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第二十九話 国勢

 ギルド会館を出た頃には、既に町は普段と変わらぬ有様を見せていた。熱するのが早ければ冷めるのも早い、それがここの国民性らしい。宍粟は曲がった刀を修理すべく『宝刀堂』へと向かった。


 店主は店の中で誰かと会話しているようだったので、とりあえず店の中を見ることにした。たったの一日しか経っていないのだから、売り物が変わっていることはない。しかし張り紙のうち一枚に売り切れと書かれていたので、恐らくあの依頼の報酬で買ったのだろう。


 宍粟は今度は槍を眺めていた。刀も使いこなせていないのに、槍まで手を広げるのは得策ではない。しかし投げ槍として適切なものがあれば『複製』出来るようにしておきたかったのだ。


「なんだ兄ちゃん、今度は槍を買いに来たのか?」

「こんにちは。違いますよ、今日は刀の修理をお願いしに来ました」

「おいおい、買ったの昨日だろ? ちょっと見せてみろ」


 宍粟は刀を外して店主に渡す。店主はそれを受け取ると、鞘から刀を抜いた。その動作は洗練されており、ただの鍛冶屋としての動きではなかった。それから目を細めて刀を見つめた。


「随分切ったな。あの討伐隊に参加してたのか。どうだった?」

「騎士の方々でさえ苦戦したんですから、こんな駆け出しに出来ることなど言わずとも分かるでしょうよ」

「ふん、そこまで落ちぶれちゃいねえよ。傷を見りゃ下手な扱いで付いたか硬すぎてついたかくらいは見分けられるさ」

「鍛冶屋ってすごいんですね。……惨憺たる有様でしたよ。あんな死屍累々の中に突っ込んでいくなんて、正気の沙汰じゃないと思いました」


 宍粟は感想をありのままに述べる。それを聞いていた店主の表情は険しいように見えた。テレサは会話の邪魔にならないように少し離れたところで二人の様子を見守っていた。暫く静寂が続いて、先に口を開いたのは店主の方だった。


「西の森か……そろそろこの国も駄目かもな」

「どういう意味ですか?」

「どうもこうもねえよ。この国の北西の森は魔の領域から一続きになってるだろ? だからどんな魔物がいようがおかしくねえ」

「なるほど。それは大変ですね」


 宍粟はとりあえず理解したふりをしておいた。宍粟は単に店主の言葉の意味が分からずどう反応していいか分からなかったのだが、店主はそれを物怖じしない少年と見たようだった。


「その割に全然応えてないじゃねえか」

「空元気ですよ」

「へ、言ってろ。この刀は明日までには直しておくから、それ以降に来てくれ」

「お願いします」


 そう言うと店主はすぐ奥に行って声を張り上げた。恐らく弟子がいるのだろう。宍粟は店を出てから、テレサに先ほどの話を聞いた。彼女によると、どうやらこの世界で人類の活動領域は大陸のほんの一部であって、そこは海に面した東側の地域らしい。そしてそれより西側は魔物が跳梁跋扈する『魔の領域』と呼ばれる世界で人が足を踏み入れることは無いそうだ。


 アルセイユの西に位置する森は魔の領域から続いているため南北を分断しており、そし


て魔物も流れ込んで来ている。アルセイユが無事なのは、その西側と東側を高い山脈に挟まれていることによるらしい。そして西の森の北にある国は人類の領域の中で最も辺境で、北を海、西を魔の領域、南を森に囲まれた危険地帯だそうだ。

 宍粟はそこまでの話を聞いて、ようやくアルセイユの門が南にしかなかった理由を理解した。北国は魔物の脅威に備えるため侵略する余裕はないので、南だけを警戒すればいいのだ。


「じゃあ南東に行った方が安全なんですか?」

「どうでしょうね。大陸の南西には帝国があります。そしてその周辺の国は同盟、いえ、むしろ傘下にあると言った方がいいでしょう。軍事国家の色が強いので、確かに安全ではあるかもしれませんが……」


 テレサはそこで言い(よど)んだ。あまりいい国ではないのだろうか。公然とする話ではないと判断して、宍粟はそれ以上の追及を止めた。


「このルナブルクからの街道は四つあります。一つは北のアルセイユ、西、南は帝国の同盟国、北東は港町ウェルネアに続いています。恐らく、ウェルネアが一番治安がいいでしょう。国家ではありませんが、海を隔てたもう一つの大陸との交易で財を成し、自治領としての権利を手にしています」

「うーん。その辺りのことはテレサさんの方が詳しいと思うので、最終的な判断は任せます。ですがウェルネアには行ってみたいですね。アリスちゃんはどう?」

「私も行ってみたいです! 海があるんですよね!?」


 アリスはアルセイユを出たことがない。それを知っていた宍粟はアリスに海を見せてあげたいと思っていたのだ。宍粟は友人がいないため、元の世界にいたときに皆で海に行ったという記憶はない。特に行きたいと思ったことはないが、アリスがこんなに嬉しそうにするのであれば、宍粟もつられて行きたくなってくるのであった。


「ではアルセイユかウェルネア行きの護衛があれば受けることにしましょう。それでいいですか?」

「はい。それまでは暫く依頼も控えておきましょうか。討伐があって魔物も穏やかではないと思いますし」


 今後の方針を立てると特にやることがなくなったので、街を観光することにした。こうして息抜きをしないとアリスは緊張が解けないだろうとの気配りである。王城の方へ歩いていくと、その大きさがますます際立ってきた。アルセイユの城よりも一回り以上大きく、警備も厳重である。城壁は強固な灰白色の石造りで門は鉄で補強されており、形だけでなく有事の際には頼もしい拠点になるだろう。そして門の上にはこの国を象徴する鐘がどっしりと構えていた。


「おっきなお城ですねー!」

「すごいね。流石に中には入れないけど、こうして見ると圧巻だね」

「はい! きっと住んでる人も素敵なんでしょうね」


 アリスは目を輝かせていた。テレサはアリスが物心が付く前に王城を去っているため、話でしか知らない城の中に興味があるのだろう。宍粟は城壁を眺めながら、思案する。

 この城は確かに強固ではあるが、特に魔力が含まれた素材と言うわけではないらしい。そうであるなら、元の世界の物理法則と大差はないはずである。もちろん破城槌やバリスタなどではびくともしないだろうが、重火器を使用すればあっさりと破壊されそうだ。とはいえ、そこまでの技術はないのだろう。攻城塔は人が密集するため、魔法の格好の的となり、恐らく全く役に立たないと思われる。そう考えると、この世界の基準では十分な防御性能を持っているのだろう。


 この城を見に来る観光客はそれなりにいる。子供二人が城を熱心に眺めていたとしても何ら不思議なことはないだろう。しかし宍粟たちの方を見て門番たちが何かを話していたので、不審に思われない様にその場を離れることにした。


 それから国民の憩いの場となっている広場に来ると、人で溢れていた。行き交う人々は顔を上げている。彼らがこうして平和を享受することが出来るのは、兵士が戦いに赴くからだろう。先の戦いで惨たらしく死んでいった兵士たちの人生は無駄ではなかったのだと、そう思えた。


「シソウさん! あれ美味しそうですよ!」

「うん。買ってみようか」


 はしゃぐ少女の隣に宍粟はいる。この笑顔もこの国の笑顔も本質は同じで、きっと誰もが欲して止まないものだろう。宍粟はアリスをそっと撫でて、歩き出した。


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