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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第四話 雪の姫

 馬車はアルセイユの北へと向かっていく。今回もテレサとアリスが同乗しているのだが、シソウは移りゆく景色を眺めていた。外はすっかり気温が下がり、雪が積もっている。この世界では季節による影響より魔力により土地の性質が変化する影響の方が大きい。したがって北のこの地域は万年雪が降るという。


 その銀色に染まった雪景色は朝日を浴びてきらきらと輝いていた。未踏の新雪にはところどころ獣の足跡が見える。シソウは雪国の出身であったからそれほど珍しいものではなかったが、アルセイユでは雪が降らないためアリスは雪を手に取ったりして遊んでいた。


 シソウは不謹慎ながら、魔物のことを考えていた。土地の性質が変わっているなら、魔物の性質も変わっているだろう、と。あれからシソウはアルセイユの森に何度か入っていたが、心を昂らせるような魔物はいなかった。少しだけ、クライツの戦いへの思いが理解できたような気がした。


 暫く走っていくと、やがて街道に魔物が現れた。犬の顔を持ったコボルトであるが、その全身は長い灰色の毛で覆われており、寒冷地に適応しているようだ。騎士たちは意にも介さず、それを一刀のもとに斬り捨てた。


 雪はどんどん深くなってきて、次第に馬の足も遅くなる。そして更に気温は下がってくる。骨の髄まで染み渡る寒さに、アリスは身震いした。シソウは騎士たちから見えない様にマフラーを『複製』した。

 ピンクの子供用のマフラーをアリスの首に巻いてやると、アリスは嬉しそうに笑った。それからテレサと自分の分を『複製』した。テレサにはあまり目立たない様に黄色のもので、シソウのは青色で地味なものであった。


 馬の吐く息も白くなり、移動が困難になるほどの雪の中、ようやく北の国が見えてきた。雪で真っ白に彩られた美しい町並みは、どこか浮世離れさえ感じさせる。形ばかりの小さな門の前にいる衛兵は、兵士というよりボランティアのおじさんを想像させるような格好である。鎧ではなく何枚もの衣服や毛皮を着こんでおり、現地の人でもこの寒さには耐えがたいようだ。


 身元を確認された後、ようやく入国することが出来た。話は事前に通っていたので、他国の騎士を連れていることに対する詳しい聞き取りもなく、雪国に足を踏み入れた。家々はすっぽりと雪の帽子をかぶっており、深々と街全体に降り注ぐ雪が幻想的なほどであった。


 入ってすぐの案内板には「ようこそ『大雪境』へ」と書かれていた。シソウは思わず足を止めてそれに見入った。そこにはかつて彼がよく目にしていた文字があった。話に聞いていた、北国では日本語が見られるというのは本当なのだろう。


「シソウ様?」

「……大雪境ってここの名前ですか?」

「ええ。何でもこの地域を指す呼称が国名になったそうですが、詳しいことは分かりません」


 大雪というのは日本にもあった地名であり、名称として何ら珍しいものでもない。そこに領域という意味を持つ境という文字が付いたものだろう。この国ならば、何か見つかるかもしれない。シソウは少し調べてみることにした。


 彼らがそうしていると、城の方から騎士を引き連れた少女がやってきた。見た目は十六ほどで、真っ白な長い髪が白妙の長着の上に掛かっており、それは降りしきる雪よりも白かった。そしてその身の丈に不釣り合いなほど長い槍を手にしていた。簡素な作りであるものの薄い水色の柄は水のように透き通っており、穂は宝石のように美しかった。それは一般の冒険者が持てるような代物ではないことは一目で分かった。


「遠路はるばるご苦労であった。妾は大雪境の王セツナ・ユキと申す」

「労い感謝いたします。私はアルセイユ王、テレサ・エトワルトと申します」

「このような出迎えで済まない。見回りの最中でな」


 王女セツナは傍に控えていたローブをまとった女性に槍を手渡すと、受け取った女性は槍を消した。どうやら本物の空間魔法の使い手のようである。シソウがセツナを見ていると、彼女は口元を緩めた。


「なんじゃ少年。妾の美貌に見惚れたか?」


 セツナは冗談めかしてくつくつと笑った。それは子供がする笑いではなく、どこか達観した大人の笑いであった。こういうとき、シソウは上手い返しが出来る人間ではない。そして彼はどこまでも正直である。


「はい! セツナ様はとてもお美しいですね!」


 これにはふざけて言ったセツナの方が動揺した。一国の王に向かって本心から言う者は少ない。しかし彼女はそれを気に入ったようであった。


「少年、名を何と?」

「大麻宍粟と申します」

「む、随分と古風じゃな」


 どうやら、昔日本人がいたと見てもいいのかもしれない。この発言はそう言った意味にもとれた。それからテレサが当たり障りのない話から入るが、セツナは手を振った。そして単刀直入に言う。


「要は攻めてくるな、ということじゃろう? その心配はいらぬ」


 付いてくるようにと言われて向かった先には荒れた畑があった。門の外の広大な土地は本来この国の食糧生産を担っていたのだが、最近は魔物の大量発生により、その魔力で土地の性質が変化して気温が下がっていることに加え、畑も荒らされて食糧難に陥っている。更に西の国は度重なる魔の領域からの魔物の進行で疲弊し、土地を求めて大雪境を虎視眈々と狙っている。そのためアルセイユに構っている暇などない、とセツナは説明をした。


 本来ならば他国の王に話すことではないのかもしれないが、彼女は隠し事や駆け引きを好まないらしい。この状況はアルセイユとしては嬉しい状況なのかもしれないが、シソウはそれを素直に喜ぶことは出来なかった。テレサも同様に感じたのか、眉を顰めていた。


「なに、主らが気にすることではない。大したもてなしも出来ぬが、今宵は泊まっていくがよい」


 それから大雪境の城に向かった。その城は石造りで特に大きなものではないが、古風で趣のある城だった。雪の中ひっそりと立つ姿は、見た目以上に迫力があった。しかし思ったよりも内部の警備兵の数は少なく、人気がなかった。それは魔物の発生の対応に追われているからだろう。


 それから晩餐に招かれたが、出てきた食事は具のほとんどないスープなどで王族が取るようなものではなく、嫌がらせにも思われるほどであったが、申し訳ないと頭を下げる給仕の姿を見ていると、余程食糧難なのだろうと思われた。そして身を持って、アルセイユどころではないと実感するのだった。


 その晩、シソウはよく寝付けなかった。アルセイユでも貧民街にいる人々は貧しかったが、大雪境の食糧難はそれとは異なる。国全体が死に瀕するような飢餓は、彼が初めて見るものであった。それを他国としては喜ばなければいけないと思うことは、何とも言えない不快感として胃にずっしりと圧し掛かってきた。


 城内の移動は許可されていたので、気分転換に、と部屋を出た。明かりは最低限の量しか点けられておらず、ますます鬱屈した気分になってくる。見回りの兵士たちはシソウを見つけると礼をして通り過ぎていくが、その様子に覇気はなく、愚痴を零していた。食う物も出ないのに魔物の相手ばかりやっていられるか、と。


 シソウは暫く窓際に佇んでいると、人の気配を感じて振り返った。王女セツナはシソウの隣で、窓の外を見ていた。


「眠れぬのか?」

「はい」


 シソウがそう答えると、セツナはゆっくりと時間をかけて、呟いた。


「妾は、駄目な王じゃろうか」

「何故そう思われるのですか」

「民に満足な衣食住を保証することもできず、兵には魔物を押し付けるばかりじゃ。これを褒め称える者などいるはずもなかろう」


 シソウはそれを否定も肯定も出来なかった。セツナの表情は確かに国を憂う王の表情であり、それはこの世界に自国を持たないシソウにとって、二度と知ることはできない感情だろう。シソウが憧れた人もたまにこんな表情をしていた。だからシソウはますますどうしていいか分からなくなった。今の自分はアルセイユの王の護衛で、その責任があるのだから。それからセツナは窓の外の巨大な建物を見つめた。


「あれが民の生活を守るための食品庫じゃ。何とも立派に見えるではないか。しかしその実、誰も警備する者もおらず、中には米粒一つない。あれが満ちるようなことがあれば、何でもしようものを」


 セツナは悲しみと夢の狭間にいるように見えた。こんなことを話しても仕方なかった、と言う彼女に、シソウは衝動を抑えきれなくなった。もしかすると、自分はアルセイユを、そしてテレサを裏切ることになるのかもしれない。それでも、ただ彼女の喜ぶ顔が見たいと思った。


 自室へと戻っていくセツナに背を向けて、シソウは城の外へと歩き出した。


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