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第四十話 王の資格

 アルセイユ王城に近づくにつれ、警備の兵は増えていく。テレサが通ると誰もが敬礼し、そしてその命令に従って城下へと駆けて行った。王城内に足を踏み入れると、集まって震えている貴族の姿が目に入ってきた。テレサはそれらを冷たく一瞥すると、真っ直ぐに王の間へと向かった。途中で何かを喚く者もいたが、クライツが睨むと震えあがって、借りてきた猫のようになっていた。


 そして王の間に入ると、王座に腰かけて寛いでいる王妃レライアと、傍らにその息子マークの姿があった。レライアはテレサを見るとすぐさま立ち上がり、テレサを罵倒し始めた。それは到底王妃とは思えないほど口汚かった。


「今更出て来て何様のつもり!? 今この国の王は私なの! あんたは見捨てたのよ!」

「私の罪は理解しております。そしてあなたは王、これほどの犠牲を出した責任は取らなければいけません」

「ふざけないで! 衛兵! この女をつまみ出して!」


 レライアの叫びに応える者はいない。騎士たちの誰もがテレサの方が王に相応しいと思っており、もしそうでない者がいたとしても、戦いに明け暮れていた元騎士団長に勝てるはずがないことを知っているだろう。

 レライアは次第に苛立ち始めていた。また、テレサもレライアとくだらない話をしている暇が惜しかったので、さっさと王座から引き摺り下ろそうとそちらへ向かった。そして丁度王の間の真ん中に来たところで、レライアは叫んだ。


「あんたはいつも! そうやってばかにして! いつもいつもいつも! もういい死ね! 殺してしまえ!」


 それに呼応するかのように隠れていた五人のレライアの私兵が一気にテレサに襲い掛かる。その誰もがレライアに金で雇われた元冒険者であり、相当な手練れであった。しかし彼らはテレサに辿り着く前に、全員が地に叩きつけられていた。


 クライツはひどく気だるそうに彼らを一瞥してから、王座の間に倒れている者の胸部を蹴り飛ばした。骨が折れる感覚を感じるが、それはどうでもいいことであった。既に彼らの手足は有らぬ方向に折れ曲がっており、もはや人としての原型を留めてはいなかった。彼らを殺さなかったのは慈悲でも何でもなく、単に王の間を血で汚さないためだけだ。

 そしてクライツはレライアに告げる。


「王とは犠牲を嘆きつつも断行する強き者。守られるだけの無能な王はいりません」


 それはこの世界で生き残るためには、誰であろうと力が必要だからだ。だからこそ、王は最前線に立ち、そして絶対に死ぬことも許されない。クライツはテレサを見る。テレサは小さく頷いて、宣言した。


「連れて行きなさい。これより、テレサ・エトワルトが王座に就く!」


 騎士たちは叫ぶレライアを連れていく。騎士たちが望んだ結末であった。しかし本来、王を諌めるはずのものがいないことで起こった出来事である。王や貴族の行いを糾弾できるはずのものたちが、誰一人それを行わなかったのは、この国の貴族たちが身勝手な振る舞いばかりしていたからだろう。彼らをどうにかしない限り、この国の体制は変わらない。


「力は自分だけのものですが、それを振るうのは他人のためでなければなりません。期待してますよ」

「ええ。頼りにしてますよ、騎士団長殿」


 テレサは騎士たちに指示を出し、それから再び城下へと向かった。





 魔物で溢れるアルセイユに放たれた兵士たちは、鬱憤を晴らすかのように魔物へと掛かっていった。突如現れた兵士たちに宍粟は困惑していたが、アリスが疲れているようなので、敵は彼らに任せることして、扉の破壊された喫茶店に入って長椅子に腰かけた。辺りには血痕があったが、それを気にする余裕もなかった。


 アリスは宍粟の隣に腰かけて、凭れ掛かるようにして甘えてきた。宍粟は彼女を落ち着かせるように、頭をぽんぽんと軽く叩いた。血生臭い悪臭の中でも、彼女の甘い香りは心地好かった。


 城から堰を切るようにして出てきた兵士たちの快進撃は続く。それを目で追いながら、壊れた城下を眺めていた。アリスはようやく落ち着いてきたようで、血色が良くなっていた。それから街に出ていく騎士たちを二人で眺めた。


 喫茶店に二人きりで美しい少女に甘えられている、それなのに辺りは血の匂いが漂っていた。平穏な日々が、そして街の人々で賑わっている過去が、恋しかった。頭は冷静ではなく、取り返しのつかないことになった、ということくらいしか分からなかった。


 やがてオークたちは狩り尽くされたのか、索敵をするように兵士たちが見回りを行っていた。宍粟はアリスの手を取って街に出た。死骸が転がる街の中、宍粟はテレサに会いに行こうと城の方を見ると、丁度こちらに歩いてくるテレサとクライツの姿があった。


「あの、テレサさん、これって……」

「ごめんなさい、シソウ様。私は冒険者ではいられなくなりました」


 そういって、彼女はアリスを見た。その言葉が意味することは、嫌気がさすほどすんなりと頭に入ってきた。きっと、彼女は自分の責任を背負う覚悟を決めたのだろう。そしてアリスにその重責を背負わせることも。だから宍粟も情けないところは見せられなかった。


「謝らないで下さいよ。俺はもうテレサさんからたくさんのことを学びました。それにいつだって会いに行くことはできます」

「そうですね。ありがとうございます」

「立場が変わっても、俺とテレサさんの関係は変わりませんよ」


 宍粟はテレサを真っ直ぐに見る。テレサは心底嬉しそうに破顔した。それは王として相応しい優しい笑みでもなく、愛想よく見せるための笑みでもなく、子供が無邪気に喜ぶ、そんな笑みだった。

 こうして宍粟のテレサと過ごす、心地好い同棲生活は急に終わりを告げた。





 それからすぐに臨時の野外病院があちこちに手配されることとなった。アリスとテレサは傷ついた人々に回復魔法を掛ける。宍粟は怪我人の救助を行っていた。そしてそれは同時に、病気が蔓延するのを防ぐため死者の回収をするということでもあった。


 宍粟は以前は料理店だっただろう建物の中に入って、怪我人を探す。カウンターの奥に回ると、鍋などが散らばった中に一人の男性が横たわっていた。宍粟は彼に触れるとすぐに死者だと分かった。

 クライツに魔力の扱い方を鍛えられたことで、『複製』の可否が強く意識せずとも分かるようになっていた。そしてこの者は『複製』が可能なのである。魂を失った人や魔物はただの『物』に過ぎない。その無慈悲で容赦ない通告に、宍粟は顔を歪めた。


 店内に他の人物がいないことを確認すると、男性を抱えて店を出た。鍛え上げられた肉体は一人の重さなどどうということはないはずなのに、遺骸を持つ手がどうしようもなく重く感じられて仕方がなかった。


 遺体は一か所に集められて、焼却されることになっていた。その現場に行くと、身内を求めて彷徨う人々や、遺骸を前にしてすすり泣く人々の声が頭の中に入ってきて、反響した。

 街の人々はすっかり疲れた顔をしている。これからどうしていいか分からないのだろう。そして不安に泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。見れば五、六歳の少女が地べたに座り込んでいる。宍粟は自分に何か出来ることはないだろうかと考え始めた。


 宍粟は被災地のことを思い出すと、先ほどの店へと駆け出した。店内の鍋や食器をあるだけ引っ張り出して、近くにあった台車の上の箱に入れ、箱の中に大量の麺を『複製』した。それから一つの鍋に『複製』したラーメンスープの原液を限界まで注いだ。


 街の人々が集まっている待合所に行くと、彼らは宍粟に興味を全く抱かないか、一瞥するだけであった。宍粟は鍋に熱湯を注ぎ、そこに麺を入れる。料理などしたことは無いが、これなら失敗するということもあるまい。そして味だけでなく、珍しいこの食材に、きっと興味を持ってくれるだろう。

 宍粟が容器にスープの原液と熱湯を注ぐと、辺りは芳ばしい香りが充満してきた。ちらちらと宍粟を眺める人の数は増えるが、誰も来てはくれない。宍粟はスープに少し伸び気味の麺を入れて、先ほどの少女の所へと向かった。


「ねえ、食べない? あったまるよ」


 少女は急な申し出に戸惑い目を白黒させていたが、受け取ると熱心に食べ始めた。嗚咽を漏らしながら、それでも少女は生きるために食べるのだろう。


「他の方もどうですか?」


 宍粟がそう告げると人々は集まって来た。やがて配るのを手伝ってくれる人が現れ始める。魔物の脅威に晒され続けているこんな世界でも、生きていくしかないのだ。そしてたとえ人はどうしようもない生き物であっても、それでも宍粟は大切にしたいと思うのだった。


 絶望の中にも、ほんの少し光があれば生きていける。そんな気がした。



 第一章 光の民 <了>

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