第二十七話 掃討戦
燃えている樹皮が降り注ぐのを、宍粟はただ眺めていた。幸い、彼らの所まで影響が及ぶことは無かったが、それは周囲の騎士たちに甚大な被害を及ぼしていた。そして巨大な種子が次々と天から降ってくる。それは到底自然の光景ではなかった。
騎士たちは魔力をその種子に与えないように、大樹のあったところに魔法使いを集めて、そこを拠点としているようだ。そして地に落ちた種子は今までとは違って、騎士を圧倒するほど強力な樹木の魔物になっていた。三メートルほどあるその体は寸胴で、しかし剣戟を跳ね返すほどの強靭さと、魔法にも耐えるほどの強度を持っていた。
「これは、逃げ時ですかね……」
「どうなさいますか?」
「うーん。行って邪魔になるようなら、行かない方がいいですよね」
「シソウ様でしたら大丈夫だとは思いますが……完全に逃亡してしまうと不参加の扱いになるかもしれません」
「クゼン達はどうする? 行くか?」
宍粟は呆然としているクゼン達に声を掛けた。彼らは間抜け面で開けっ放しになっていた口をようやく閉じた。そして宍粟を見るなり一斉に答えた。
「無理!」
「……よし、待機してるか――」
宍粟がそういった瞬間、近くに降り注いでいた種子は地に埋まることなく、宍粟目がけて転がってきていた。その全長は宍粟の背丈ほどあり、相当な重量があることが予想されている。咄嗟にテレサが土の壁を生成するが、魔物はぶつかって速度を落としつつも接近し続ける。
宍粟はテレサの前に出て、種子の直線状に立つ。そして掲げた剣を後ろに下げ、脇構えを取る。狙うタイミングは一瞬、遅れれば直撃をくらうことになるだろう。宍粟は精神を集中させ、間合いを測る。やがて、種子は宍粟へと跳躍して体当たりを試みた。宍粟は種子の隣を通り抜けるように踏み込み、体を捻って勢いをつけながら、思い切り剣を振り抜いた。
剣は魔物の巨体を受け止め、そして甲高い音を立てながら硬い種皮を打ち砕いた。皮が剥がれた隙間から胚乳のような、魔力の詰まった本体が見えていた。宍粟は手首を返して剣先を敵に向け、全身の力で敵へと剣を突き立てた。
ずぶりと中まで差し込み、これでもかとばかりに剣に力を込める。鍔までめり込むと、宍粟は片足で敵を踏みつけながら一気に剣を引き抜こうとする。強い抵抗が加わって中々抜けないが、急に抵抗力がなくなって宍粟は後ろに倒れ込んだ。
見上げると魔物に突き刺さっている剣はその鍔のあたりで折れていた。宍粟は使い物にならなくなった剣を投げ捨て、予備のもう一本を抜く。止めを刺そうと考えていると、魔力が流れてくるのを感じて、剣を再び鞘に納めた。
そして辺りを見回したとき、既に宍粟の周囲には樹木の魔物が生まれていた。宍粟は後方へと跳躍し、テレサの後ろへと下がる。その直後、テレサが魔力を集中させ、凝縮された火の矢を近くの魔物へと放った。その矢は敵に当たると表面を焦がして消滅した。そしてまだ倒れていないことを確認したアリスが火球を撃ち込むが、表面を少し焼いただけでさほど効果はない。
「わ、全然効いてないです!」
「シソウ様、敵は炎の魔法に耐性を持っています。このままだといずれ此方が魔力切れになるでしょう」
「尻尾巻いて逃げる訳にはいかないよな。……足りない分は何とかするさ。クゼン、ここは任せたぜ!」
「は? え? ああ!」
クゼンの情けない声を聞きながら宍粟は剣を掲げて走り出す。以前であれば到底倒せない魔物であっても、この戦いを通して宍粟の能力は向上している。それは主にテレサが得るべき魂の分け前によるものであったが。しかしだからこそ、やらねばならないと思う。
焦げた樹木の魔物は宍粟を見つけるとすぐさま怒りを露わに殴りかかる。宍粟はそれを剣で受け止めて懐に入ると、樹木の焦げて脆くなった部分へと剣を突き刺す。剣は表面を貫き、それから無傷の内部へと思い切り衝突すると、衝撃に耐え切れず中程から真っ二つに折れた。
樹木は痛みを感じていないらしく、既に次の動作に移っていた。宍粟は樹木の背後へと転がり込むようにして間合いを取り、攻撃に備える。しかし樹木はその大きな胴体からは考えられないほど素早く振り向き、すぐに宍粟を捉えた。
宍粟の判断は早かった。折れた剣を投げ捨て、刀の鞘に手を掛ける。そして樹木の腕が振り下ろされるよりも早く抜刀した。その勢いを乗せて押し倒すように切り付けると、刀は魔物の中程まですっと入り込んだ。そのまま力を流すように切り払い、返す刀で魔物の腕を切り落とし、崩れる魔物の傍で次の獲物を狙う。
宍粟は咆哮を上げ、敵の注意を引きつける。一対一であれば魔法使いは分が悪く、そして燃費も悪い。そして魔法による魔力の消費が激しいため、外した際に大きく不利に陥るということでもある。しかし敵をまとめてしまえば全力で撃ち込んでも問題はないはずだ。
宍粟は迫り来る樹木の攻撃を躱しながら軽く切り付け、余裕があれば生えている腕を切り落とす。そして敵を引き付けたまま、一気に距離を取った。
そこに間髪入れず、テレサは魔物の集団に向けて魔法を発動させた。魔物がいる一帯だけに生成された風の刃は魔物の胴体をあっさりと切り裂いた。鋭利な刃で切られた魔物たちに外傷はなく、何事も無かったとばかりに動き出すと、上半身と下半身が分離して地に落ちた。
「し、ししししシソウ! お前のパーティーどうなってんだよ!」
「見たら分かるだろ? テレサさんは見た目も中身も天使なんだよ。その娘のアリスちゃんが素敵なのも当たり前だろ?」
「そういうことじゃねえ! この魔物どもレベル30くらいあるだろ!?」
宍粟は騒ぐクゼンを無視しつつ、テレサの様子を窺う。流石に魔力を消費したようだったので、宍粟は魔物から離れてテレサの魔力の回復を優先させようとする。しかしテレサはそのままで、と宍粟を制した。
「テレサさん?」
「シソウさん、刀の魔力特性を覚えていますか?」
「ええ、切断しやすくなる、つまり鋭利になるんですよね?」
「はい。シソウさんは気付いていないようですが、結構魔力を消費していますよ」
宍粟は手にしている刀を改めて見る。彼女に諭されるまで気が付かなかったことは情けなくあったが、この刀の威力に驚きもしていた。上位の魔物を狩るのであれば魔力を含んだ武器は必須になるだろう。そして稼ぎが良くなると同時に消耗品である武器の支出も増えるということである。しかし宍粟は『複製』の能力があるためその心配はしなくてもいい。
そしてそろそろ騎士団の方も片付いただろうと思われたとき、劈く様な悲鳴が上がった。宍粟は目を凝らして丘の上を見る。大樹のあったところにいた一人の魔法使いが背中から貫かれており、鮮血を撒き散らしていた。最後の一体になった魔物は大樹の魔力を幾分か得ているため大きく、そして人の血で赤く染まった禍々しい姿となっていた。
騎士団が包囲する中、その魔物は大きく飛び上がると、攻撃することなく駆け出した。攻撃を警戒していた騎士たちは反応が遅れた。
「しまった! 逃すな! 追え!」
一斉に騎士が走り出すが、魔物は全力で丘を下っていく。半端な知性があるその魔物は、疲弊した騎士たちの速度では追い付けないことを知っており、後ろを見ながら逃げ切ったと確信して笑っていた。
魔物が前を再び見たとき、そこにはにこやかな笑顔を携えたテレサの姿があった。そして次の瞬間、万物を焼き尽くすほどの熱線が魔物の胸を貫いていた。辛うじて踏みとどまった魔物の視界には既に刀があって、そこでその意識は途絶えた。