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第三十六話 ミサンガ

 アルセイユ王の間では、一人の女が王座に腰かけていた。彼女はこの国の王妃レライアで、王が死んでからは実権を握っていた。その容貌は美しいものであったが、老いを感じさせるような眉間の小皺や不満げな表情は、それを台無しにしてしまっていた。この世界では王族と言えども、魔物を狩り護身出来る程度の力を身に着けるのが普通であった。しかしレライアは努力が嫌いで、全く手を付けていなかったのである。そのため魔物の魂を得ることもなく、老化の一途を辿っていた。

 そして彼女の隣に立っているのは一人息子であるマークだ。彼はどこか気の抜けたように見える青年である。レライアは浅知恵だけは良く働く女であったが、マークにそれが遺伝することはなかった。そしてマークが受け継いだのはレライアの怠惰な部分であり、彼は到底王の器ではないただの愚鈍な青年であった。


 火急の用だと言って入ってきた騎士を一瞥すると、レライアは苛立ち交じりに肘掛を指で突いた。マークは彼女が何に苛立っているのか、それどころか苛立っていることにさえ、気づいていなかった。


「報告いたします! 西の森で不穏な――」

「それより、どうなってるの!? 何であの女が帰ってくるのよ! あの女はこの国に未練なんてないんじゃなかったの!?」

「申し訳ありません! ルナブルクのギルドには干渉が――」

「もういいわ! 国のことならあなたの好きにして! さっさと行きなさい!」


 騎士の報告を遮って、レライアは声を荒げた。それはいつものことであったのか、騎士はすぐに下がった。途中ですれ違った同僚は、同情する視線を彼に向けた。

 




 それから暫く、クライツは帰ってこなかった。宍粟は森に何度か行っていたが、いつもと雰囲気が違う気がしたので、ほとんど家の周りで素振りをしていた。その成果もあって、今では槍もそこそこ使えるようになっていた。洗練された動きは、そこらの冒険者とは一線を画している。


 最近気が付いたことだが、冒険者は高レベルの者であっても、動きに無駄が多い。我流であるせいか、身体能力に依存した強さなのである。その点、騎士たちは訓練された動きであった。

 ルナブルクで見た近衛たちの動きは非常に滑らかで立派なものであった。当時はあれを見て遥か遠く感じたものだが、クライツの武芸を見てそして教えを乞うことで上達した今、手が届かないほどの凄さは感じられなかった。


 彼らは百を超える近衛の中では下の方なのだろう。騎士団長などはより重要な任に就いているはずである。もしかすると、その人物たちはクライツより強いかもしれない。宍粟はその強さを一度目にしてみたい、と柄にもなくわくわくしていた。一度は断念した武術の道が、再び開かれようとしているのである。それは喜び以外の何でもなかった。


 宍粟は今日、魔法道具を試すことにしていた。先日紹介された、身代わりのミサンガが気になっていたのである。早速、『複製』して魔力を通してみることにした。しかしどれほど魔力を流し込んでも飽和することはなく、そして何かが変わった、という感覚もなかった。効果はいかほどか、と刀を抜いて峰で体を打ってみるが、何事も起こらない。

 それからも宍粟は何度か試してみるが発動する気配もなかったので、徐々に魔力を緩めていった。ミサンガは込められた魔力が尽きかけた頃、急に破断した。宍粟は明確に傷つかないため発動していないのかと思っていたが、そうではなかったらしい。


 それから暫く、複製したミサンガに魔力を込めて、破断するまで叩く、という動作を続けた。『複製』は完全に同じ代物を生成できるので、容易に対照実験が行える。その経験則から、込めた魔力が大きいほど『身代わり』が発動する閾値は上昇し、肩代わりできるエネルギー量も大きくなることが分かった。

 そしてそれは微小時間において発動するインパルスのように、一瞬でその仕事を完了する。そのため重力以外の外力が加わっていない投擲された物体などは、『身代わり』が発動した瞬間に勢いを失ってその場に落ちた。


 ここまでは有益に思えたが、やはり大した役に立たないと言われる理由もあった。刀を押し当て続けると、初めの一瞬だけしか効果はないため、あってもなくても変わらないのである。しかし大振りの一撃の勢いを殺すことが出来るなら、致命傷を避けられるという点で有効であった。


 テレサやアリスを少しでも危険から遠ざけることが出来る、と宍粟は浮かれながら『複製』したそれを二人に渡した。アリスはミサンガをほっそりとした手首に着けると、気に入ったのかはしゃいでいた。


「これ可愛いですね!」

「でもあんまり人に見せない方がいいかなあ。見ただけじゃ分からないと思うけど一応国宝だし」

「魔法道具のミサンガ自体は珍しいものではありませんが、その方がいいでしょうね」


 そう結論付けたところで、宍粟は更にミサンガを『複製』した。それから腕に何個も付けて、それぞれ段階的に魔力を込めていく。それぞれ身代わりが発動する閾値が異なるため、あらゆる威力の攻撃にも対応できるようになる。

 それを二人に着けてもらい、試してみることにした。アリスは言われた通りに魔力を込めてみるが、全部に同じ量が注がれたり、一個しか注がれなかったり、いくら練習しても成功しなかった。


「うぅー。シソウさん、難しいです」


 宍粟はテレサなら出来るだろう、と思っていたが、彼女も左右の手に着けて二つ制御するのが精いっぱいであった。


「シソウ様は器用ですね」


 宍粟ははて、なぜだろうか、と首を傾げた。彼よりはるかに経験豊富なはずのテレサが出来ないということは、何らかの理由があるのだろうか。

 その疑問は、夕方になって帰ってきたクライツによって解けることとなった。彼は椅子に腰かけて茶を一度啜ると、話し始めた。


「シソウさんは魔法使いと騎士の違いを知っていますか?」

「魔法の適性があるかどうか、ですよね」

「ええ。ですがその原因を知っていますか?」


 宍粟は自分が魔法を使えないのは単に生まれの問題だと思っていた。しかしよくよく考えてみると、魔力自体はあるのだから、使えてもおかしくはない。


「魔力の定着率の違いですよ。魔法使いは定着率が低いので外部に放出するのが容易にできます。しかし騎士は定着率が高く、放出出来ない代わりに身体能力は大きく向上し、身に纏う魔力の扱いにも長けています。とりわけ、私やシソウさんのように定着率が高すぎる場合は、魔法が全く使用できないということになります」

「なるほど。では中間が良いということですか?」

「そうとも言えますね。ですがそれはどちらも半端になるでしょう」


 宍粟は自分の魔力について考え始める。確かにルナブルクでクゼンたち同レベルの冒険者の身体能力を見たが、自分よりも明らかに低かった。恐らく、宍粟と比べると魔力の放出の量が多いため、レベルが高く出てしまったのだろう。

 そう考えると、魔法使いが魔力の扱いに長けている、と言われているのは魔法を扱うという目的に対してだろう。そのことをクライツに言ったところ、彼は苦笑いしながら言った。


「魔力の扱いまで練習するような騎士は少数ですよ。誰もが頂点を目指したいわけではありません。ですから一般的に魔法使いの方が魔力の扱いに長けているのです」

「確かにそうですね。俺も体を鍛えるのが中心でした」

「シソウさん。貴方は定着率が高く、それにもかかわらず特殊な魔法が使える。最強になれる素質はあります。後はあなたがどうしたいか、ですよ」


 宍粟は暫く、彼の言っている意味が分からなかった。これまでの人生、自分にはずっと無いと思っていた才能を認められたのである。しかしそれは自分の努力して勝ち得たものではない。人から借りたようなものを褒められて、素直に喜べない、そんな心象であった。


 それでも最強という言葉を聞いて、自分がどこまでやっていけるのか、気になり始めていた。一度は諦めた剣の道だったが、今度はどこまでいけるだろうか。燻っていた思いが再燃し始めていた。剣道をやめてから暫くは木刀を持たない日々だったが、やはりこうして剣を握っているときが一番落ち着く。


 クライツを見て、戦闘狂だと笑ってはいられない。もしかすると、自分もそうかもしれないのだから。宍粟は思わず喜びの表情を浮かべていた。


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