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第四話 集落にて

 遠方に土煙を上げながら一体のイノシシが直進してくるのが見えた。集落へと一直線に向かってくる様は圧巻である。


「ワイルドだなあ。うん、ワイルドボアってだけあるな」


 呑気な感想を言いながら、宍粟(しそう)は様子を眺めている。まだ逃亡が難しくなるほどの距離ではない。

 コボルト達は残念ながら死亡するだろう。宍粟一人にやられるほど弱いのだから、あれを仕留めるのは無理だ。イノシシ相手じゃ大人でさえ、致命傷を負わされることが多いそうだ。


 やがて見張りの一体がイノシシに気が付いた。すぐに叫び声が上がり、集落の住人達は恐慌状態に陥った。これは本格的に終わったかなあ、と逃亡のために宍粟は腰を浮かせるが、しかしすぐに怒声が上がり、集落は沈黙が支配していた。


 宍粟はその方を見ると、一際大きなコボルトがいた。何となく強そうで、その細い瞳には知性が宿っているように見えた。恐らくは宍粟の気のせいであるが。


「コボルトリーダーってやつか? 本当にファンタジーなんだなあ」


 コボルト達は一斉に集まり、入り口でイノシシを迎え撃つ。

 イノシシが接近するとリーダーが叫び、槍の投擲が始まった。無数の槍が降り注ぎ、イノシシを貫く。しかしよろめきながらもその勢いは止まらない。やがてコボルト達が槍を構えているところに突っ込んだ。いくつもの槍が刺さりながらも、コボルトを踏み殺し、リーダーへと一直線に進んでいく。


 リーダーはその直進を避け、槍を投げた。素早い動きである。イノシシは既に槍でハリネズミのようになっていたが、それでも止まることは無い。リーダーの指示で槍は投げられ続け、イノシシは血まみれになっていく。しかしコボルトの数は次第に減少し、やがてリーダーも突撃を受けるようになっていた。

 そしてリーダーが膝を屈した。それと同時にイノシシがリーダーを踏み潰し、倒れ込んだ。コボルト達は一斉に逃げ出した。


 呻くイノシシに魔力が集まっていくのが感じられる。魔物が強くなっていく過程なのだろう。それからイノシシはそのまま動かずに休息を取ろうとしていた。


 そこへ一本の槍が投げられた。コボルトが投げるより力強く、イノシシは突き刺さると叫び声を上げた。投擲したのは宍粟である。宍粟は次の槍を拾いには行かず、すぐに次の槍を『複製』して投げる。

 この世界で手にしたものの生成はコストが低い。そして死に掛けのイノシシを見て、漁夫の利を狙ったのだ。通常では倒せない相手を倒す、知性あるものの戦いである。こうなったのは単なる偶然ではあったのだが。


 いくつもの槍を受けてもイノシシは立ち上がるが、先ほどの戦いで足を負傷して倒れ込んだのは確認している。その勢いは最大速度の半分も出ていないが、体重がある分食らえばただでは済まないだろう。

 宍粟は距離を取りながら投げ続け、偶然そのうちの一本がイノシシの目に命中した。潰れた目の方に移動し、死角から投げ続ける。もはや抵抗とも言えず暴れるだけのイノシシを一方的に倒すのみであった。


 数分後、動かなくなったイノシシに槍を突き刺す。コボルトのものとは比較にならない魔力が流れ込んでくる。百本以上も槍を複製して減少した魔力は一気に回復し、しかし上限はこなかった。それは上限が上昇したことを意味する。


「所謂レベルアップってやつなのかな」


 イノシシを見ながら呟くが、答えはない。これがゲームでコボルトをレベル1とすれば、このイノシシは間違いなく10以上はある。それくらい力の差を感じた。

 倒した達成感からか、宍粟も何だか心持ち体が軽い。


「街で報酬とか貰えないのかなあ。いや無理だよなあ。肉とか……こんな槍じゃ解体も出来ないし」


 暫く考えるが、潔く諦めることにした。彼はさほど金銭欲はない。もちろん、それなりの収入が無ければ彼女にはあっさりと振られてしまうだろうから、完全にどうでもいいというわけではないが。


 誰もいない集落を見ていくと、一際大きく立派な藁葺屋根が目に入った。とはいっても、他のコボルトのもののサイズや質と比べてではあるが。恐らくはリーダーの居城なのだろう。

 中には何本もの手製の槍、そして一振りの剣と古びた鎧がある。どうやらいるのかどうか分からないが冒険者から鹵獲したものであるようだ。


 宍粟は剣を手に取り、軽く一振りする。木刀よりはましだろう、と頂いておくことにする。そして鎧の方は軽装であり、胸部と腰周りに薄い鉄札(てつざね)が付けられているだけである。

 装備するとそれなりには重く、サイズもやや大きいが、強くなった気がしてくる。コートの上から着ているため、不格好なのは否めないが。


 そこで持っていくのも悪い、という建前の元、この剣の『複製』を試してみる。今度は今までと異なり、それなりの魔力が持っていかれたがきちんと複製できた。どうやら、この世界で触れたものは複製できる技術の水準も高いのだろう。

 

 二本も剣はいらないので一本は置いたまま、意気揚揚とテントへと向かう。鎧を身に着けて重くなったことによる疲労はない。もしかすると身体能力が上がっているのかもしれない。これなら野犬おそるるに足らずだ。


 テントの周りに糸を張り巡らせて、そこに風鈴を付けておく。それから夜襲に備えて昼間のうちに寝ておこう、と横になった。この調子であれば、凄腕の剣士にだってなれるかもしれない。そんな期待に胸を躍らせた。


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