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第三十八話 オーガキング

 アルセイユの北西には土煙を上げながら走る一団があった。その中心には他のオーガの三倍、六メートルほどはあろう真っ赤なオーガの王、そしてその隣には紫の妃がいる。その二体を囲むようにしているのは数十体の四、五メートルほどある緑のオーガの騎士たちだ。そして千を超えるオーガがそれに続いていた。

 彼らはアルセイユの北、貧民街目がけて進軍する。王が咆哮を上げると、それに続くようにオーガたちは叫び始める。大地を揺るがす叫び声は、アルセイユ中を恐怖に陥れた。



 アルセイユ北の貧民街を出たあたりに集まっているのは、数十人であった。そのうちの数人は冒険者である。宍粟とテレサ、アリス、そして命より強者との戦闘の機会を大事にする冒険者たちだ。それ以外は元騎士団長クライツの強さに心酔してしまった者たちである。つまり、テレサとアリス、二人の魔法使いを除けば、全員が戦闘に魅せられてしまった者たちだ。


 彼らの前にはオーガの大群が見える。このまま何もしなければ敵は後十分と掛からずにアルセイユへと侵入するだろう。貧民街の住民の避難はまともに行われていない。なぜなら、先導するはずの者たちは既に自分の避難を終えて安全なところに引きこもっているからだ。予め敵の襲来の可能性は告げてあったため、多くのものが知っているが、実際にこの状況になると混乱を極めるだろう。もし一体でも中に入れば、数百数千という人々が死ぬことになる。

 しかし彼らは悠然としていた。騎士たちは誰もが勝利を疑ってはいなかった。それは狂信とも言えるほどである。


「おやおや、随分と沢山いますね」

「千ほどでしょうか。オーガキングは強そうですね」

「貴方には上げませんよ。キングとクイーンは私のものですから」


 クライツは隣りに控えている騎士に穏やかな口調でそう言いながら、粗野な笑みを浮かべていた。それは到底騎士としての顔ではない。彼を知らないものがそれを見れば、恐らく本能的に恐怖するだろう。しかし彼に付き従う騎士たちは、喜びのあまり小躍りしていた。クライツは隠しきれない興奮に突き動かされるように一歩踏み出した。


「私はキングとクイーンだけ頂きます。後は差し上げますので、お好きにしてください。邪魔が入らないようにしていただけると、嬉しいですね」


 騎士たちが敬礼すると、クライツはもう一歩踏み出し、そして次の瞬間にはオーガの先頭にいた。彼は剣を抜かずにオーガを掴んで放り投げると、その直線上にいた何十体ものオーガが吹き飛んでいった。そして邪魔する敵を投げながら、真っ直ぐに王へと向かっていく。オーガキングが近くなるにつれてクライツはオーガの相手をするのが面倒になったのか、眼中になくなったのか、さらに速度を上げて強襲した。


 クライツは両刃の愛剣を抜いた。その魔力特性は硬化、再生だけである。それはひたすら戦い続けるための剣であった。それを上段に構え、そして一気に振り下ろした。刃は強靭で到底傷などつかないはずのオーガキングの胴体を浅く滑らかに切り裂いた。

 王は進軍を止めて自分よりはるかに小さな青年を睨み付け、そして拳を一気に振り下ろした。クライツはそれを紙一重で躱しながら、その勢いを利用してオーガキングの腕を一直線に切り上げる。赤い血飛沫の中を舞い上がり、そして顔面へと突きを繰り出した。衝撃を受けた王は地団太を踏み、周囲のオーガを力任せに吹き飛ばした。

 手が付けられなくなったと悟ったのか、クイーンを残して、オーガたちは進軍を始めた。後にはクライツを睨む二対の眼球があった。



 王から逃げるようにして流れ込んでくるオーガたちを見て、クライツの戦いぶりに陶酔していた騎士たちは剣を抜く。そして一気にオーガの中へと飛び込んでいった。残ったのは、数人の冒険者たちと宍粟たちである。


「シソウ様、どうなさいますか?」

「彼らに任せましょう。取り逃した敵が来ないとも限りませんし」

「承知いたしました」


 そうして待っていると、騎士たちの数十倍いるオーガたちの中には、その間隙を突破してアルセイユへと向かうものが現れ始めた。冒険者たちはそれへと走っていき、やがて残されたのは宍粟たちだけになった。アリスは心配そうに宍粟を見るが、その表情は穏やかで、不安など何一つ無いかのように泰然と構えていた。

 やがて緑のオーガナイトが数十体のオーガを引き連れて、宍粟の方へと向かい始めた。テレサは宍粟の前に出て、手を翳す。そして特大の業火がオーガへと放たれた。数十体のオーガが炎に包まれ、何体かはそのまま絶命していき、残るものも弱っている。しかしその中でオーガナイトだけはゆっくりと立ち上がり、怒りに満ちた目でテレサを睨み付けていた。


 宍粟は刀を抜き、オーガの群れへと向かう。床に転がって火を消そうとしているオーガの首を一撃で刎ね、宍粟に気が付いて睨み付ける敵を一刀両断し、振るわれた拳を掻い潜って胴体を切りつけた。

 魂と魔力が漲ってくることから死亡を確認しつつ、さらなる敵へと刀を振るう。前に出過ぎた宍粟へと数体のオーガが飛び掛かる。その何本もの拳が振るわれるのを宍粟は悠然として眺めていた。拳が胴体を捉えようとする一瞬で回避し、近くなった喉元を切りつけた。背後から襲う拳は倒れるオーガの影に隠れてやり過ごし、オーガが宍粟を見失っている隙に背後から首を取る。そして次々と仲間が倒れていくのを見て動揺したオーガは抵抗することなく正面から切り殺された。


 宍粟は刀に付いた血を払い、オーガナイトを見る。その背後にいるオーガたちは、緑のオーガの影に隠れるようにして引っ込んでいた。そのため事実上、一騎打ちのような状態になっている。

 通常のオーガがレベル25程度なのに対し、目の前のオーガはレベル40ほどはあるだろう。宍粟よりはるか格上の相手ということになる。しかし宍粟は表情一つ変えなかった。ただ冷静に敵の一挙手一投足に注意し、刀を握る。


 先にオーガナイトが動いた。その動きは他のオーガとは比較にならないほど早く、その瞳は真っ直ぐに宍粟を捉えている。オーガナイトは初めに左腕を軽く突き出し宍粟を牽制する。そしてそれをぎりぎりで回避した宍粟に渾身の力を込めた右手が振るわれた。

 しかし単調な攻撃などもはや恐怖するに値しない。宍粟は姿勢を低くして懐へと潜り込むと、オーガナイトの足首を切りつけた。大木のように太い足は切り裂かれ、血が流れ出る。宍粟は追撃を躱してそのまま背後へと回り、足の間に入って更に両足を切りつけた。敵が立っていられなくなり膝をついた瞬間に、宍粟は刀を納めた。


 そして軽く跳躍し、オーガナイトの後頭部まで上がった瞬間、大量の血と共にオーガナイトの首が飛んだ。宍粟は血を吸い赤くなった透明の刀を手にしていた。そしてすぐにその刀は消えて無手に戻り、着地すると同時に腰に佩いた刀を抜いた。ほんの数秒しか使えないものの、ルナブルクで触れた金剛石の刀は『複製』出来るようになっていた。そして切断の一点に特化した金剛石の刀は、宍粟の身体能力では切るのが難しいオーガナイトの骨さえ容易く一刀両断出来るほどであった。


 失われた魔力は瞬時に回復し、魂を得た体は力が満ちてくる。オーガナイトの首が地に落ち、大きな音が響くのを皮きりにオーガたちは宍粟を見た。対して宍粟は再び刀を敵に向けた。その顔は無表情で、戦いに無用な思考を一切捨てたものだった。


 そして宍粟が踏み出すと同時に、オーガの首が地に落ちた。宍粟は最小の動作で機械的に敵を打ち倒し、すぐさま次の目標を狩る。それは力の差が歴然とした、蹂躙であった。


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