉える。シソウは空中で反撃とばかりに槍を投擲するが、敵はそれを受けてもびくともせず、そして反動でシソウの体勢は崩れる。着地した時には眼前に敵の姿があり、回避するのは不可能であった。


 振り上げられた鉤爪が、日の光を浴びてぎらぎらと輝く。それが振り下ろされると同時に、シソウは『複製』を開始した。

 シソウを抉るはずだった鉤爪は鋼の板に遮られ、金属が擦れる音が響いた。その板はクライツに紹介された盾を部分的に複製したものであり、攻撃を受け止めるとそのままシソウへとぶつかった。その衝撃は身代わりのミサンガが肩代わりしたためシソウに傷はなく、押し出される勢いで後方へと大きく距離を取った。


 仕切り直しだ、とシソウは敵を見据える。魔物は不可解な現象に困惑しているように見えたが、すぐにシソウへと向き直った。


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