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第三十九話 終わらない戦い

 騎士たちは一様に訓練された動作でオーガを屠る。そしてオーガナイトであろうと、時間はかかるものの着実に傷をつけていき、膝をついた瞬間に止めを刺した。彼らは騎士たちの中でも特に戦闘、とりわけ剣を使った戦いを好むものたちであった。

 オーガの軍団は数を減らしてきていたが、それでも多いことに変わりはない。数の暴力は敵を疲弊させ、そこを一気に叩くことに真価がある。しかし誰もそれを劣勢に思うものはいない。逆に敵が多くて好都合だとさえ考える者もいるだろう。



 アルセイユ北でけたたましい叫び声が上がった。オーガの王は目を血走らせ、むやみやたらに地面を叩きつける。そして同伴しているオーガの王妃もまた、力任せにクライツへと殴りかかった。

 クライツはいつしか嘆息していた。――つまらない。それが今の彼の心境であった。クライツが紙一重で攻撃を躱すと、オーガの番は同士討ちという結果になった。オーガたちの攻撃は初めのうちは多少まともなものであったが、傷をつけていくにつれ怒りで力は増していくものの、単調で何の工夫もないものになっていくのであった。


(……これならシソウさんと遊んでいる方がまだ楽しいかもしれませんね)


 クライツはさっさと片付けてしまおう、とオーガの王の攻撃に合わせて剣を振るう。通常の剣であれば切り結ぶたびに刃こぼれし使い物にならなくなっていくのだが、この剣は多少荒っぽい使い方をしても刃こぼれどこか何一つ劣化しない。仮に劣化したところで折れでもしない限りすぐに再生するため、何ら問題はない。


 クライツはオーガの王を切り続ける。最上位の騎士にでもなれば大抵は戦闘を補助する魔法を身に着けるものだが、彼は何一つ魔法を使えず、ひたすら剣で切り続けるしかない。しかし純粋な戦闘能力は非常に高く、時間さえあればオーガの王でさえ無傷で倒せるだろう。


 オーガキングは足を切られると、その場に倒れ込んだ。それはクライツからすれば、チャンスを得たと喜べるものではなく、この程度で無様だという蔑視をせざるを得ないものだった。

 それを見たオーガクイーンがクライツに殴りかかるが、こちらはキングよりまだひどい。単調でその上うまく力も乗っていない。クライツはこれまで何度も付けていた切り口に剣を切りつけて、クイーンの腕を一気に切り落とした。




 宍粟は遠くでオーガの王が倒れるのを見ながら、黙々とオーガを屠る。得られた魂は、敵を殺せと言わんばかりに力を増大させていく。やがて一体のオーガナイトを切ったとき、使い続けてきた刀が音を立てて砕けた。

 オーガナイトはそれを好機と見て体全体で押しつぶすように宍粟を囲い込んだ。そして握りつぶさんと宍粟へと腕を伸ばす。しかし宍粟はそもそも回避するのに刀を一切使っていないのだから、無くなったとこで問題はない。

 宍粟はオーガの腕を掻い潜り、懐に入る。それから金剛石の刀を『複製』して切り上げた。オーガナイトの体は真っ二つに裂け、宍粟の頭上から血が滝のように注いだ。


 全身が血でぐちゃぐちゃになったところで周囲を警戒するが、既にオーガは距離を取っていた。血を払ってから、常用するための刀を『複製』する。そして新しく出来たばかりだというのに何ら変わらず手に馴染む感覚に安堵しながら、再び敵に切り掛かった。


 やがてオーガたちは王の死を知ると、退き始めた。彼らの中にあるのは忠誠心ではなく、暴力への憧れでしかない。それゆえ、死者に敬意を払うということも無ければ、いつまでも固執することもない。


 テレサとアリスの方を見ると、何匹かのオーガを焼き払っていた。宍粟はその方へと戻りながら、血を払い剣を鞘に納めた。これで勝利だと、そう確信した瞬間、街の方で悲鳴が上がった。そして豚のような鳴き声と無数の足音が聞こえてくる。


 オーガに気を取られていたせいで気が付かなかったが、南門の方から回り込むようにしてオークが侵入していた。それは騎士たちがまともに機能していなかったせいだろう。クライツもすぐに気が付いて、逃げるオーガの追走を止めて戻ってきた。


「ただのオークが漁夫の利を狙うとは、少々考えにくいですね。まあオークキングでしょうね。それにしても、まさか二体もボスが現れているとは」

「クライツさん! 行きましょう!」


 宍粟は既に駆け出していた。生き残った騎士や冒険者たちはそれに続くが、傷を負ったものはその場で休息を取っていた。

 街の中に入ると建物は破壊され、内臓を食い千切られた人の死骸が目に入った。そしてあちこちにオークが蔓延っていた。冒険者であれば初心者でも倒せる相手だが、一般の者であれば相手をすることは難しい。そしてその驚異的な繁殖力により数は多く、オーガより余程厄介な相手だった。


 早速冒険者と騎士たちは分散してオークを狩っていく。テレサとアリスも離れようとしたが、宍粟はアリスの後を追った。アリスは全く気にしていないようだったが、宍粟はアリスと初めて会ったとき、彼女がオークに襲われようとしているところだったのだ。万が一のことを考えると、アリスと離れることは出来なかった。


 街中にいるオークは小さな火球や短剣の一投で沈んでいく。吸収して得られる魔力は微々たるもので、消耗戦になりつつあった。宍粟たちがオークの相手をしている間にクライツはボスを探すべく、屋根の上に飛び乗って天高く跳び上がった。

 辺りを見回してオークの数が多いところを探していく。何度目かの跳躍で、ようやくオークキングの姿が目に入ってきた。クライツはにやりと笑みを浮かべ、急接近していった。


 オークキングは急に飛来したクライツに気が付くことは無く、一撃で胸を貫かれていた。クライツは剣を抜き、倒れる豚の王を失望の籠った目で見ていた。これほど弱いものが調子に乗って攻めてきたことも、寄ってたかって民をいたぶる姿も、そしてそれを許した国も、全てが許しがたかった。


 オークたちは知能が低く、王が死んだところで目の前に人間がいれば食事を優先する、そういう魔物である。撤退などは考えられない。オークはクライツを見て、鳴き声を上げながら集まって来た。クライツが剣を一振りすると、数体のオークの頭が飛んだ。クライツは機械的にひたすら敵を切り始めた。



 宍粟はオークを倒し続けているが、一向に数が減っている気配はない。そして初めて戦っている最中に息苦しさを感じていた。街中から悲鳴や怨嗟の声が上がり続け、目の前で何人も死んでいく。オークの中には発情するものさえいて、平和だった街は阿鼻叫喚の(ちまた)となっていた。


 常に不快感が付き纏う戦いの中で、宍粟は胃から込み上げようとするものを無理やり抑え込んだ。アリスは次第に青ざめて来ており、テレサは普段からは考えられないほど動揺している。ここで宍粟まで冷静さを欠くわけにはいかなかった。


 歯を食いしばり、オークを切る。ひたすら、無心で切り続ける。そして王城が近くなってきて、テレサは唖然とした。王城の周りだけに兵士が集まっており、民はオークの襲撃を受けていた。テレサは思わず怒鳴り声を上げた。宍粟は彼女の怒る姿を見るのは初めてのことだった。


「民を守らずに何をしているのですか! 早く救助に向かいなさい!」


 叱責を受けた兵士たちは深く敬礼をして駆けて行った。文民統制が徹底されている以上、彼らは軍規違反をするわけにはいかないのだから、問題があるのは為政者の方である。彼らにそれぞれの生活があることも理解してはいる。しかしたとえ軍規に背いたとしても、民を守るのが兵士の役割ではないか、と思ってしまうのだ。


 丁度オークキングを討伐して帰ってきたクライツは、テレサを確認すると足を止めた。そして彼女に促すように城の方を見る。


「シソウさん、アリスをお願いします。私は用事が出来てしまいました。クライツ、行きましょう」

「ええ承知いたしました」

「分かりました。テレサさんも気を付けてくださいね」


 テレサとクライツが王城へと駆けていくのを見送ってから、宍粟はクライツがいるならば何一つ心配はいらない、と目の前の敵に向かって走り出した。オークを切り殺し、乾いた血の上に更に血を浴びる。


 アリスはテレサがいなくなったせいか、それとも疲労が限界に達したせいか、不安そうにしている。宍粟は一瞬躊躇したが、ズボンで手に付いた血を拭ってから、アリスの頭を撫でた。


「アリスちゃんは俺が守る。どれほど敵が多くても全部倒してみせる。だから心配しないで」


 宍粟はアリスに笑顔を向けた。アリスは宍粟に一度抱きついて、それからは何とか笑顔を見せた。彼女の衣服も、宍粟の鎧に付いていた返り血で汚れていた。それでも、やはり彼女は美しかった。


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