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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第五話 王と民

 翌朝、シソウは目覚めると、朝食に案内された。騎士に付いて行った先で部屋に入ると、そこにはセツナの姿があった。彼女はシソウを見ると、警戒を強めた。シソウは言われるがままにセツナと対面になる席に付くと、当て付けのように皿一杯のご飯が運ばれてきた。

 それは昨晩、シソウがこっそり食品庫に複製しておいたものである。あのとき彼女が米の話をしたため、深く考えなかったシソウによって中は米で埋め尽くされるという状況になっていた。


「あれをやったのは、主か?」

「ええ。昨晩おっしゃられたでしょう? そうすれば何でもすると」

「……望みは」

「アルセイユに手を出さないと、公的な文書を書いてください」

「あい分かった。それから?」

「そうですね……では今日一日お付き合いしてください」


 セツナは開いた口が塞がらなかった。彼女から言ったこととはいえ、王族を半ば脅しておきながら、その目的がデートだとは誰も思いもしなかった。彼女と親しくしたいと願う者は大勢いるが、それはあくまで王としてである。セツナは目の前のにこやかな少年を量りかねると同時に、早朝に家臣を呼んで悩んでいたことが馬鹿らしくなった。


「では参ろうか。こんな機会そうそうない故、一分一秒を大切にするが良い」


 セツナはくすくすと笑いながら、席を立った。その顔から憂いは消えており、とても美しかった。それからシソウに護衛一人を付けることを願い出た。シソウが構わない旨を伝えると、やってきたのは昨日空間魔法を使ってみせたローブを纏った女性だった。彼女は小さく礼をした。


「サクヤと申します」

「妾の親族の者じゃ。帯同するが気にせんでくれ」


 サクヤはローブでその身を覆っているためよくは見えないが、セツナに似て真っ白な髪と雪のように白い肌が美しい女性であった。落着きを通り越して感情さえ見えない表情からは何を考えているのかは読み取れない。


 シソウは麗人二人と城門を出た。城下に人気はないのは、恐らく気温が上がる前の朝に無理して出る用事などないからだろう。シソウはこれからセツナに大雪境を案内してもらう予定になっている。彼女はそれに対して、エスコートしてほしいなどの要望はなく、むしろ自信満々に名所を見せると張り切っていた。


 まずは大通りの中心に連れて行かれると、大きな氷像が見えた。透き通る氷が朝日を浴びてまるでダイヤモンドのように輝いている。そのモチーフはこの国の始祖である女性の像で、建国以来一度も崩れたことは無いらしい。

 その周囲では商人たちが既に朝の準備を終えて、開店している。彼らはセツナを見ると頻りに声を掛けてきて、彼女はそれに愛想良く返す。それは王と民の関係よりも近いそれに見えた。


「どうじゃ、皆気さくで良い者たちじゃろう」

「そうですね。……セツナ様、昨晩の答えですが」

「うむ?」

「この人たちの笑顔が、何よりもセツナ様への答えだと思いますよ」


 セツナは人々を見て目を細める。すっかり安心したようなその笑顔は、風格や気品よりも安らぎを覚えるものだった。シソウはその顔を覗き込むようにして、笑った。


「どうですか。気分は晴れましたか?」

「……うむ、情けないところを見せたな。礼を言おう。ありがとう、シソウ」


 セツナは気を取り直して、と歩き始めた。これから見せたいところが沢山ある、一日では回りきれないほどだと。

 そしてシソウもそれに続こうとしたとき、街の外れの方から絶叫が聞こえた。


「すまぬ、魔物じゃ! 暫し待っておれ!」

「俺も行きます!」


 セツナはすぐさま走り出し、シソウもそれに続く。彼女は健脚で所々氷が覗く雪の上であっても、すいすいと進んでいく。それは訓練された動きであった。

 それから辿り着いた街外れの田園は魔物で溢れていた。氷のような肉体を持つ蜥蜴や狼が畑の作物を食い荒らしているのに対し、兵士たちは多勢に無勢とばかりに攻めあぐねている。セツナはサクヤから水色の槍を受け取ると、勇ましく魔物へと向かっていった。魔物の近くまで行くと、その槍を大きく振り下ろす。そしてその穂先からは無数の氷が突き出していった。

 穂先から広がり続ける氷の槍に魔物は絡め取られていくが、相性が悪く致命傷には至らない。サクヤはすぐさま氷の矢を放ち魔物を貫いていくが、死亡するまでには相当時間が掛かっていた。兵士たちもそこに加わるが、魔物はあまりにも数が多すぎた。


 シソウはなりふり構わず刀を『複製』する。そして動けずにいる魔物を一太刀の元に切り伏せた。流れるように磔になっている魔物を切り裂き、ものの数秒で十を超える魔物を片づける。それから自由の身の魔物に対して『複製』した槍を投擲した。

 それを見たセツナは槍を振り、氷は残りの魔物を全て絡めてシソウの方へと集めた。シソウが刀を振るうたびに数体の魔物が切り裂かれ、絶命する。いつしか百を超える死骸が彼の周りにあった。


 全て片が付くとシソウは槍を回収、魔力を調節して消滅させる。『時間制限付き複製』の時間をあらかじめ長くするようにしておき、後から調節することでほぼ任意で生成、消滅が出来るようになっていた。これによって空間魔法に似せるのは容易いことであった。


 兵士たちはセツナに頭を下げて、魔物の処理に当たり始める。ここでは街の付近に魔物が現れることや物資に乏しいことにより、魔物の死骸も利用するらしい。毛皮を剥ぎ、その肉を解体している。シソウがその様子を物珍しげに見ているとき、セツナはシソウの方を見ていた。


「うーむ。ますます主のことが分からなくなった。それほどの腕がありながら、なぜ騎士にならぬ? 当てがないのなら妾が雇ってもよいぞ」

「ちょ、ちょっとセツナ! 他国の賓客ですよ!」

「分かっておる」


 サクヤは慌ててセツナに耳打ちするが、セツナはそれに耳を傾ける様子はない。ただシソウの答えを待っていた。


「この世界のことを知りたいんですよ。今もこの国のことを知ることができる貴重な時間です。そしていつか自分に出来ることをしたいと思っています」

「そうか。ならば先ほどの非礼を詫びよう。代わりにこの国の魅力を伝えるために最善を尽くそうぞ」


 セツナは根掘り葉掘り聞くことはしなかった。そして嬉しそうにこの国のことを語るのであった。その間サクヤは何も言わず、時折補足を加えるだけであった。そうしてシソウの楽しい一日が終わっていく。


 日が暮れる前に城に戻ると、セツナはすぐにアルセイユへの文書を書いた。もちろんそれが何かの意味を成すわけではないが、この世界では約束が破られることは滅多にないらしい。それは実力が物を言うこの世界で、相手に対して余裕を見せることも実力の一つだと見なされているからだろう。シソウはそれにはただ感心するしかなかった。


 シソウはテレサから何か言われるかと思っていたが、彼女はシソウ様は相変わらずですね、と笑っていた。そもそもシソウがクライツに言われていたのは大雪境との関係を円滑にすることと、そして王族に懇意にしてもらうことである。そういった観点から見れば、彼の働きは上出来なのであった。


 その晩は、一日ほったらかしにされたアリスに、今日一日のことを聞かれ続けることになった。シソウは人に聞かせるような話も特に無かったので、セツナの人柄など、隣国の王として必要な情報について話した。アリスは少し不満そうに見えたので、シソウは話を変えようと明日の予定について尋ねた。


 明日、テレサとアリスは怪我人を見てほしいと頼まれているそうだ。魔物との戦いが増え兵士たちの中には深い傷を負う者もいる。アルセイユとしては名を売ることができ、大雪境も兵の死を免れることができる。本来は王がすることではないが、テレサはそれを快く引き受けたそうだ。


 シソウは彼女たちが誇らしくもあり、そしてそれ故に自分の価値について悩むのであった。


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