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異世界に行ったら同棲生活に突入しました  作者: 佐竹アキノリ
第二章 雪の女王と紅の姉妹
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第二話 関係

 今日もシソウは朝早く起きて、ラーメン作りに必要な素材を『複製』する。この世界に何か残したい、ということで店の名前は『ラーメン大麻』にした。漢字を残しておけば、いつか自分のような人がこの世界に来ても、他に日本人がいたことに気付くだろう、と。

 漢字を使ったことで何らかの反応があるかと思ったが、気にするものはいなかった。話を聞いてみると、北方の国で似たような文字があるそうだ。可能性は高くないが、他に日本人が来ていたのだろうか。もし元の世界から来た人がいたとしても、世界人口に対して日本人の割合は高くないため、英語で書かれることの方が多いだろう。


 店の中でも掃除するか、と向かうとそこには二十歳ほどの女性がせっせと机を拭いている姿があった。彼女はシソウが炊き出しを行った時にボランティアとして働いてくれた女性で、明るい笑顔が魅力的である。


「ミーナさん、今日も早いね」

「そういうシソウさんもね。孤児院に行くの?」

「いいや、今日は何もする予定はないよ」


 ミーナはシソウの生活をよく知っている。彼女は他に身寄りがなかったため、この店に住み込みで働くことにしているのだ。また、シソウも貧民街の家は壊れてしまったので、ここで寝泊まりしている。そのため、最も顔を合わせている時間が長いのが彼女であった。


 暫くすると、他の従業員も集まってくる。そして開店前にも関わらず、店の前には人が並んでいた。少し早いけど、とシソウは店を開けた。

 お客さんは入って来ると嬉しそうに注文をし、料理を心待ちにする。その笑顔を見ていると、精神が満たされていくのを感じるが、その一方で焦りも生じていた。これでいいのか、と。


 朝のピークを過ぎた頃、店に数人の騎士がやってきた。それは単に食事をしに来たというわけではなさそうだった。彼らがシソウを呼び出したとき、シソウは体の感覚を忘れない様に、二階の自室で刀を振っているところだった。


 シソウはテレサからの呼び出しだろうか、と浮かれながら階下に降りていくと、目が合った騎士はすぐに敬礼した。騎士たちの中でシソウは『騎士団長の弟子』で『女王と王女の友人』である。一介の冒険者に過ぎないのだが、重要度は非常に高いらしい。

 それから迎えの馬車に乗って、王城の方へと向かった。シソウは馬車の速さが物足りなくなっていた。彼の魔力の定着率は高く身体能力に特化しているため、馬車に乗るより走った方がよほど早いのである。


 彼のレベルは既に36になっており、冒険者の中でもベテランに位置する。ここ最近はオーガの残党を狩る程度で、大した魔物を狩っていないということもあったが、何よりレベルの上がり方自体が鈍化していた。あの戦いの後はレベル34だったので、数か月でたった2しか上がっていないということになっている。それはシソウを焦らせる原因でもあった。それに加えてシソウは早くテレサに会いたい一心でもあり、そわそわとして落ち着かないのであった。


 応接室に通されると、そこには変わらず美しいテレサがいた。彼女はシソウを見ると優しい笑顔になった。また、呼ばれたのはシソウだけではなく、アリスも椅子にちょこんと腰かけていた。


「テレサさん、お久しぶりです。元気そうで何よりです」

「シソウ様もお元気なようで。聞きましたよ、大繁盛しているそうですね」

「作ったのが俺じゃないからですよ」


 それからアリスの隣に腰かけて、テレサと対面になる。テレサの護衛としてクライツがその隣に佇んでいた。他愛もない話をしてから、テレサは真剣な表情でシソウに尋ねた。


「シソウ様、お願いがあります」

「何でしょうか?」

「私と共にルナブルクの王に会っていただけないでしょうか」

「構いませんよ。何かあったんですか?」


 テレサがこの国の王だから行くのは当然として、正式に王位を継ぐことになるアリスはいいのだが、シソウには自分が呼ばれた理由が分からなかった。それを補足するように、クライツは続けた。


「身も蓋も無いことを言うと、恩人の国としてのイメージを強調したいのですよ。セレスティア様を助けたという過去もあり、シソウさんには良い印象を持っているので、そこを利用させていただこうかと」

「……シソウ様、ごめんなさい。この国は非常に弱いです。滅ぼされないためには、出来ることを何でもしなければいけません」

「気にしなくていいですよ。テレサさんと一緒なんて嬉しいです。それにティア様にも会っておきたいですし」


 そうしてシソウはアリス、テレサと翌日、出発することになった。その日は寝室は個室だったものの、二人と夜遅くまで楽しい時間を過ごすことが出来て、シソウは懐かしさを感じていた。


 翌朝、シソウは店に行って数日分の素材を『複製』した。なくなる前に帰ってこれるようにはしようと思うが無理な場合は送る、と告げて後をミーナに任せた。彼女は文句一つ言わず、深々とお辞儀をしてシソウを見送った。


 北の門の前には馬車が一台ある。その馬は逞しく立派であり、いかにも王の馬という感じであった。そして周囲には数名の護衛の騎士がいた。彼らは相当な手練れであり、明らかにシソウより実力は上である。シソウは一度手合わせをお願いしたいと思いながら、頭を下げた。


 城門を抜けて、ルナブルクを目指す。シソウとアリス、テレサを乗せた馬車は、以前隊商の馬車に乗っていたときの数倍の速度で駆けていく。騎士たちは魔物を警戒しながらその隣を併走していた。シソウは自分も走ろうかと思うが、テレサとの時間を大切にするためにやめた。


 揺れる馬車の中で、シソウはテレサとアリスの話を聞いていた。テレサは民のために奔走しており、最近では貴族たちの間でも評価が上がってきているようだ。シソウは、ようやくテレサさんの素晴らしさが分かって来たか、と優越感に浸っていた。

 それからアリスは怪我をした国民の話を聞いたり、他の国のことを色々教えてもらったりしたらしい。その話の中には眉唾物もあったが、一度は行ってみたくなるような魅力的な国もあった。


 日が沈むころに、一行はルナブルクに到着した。門番はテレサの姿を確認すると、王城の方へ向かうように指示した。門をくぐり抜けると、変わらない活気で満ちていた。大通りを馬車はゆっくりと進んでいく。他国の騎士の姿を国民は珍しいものを見るように眺めていくが、自由闊達な彼らは大した気にする様子もない。


 それから城につくと中に案内される。今回は王直々のお願いという形ではなく、他国の賓客の形であるため、客人をもてなすための屋敷に通された。国王ザインには明日謁見できるということで、その日は騎士たちに休むよう告げて、シソウも早めに横になった。


 シソウが望もうが望まないが、関係は彼を置き去りにして変わっていく。たった一人の寝室で、シソウは名状しがたい孤独感に苛まれていた。彼女たちに会ったことで、一度は蓋をしたそれはとめどなく溢れ出てきてしまったのだ。シソウは考えるのを止め、早く眠ることにした。


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