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第二十四話 冒険者

 冒険者たちはその勢いのままに、契約書にサインしていく。その内容は、死亡についての責任を取らないこと、参加するだけで報酬があること、平時よりはるかに多い討伐報酬があること、など真剣に読むべきものである。しかし彼らはそれに目を通すとすぐに受付へと持っていくのだった。


「随分決断が速いんですね。まだ役割とかも聞いてませんよ」

「ギルドに出される依頼は毎回同じようなものですからね。きちんとした役割は騎士の方が担っているので、冒険者は特に作戦などもなくただ討伐に付いて行くだけなんですよ」

「自由奔放な冒険者を作戦に組み込むのが難しいってことですか」

「まあ、そうとも言えますね」


 宍粟は手続きはテレサに任せて、他の冒険者の動向を確認していた。彼らは既に準備を終えているのか、今後の行動について話し合っている。テレサが手続きを終えて戻ってきたので、相手の詳細に応じて作戦を立てようとしていると、ファーガスが彼らに気付いた。


「おや、テレサ殿。貴方も参加されるのですか」

「ええ。それほど危険ではなさそうでしたので」

「さすがですね。確かに生み出される魔物のレベルはそれほど高くはない。とはいえ並の冒険者では苦戦する相手ですよ」

「ふふ、シソウ様が守って下さりますから」


 テレサの笑みを見て、ファーガスは動揺した。テレサは美しい王妃として有名ではあったが、このように無邪気に笑うような人物ではなかった。誰にでも分け隔てない笑顔を向けるその様は、むしろ誰にも興味がないようにさえ見えたのだ。

 しかし当の本人である宍粟は、テレサが冗談を言っているのだと思っていた。自分の力が彼女に遠く及ばないことを知っているからである。

 それからファーガスは洗練された礼をして、会館の入り口に行き、叫んだ。


「よし、お前らの役割は騎士様に付いて行って邪魔する敵を倒すことだ! いいか、くれぐれも邪魔はするなよ! 分かった奴は付いてこい!」


 そう言ってファーガスはずんずんと歩き出す。宍粟はその変わりようを見て、荒くれ者が多い冒険者を束ねるには実力とそれを分からせるような態度が必要なのだと理解した。

 もはや人が通らない大通りを、恰好の異なる二百人ほどの一団が進んでいく。その統一性は無く、どこをどう見ても雇われであるということが分かる。

 宍粟たちはその一団の前方の方にいた。このままの状態で進軍に移行する可能性は高く、騎士に近い前方の方が安全であるという目論みからである。腕に自信のある冒険者は、この集団の中では一番戦闘する可能性が高い殿(しんがり)に位置していた。


 城門を抜けると、前方にいる騎馬隊の後ろを一般的な兵士で構成している団体があった。その数は五百ほどはあり、少なくとも冒険者の倍はいる。冒険者が揃うと、騎馬隊の最前にいた騎士が高らかに告げる。


「大隊、進め!」


 統一の取れた動きで歩みを進める騎士たちの後ろを、庶民の出自の兵士たちが続く。そして最後にばらばらな動きで冒険者たちが付いて行く。

 暫くは西に向かう街道を行くため魔物に遭遇することもほとんどない。しかし出て来る魔物はコボルトなどの繁殖力が強いものだけではなく、森の奥にいるようなものまである。住処を追われた魔物の末路は、人間よりも大変なのかもしれない。


 それから森の中へと入り始めた。どうやらこの国の騎士は名ばかりではなくしっかりとした実力があるようで、悪路も難なく進んでいく。草木で視界が悪い中、宍粟はテレサたちとはぐれないように注意しながら歩いていく。行進が続くと、重い鎧は不便であると改めて思わざるを得ない。戦闘中、一時的に用いるか、魔力を含んで軽く出来るものでなければ、この世界に来てから小柄になっている宍粟には少々重いのであった。


「アリスちゃん、大丈夫?」

「はい! 問題ないです!」

「枝で怪我しないようにね」


 アリスは小柄ではあるが、もしかすると宍粟より体力はあるかもしれない。山歩きにも慣れているのか、森の中でも難なく歩いていく。むしろ鎧の重量のせいで泥濘に足を取られる宍粟の方が苦戦しているくらいであった。


 次第に魔物の数も増えてきており、さすがに道中一度も戦闘しない、というわけにはいかなそうだ。魔法は入り組んだ地形で使いにくいので、宍粟は常に警戒していた。隣りの冒険者たちは実力はあるのだろうが、どうにも調子に乗りやすいのか、警戒を怠りがちである。


 森が一層深くなってきて暗くなったとき、茂みから物音がした。隣の冒険者は話に夢中で気が付いていない。宍粟は剣を抜き、茂みを警戒する。冒険者たちがその茂みに気が付いた瞬間、中から茶色の魔物が飛び出した。

 四足で鋭い牙を持った狐のような魔物は、長い尻尾を木に叩きつけるようにして軌道を修正しつつ、冒険者へと襲い掛かる。慌てて冒険者は剣に手を掛けるが、その時には既に魔物は眼前へと迫っていた。


 宍粟は外しても大丈夫なように、魔物が宍粟と大木の間に来た瞬間に剣を投擲した。無理して冒険者を守る義理はないのだが、これから人数が減って苦戦すると困るということで支援したのだ。しかし、魔物を外して遠くまで投げてしまうと探している時間はないので、当てるよりも外しても大丈夫なラインを優先したのである。魔物に隙が出来ても倒せないほどの実力であれば、死ぬのも仕方ない。冒険者の行動は全て自己責任という言葉で片づけられてしまうのだから。


 宍粟の思惑通り、剣は狐の魔物の頭部を抉り取ってから木に突き刺さった。魔物は一度地面に倒れ込んでから、すぐさま起き上がって冒険者に飛び掛かるが、その時には剣が振り下ろされていた。その剣技は手練れであることを思わせる。

 魔物の断末魔が上がる中、宍粟は自分の剣を回収して何事も無かったかのようにテレサの元に戻る。


「なあ、あんた、助かったよ」

「ん、ああ」


 先ほど魔物に切り下していた冒険者が声を掛けるのに対して宍粟はそっけなく返す。それは決して態度が悪いせいではなく、目的の無い会話が出来ないというコミュニケーション下手であったからだ。しかし宍粟の態度を見ても調子のいい冒険者たちはやたらと親しげに話しかけてくる。


「俺はクゼンって言うんだ。よろしくな! あんたは?」

「シソウだ」

「へえ、珍しい発音だな。ところで剣投げるのすげえな。でもあんな使い方してたらすぐに刃がだめにならないか?」

「コボルトの槍で練習しただけで、普段から投げる訳じゃないぞ」

「なるほどね。ところでそちらの御嬢さん方はシソウのパーティー?」

「ああ」


 クゼンが宍粟を捲し立てるのに対し、宍粟はそれにああ、とかそうだ、とか答えていく。彼は二十代後半ほどの青年で若く力強さを感じさせる。恐らくはクゼンがリーダーであるパーティーは剣士が四人、魔法使いが一人であった。魔法使いはほとんどいないらしいが、一人でもいると主力になるので引く手あまたである。そのためクゼンのパーティーもバランスのいい構成になっている。

 それに対して宍粟のパーティーは剣士が一人、魔法使いが二人という逆転した構成である。そこで彼らのパーティーと共闘という形を取ることになった。クゼンのパーティーメンバーの魔法使いは女性で、十八ほどの花盛りである。アリスが元気よくお辞儀すると、その女性は小さくお辞儀をして、愛嬌のある笑顔を見せた。


「よろしくね、アリスちゃん。私はエリナ。調子のいい奴ばっかりだけど、悪い奴じゃないんだよ」

「はい! とても愉快な方ですね!」

「あはは、率直な感想だね」


 彼らも仲良くやっているのを確認して宍粟は良かったと思う。アリスは社交的であるが、彼女も『テレサの娘』という扱いを受けることが多い。そんな中、こうして話せる相手が出来るのは悪くないことだろう。


 八人で森の奥へと進むと。やがて前の兵士たちから伝言が伝えられる。いよいよ、目的のボスのお出ましというわけである。冒険者たちの中に緊張が走る。やがて、鬨の声と共に兵士は駆け出した。

 冒険者たちもそれに伴って走り出す。深い森の中、視界が開けた。



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