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第二十八話 敗者の凱旋

 討伐隊のものたちは戦闘を終えて帰路に就いていた。日が昇ったばかりの早朝に出発したにもかかわらず、既に昼過ぎになっていた。もう街道まで出て来ているため、さほど魔物の警戒は必要ない。

 しかし彼らは生き残ったというのに、その表情は暗く重かった。誰もが満身創痍で、帰らぬ者の方が多く、決して手柄を上げたと喜べる状況ではなかったのだ。戦いには勝利したが、人類が生き残るという点においては大打撃を与えられた敗者なのであった。沢山の足音と馬の蹄の音だけが響いていた。


 そんな中、宍粟たちは異質であった。クゼン達は多少の怪我はしており、まだ戦いの後に見えなくもない。しかし宍粟は鎧がひしゃげているのを除けば健康体そのものであり、彼らの近くにいる女性三人は傷一つない。それは冒険者たちから不満の視線を浴びるには十分であった。


「居心地わりいなあ」

「そうぼやくなクゼン、俺らのパーティーは十分仕事をした」

「そうそう、馬鹿なあんたたちにしてはよくやった方だと思うわよ?」


 クゼンのパーティーはこんな時でも言い合いするほどに仲が良さそうである。それとは対照的に、宍粟たちの反応は様々であった。アリスはすっかり萎縮して宍粟の傍から離れず、テレサは何事も無かったかのように涼しい顔をしており、宍粟は若干曲がってしまった刀を見て落胆していた。今の魔力量であれば『複製』出来ないことは無いだろうが、初めて手にした刀である。愛着は一入(ひとしお)だ。そしてもう少し技量があればこうなることもなかったのだろうと思わずにはいられない。


「シソウ様、どれほど刀を見つめようと、何かを語りかけてくることはありませんよ」


 テレサは宍粟のすぐ近くまで来て告げた。その意図は、所詮消耗品だから気にするな、ということと、過ぎたことは仕方がないということだろう。そして何より、『物』に執着するのではなく『人』を大切にするべきだと、そう言いたかったのではないかと宍粟は類推した。

 宍粟は刀から視線を外し、真っ直ぐにテレサを見た。彼女はいつもこうして助けてくれるため宍粟は忘れそうになるが、麻薬の如く心地好い彼女の優しさに浸り続けることは彼の本意ではない。彼女の隣に立って、守れるようにならなければならないのだから。


「あの、テレサさん」

「はい何でしょうか」

「いつもありがとうございます。頼ってばかりですが、いつかきっと、貴方を守れるようになります」

「……はい」


 テレサは目を細めて頷いた。そんな二人の間に微妙な雰囲気が漂い始めると、アリスはシソウのコートの裾を引っ張った。宍粟が視線を下ろすと、ややふくれっ面のアリスがじっと見つめていた。宍粟が微笑みながらその頭を撫でてやると、アリスはぷいとそっぽを向いた。


 宍粟は気付いていなかったが、その冒険者として相応しくない態度が、ますます反感を買っていたのであった。実際はそうではないのだが、二人とも美しい容姿をしているため、戦場にまで女連れでやってくるだらしのない男に見えるのである。そして宍粟のまだ少年に見えるほど若い容姿は、冒険者たちが彼を侮るのを増長させる。テレサが冒険者として活躍していたのは十年以上前のことであり、まだ若い冒険者たちが彼女を知らないのも当然のことだった。


 やがてルナブルクの門が見えてくる。冒険者たちは安堵の息を吐いた。二百人ほどいた冒険者は既に百人を切っている。生き残ったうちの半数は、この依頼で得られた報酬を元手にして何か別の仕事を始めるだろう。打算を働かせながら生きてきた冒険者は、引き際もあっさりしている。それ以外の者も冒険者を続ける意欲は落ちているに違いない。

 冒険者として自立し始めた者たちがこうして辞めていくのにも関わらず、その数が一向に減らないのは、偏に払いが良いからだろう。商業が発達しているルナブルクとはいえ、やはり貧しい者の方が多い。


 そして彼らが城門を潜ると、張り裂けんばかりの大歓声が上がった。大気が震え、帰還したばかりの者たちも奮い立つ。大隊の長は傷ついた剣を高らかに掲げた。


「魔物は我々が討伐した! 我らが魔物に屈することは無い!」


 忠誠心や愛国心などほとんどない冒険者でさえ、その雰囲気にすっかり飲まれていた。戦いを終えた者たちは、疲れた体を起こして目一杯に剣を掲げるのであった。

 アリスは目を丸くして慌て、テレサはそれを当たり前のように流していた。宍粟はその光景を見ながら、普段は疎ましがったりしていてもこういうときは英雄さながらに持ち上げる、人間は何処の世界も一緒で現金なものだなと思っていた。しかしその口角は小さく上がっていた。


 彼は元々この世界の住人ではない。それでもこうして喜びに満ちている世界は、たとえそれが一時的なものであろうと、どれほど辛い運命の中にあろうと、きっと幸せなのだろう。この世界はこんなにも輝いていた。




 冒険者たちは目的の金を得てからもそのまま余韻に浸っていたり、死別を悲しんだり、中々ギルド会館から出てはいかなかった。宍粟たちは他の者より討伐数が多かったので、時間が掛かっていた。

 今回は魔物を倒しても復活された分は冒険者証に記録されなかった、ということもあって、参加報酬が比較的高くなっていた。つまり、お茶を濁したのである。一人当たり金貨五枚が支給され、その他に討伐報酬が加わることになる。なお、国に仕える兵士たちは手当てが得られるだけであるが、彼らの装備は支給されているので、それがそのまま収入に直結するのであった。


 クゼン達は報酬を得ると早速一杯引っ掛けに行った。宍粟たちはまだまだ掛かりそうだということで、ここで別れることになった。いずれ何かの縁があれば会うこともあるだろうし、無ければそれはそれでいい。きっと冒険者とはそういうものなのだ。


 ようやく受付嬢に呼ばれて、宍粟たちは小部屋に連れて行かれた。こうした大規模な依頼があった際は、揉め事を減らすため、冒険者たちを刺激しないようにこっそりと受け渡しを行っているようだ。

 宍粟の前に金貨八枚と銀貨が数十枚置かれた。宍粟は隣りが気になって目を向けるとテレサの前に金貨三十四枚、アリスの前に九枚が置かれていた。それから会計の者が仔細を告げるのを話半分に聞きながら、魔法使いは魂を得にくいのに不満が出ないのは、討伐報酬を貰いやすいからなんだろうと推測していた。


 宍粟は刀の代金にすら満たない金額を受け取って、果たして冒険者は本当に儲かるのだろうか、と首を傾げた。そうしていると、テレサが何か言いたげにしていたので、全く問題ないことを告げた。


「大丈夫ですよ。俺はこれで何も文句はありません」

「そうですか。本日は依頼を受けていただきありがとうございました」


 会計の者は大きく頭を下げた。別に急ぐ必要はないのだが、宍粟は相手を待たせるのが好きではない。コンビニで買い物したときなど、後ろに人が並んでいると焦ってしまう性質(たち)なのである。アリスとテレサが金貨を仕舞っているのを見て受け取っても問題がないことを確認してから、宍粟はテレサの袋に金貨を入れた。ギルドの事務員はそれを見て驚きを隠せないようだった。


「あの、シソウ様。これはシソウ様個人のお金ですよ」

「依頼の分は家計の足しにするつもりだったのですが、まずいですか?」

「基本的に、冒険者間でお金を共有するという考えはありません。分配などで余計に揉め事が増えるだけなんです。ですから目立ちますよ」

「なるほど。じゃあ、次からは気を付けますね」


 宍粟は残った銀貨を自分の布袋にしまって、さっさと口を縛った。ギルドの人はますます不思議そうにそのやり取りを眺めていた。冒険者は自由気ままな人間が多く、行動も考えも個人差が大きい。しかし唯一の共通点がある。それは誰もが金のためにやっているということだった。安定を望む者や愛国心が強いものは兵士を志願する。冒険者としてやっていけるだけの能力があれば、兵士としてやっていけないことはない。それでも冒険者を選ぶのは、程度の差はあれど金と自由を得るためであろう。


 だからこそ、金銭欲の無い宍粟は奇異に映るのであった。宍粟は元々金に困っていたわけではなく、この世界に来てからは金をも『複製』出来るため、貧困に喘ぐこともない。仮にテレサやアリスが宍粟の金で欲しいものを買ったとしても、宍粟は喜びこそしてもそれを憂うことはない。したがって、価値のよく分かっていない宍粟はテレサに任せることにしたのである。


 ひたすら冒険者に金を支払い続けて、彼らが欲望を剥き出しにしている姿を見てきた会計士にとって、金を見ても表情を変えず仲間の冒険者を見て笑顔になる宍粟の姿はやけに印象深かった。



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