表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/107

第二十三話 新調

 宍粟たちが装備の新調という名のデートから帰ってきたとき、既に昼は過ぎていた。アリスやテレサは今まで一日二食で済ませていたので朝と昼過ぎに食事を取ることにしている。しかし食べ盛りのアリスはそれだけでは足りないようで、宍粟が来てからは間食をよく取っていた。これはこの世界の生活水準では特に珍しいことではないらしい。宍粟は食事にこだわりもなく、何かに熱中している間は食事を忘れるほどだったので、二人に合わせている。


 そんなわけで宿に着いてから、そこで賄いを頼むことにした。銀貨三枚を支払って出てきた料理は野菜が中心であったが、量を多くするように頼んでおいたので、十分な量がある。アリスは特に好き嫌いはなく、美味しそうに野菜を食べていた。基本的に、彼女は手間のかからない子である。


「シソウ様、明日はどうなさいますか?」

「ん、うーん。もう歩けるようにはなったから、依頼受けてもいいけど、どうしようか」

「無理をなさらずとも、まだ資金は余裕がありますよ」

「アリスちゃんはどこか行きたいところある?」

「もう今日たくさん見たので大丈夫です!」

「じゃあ依頼見て決めようか」


 食事を終えて、宿の女の子に礼を言ってから部屋に戻る。とりあえず今日はやることがあった。今日の収穫の確認である。宍粟は倒れてもいいようにベッドの上に移動して、『複製』を開始する。

 その対象は先ほど見ておいた魔力を通すことで防御性能が上がるローブである。金貨三枚ほどであったので、普通に買っても良かったのだが、全く珍しいものではないので構わないという結論に至った。

 魔力を集中させて黒衣を形成する。魔力が半分以上持っていかれるが、倦怠感に襲われるほどではない。それから出来たローブをテレサに手渡した。


「これでいいんですよね?」

「ええ。ありがとうございます」

「さてと、次はあの刀を試してみます」


 金剛石の刀は相当なコストが必要であるから今は複製できないが、どの程度の消費かを見るために、魔力を集中させる。形成しようとした宍粟は慌てて魔力を消し去った。


「あっぶねー……」

「シソウさん?」

「あれは複製できないや。一瞬で丸ごと魔力持っていかれそうになったのに、全く出来そうになかった。暫くはお預けかな」

「でもいつかきっと使えますよ!」


 仮に複製できるようになったとしても、ほんの一瞬の間だけ顕現させるのに全魔力を消費するのでは使い物にならない。あまりあてには出来そうもなかった。


 それから購入した刀の『複製』も試みたが、それも成功しなかった。魔力を帯びた品の『複製』はコストが相当大きいらしい。そんなわけで宍粟は宿の裏で素振りをしている。買ったばかりの刀は今まで使っていた両刃の剣と比べると細身であるが、ずっしりと重くそして魔力を込めるとさらに切れ味を増すようだ。魔力特性は切れ味にしか反映されないようで、素振りをしているだけではいまいち実感は湧かない。


 そして今までの剣は叩き潰すようにして使えていたのに対して、刀は刃筋を通さなければならない。もちろん、その動作に大きな違いがあるわけではないが、それでも練習は欠かせない。恐らくこの刀が安く買えたのは、刃こぼれですぐ使えなくなったり曲がったりするからだ。その際、叩き潰すという点では明らかに西洋のような剣の方が適している。


 そこでこの刀が使えなくなったらどうするか、と宍粟は悩み始めた。こうなることが予想できていれば、刀ではなく耐久性が高いものを選んでおくんだった、と。しかし剣道をやっていた以上やはり刀は憧れでもあったのでそれほど気にもせず、再び刀の動きに意識を集中させていく。


 振るたびに動作を確認していく。剣道で染みついた手首と肘を使って当てる振り方では恐らくすぐに刃こぼれしてしまうだろう。人を切り殺せるその重みを実感しながら、精神を集中させる。そして周囲に気を配っていたため、人の気配にはすぐ気が付いた。宿屋から出てきたテレサとアリスが宍粟の練習を眺めていた。宍粟は刀を納め、テレサの方へと歩み寄る。


「シソウ様、どうですか?」

「結構な業物ですよ。ですが替えはないので当面の間は今までの剣を使おうと思います」

「そうですか。お風呂あがりましたので、どうぞ」

「ありがとうございます」


 そして宍粟の一日は終わる。何も働いていないことに危機感を覚えるが、それでもこの平和な生活は幸せでいっぱいである。アリスやテレサと街を眺め、美味しい食事を取って、それで終わるのだから何不自由ない。

 それでも宍粟は、却って焦り始めていた。普通の冒険者であれば金がある間はほとんど働かない。なくなってきた頃になって依頼に取り掛かるのだから、宍粟は無理に働く必要はないのである。それでも明日から依頼に取り掛かろうとしているのは、無意識のうちにテレサの力になるという目標を忘れて安楽を願っている自分に気が付いたからだろう。

 宍粟は隣りで瞳を閉じているテレサの顔を見ながら、眠りについた。




 ルナブルクに鐘の音が鳴り響く。魔物の襲撃の告知、王の命令の公布などいくつかの種類があり、その雄大なフォルムから放たれる音色は街のシンボルともなっていた。もちろん、どれも非常時に用いられるものなのでそんな悠長に構えている暇はないのだが、それでも国民が落ち着いていられるのは、この国が力強く陥落したことない歴史を持ち、そして今の為政に満足しているからだろう。


 宍粟は大気を震わす轟音に目を覚ました。アリスも驚いたようで、寝ぼけた様子であたふたしている。テレサは一人落ち着いており、窓から外の様子を窺っていた。


「どうやら魔物が出たようですね。王城の方から騎士たちが来るのが見えます」

「それってよくあることなんですか?」

「ほとんどありませんよ。大規模な群が見つかったか、危険性の高い魔物がいるか、この国を襲う気配があるか、といったことでもなければ、小規模な編隊で十分ですから」

「なるほど。じゃあ依頼とかもなしですか?」

「いえ、むしろ冒険者にとっては稼ぎ時ですよ。魔物の情報は斥候によってもたらされますし、騎士団の方が強力な敵は相手してくださるので、少人数で動くよりは危険が少ないです。それに騎士団が壊滅するような相手でしたら、どうしようもありませんよ」


 宍粟はそれを聞いて出かける準備をする。新調した鎧はプレートアーマーとブリガンダインの中間のような代物で、関節部分には鎖帷子が用いられている。これで駆け出しの冒険者には見えないが、魔力を含んだ代物ではないのでやはりずっしりと重く、機動性は落ちる。そして常用する剣を一振り、人前で『複製』するのを避けるための予備のもう一振り、そして刀を佩いて立派な冒険者が出来上がる。余裕があれば手甲や脛当てなどの部分も購入することを検討していたのだが、主要部分を守る鎧だけで既に相当な重量があったので、当面はこのままでいくことにした。


 街には人通りはほとんどなく、大通りは騎兵が駆けていくため通行は禁止されているようだ。時折軒先から顔を覗かせる住民は、不安よりも騎士への憧れの色の方が強く見える。宍粟たちは裏通りを通ってギルド会館へと向かった。


 ギルド会館は冒険者たちで賑わっており、背が小さいアリスでは受付が見えないほどである。特別に張り出された掲示にはその仔細が書かれており、ことの顛末はこういうことだ。

 先日、ルナブルクは狼の襲撃を受けたことに対して征討を行った。それにより、この地域における魔物間のパワーバランスが崩れて、種族間の紛争が起きた。そして生存競争の結果、台頭してきた魔物が強くなり過ぎたため、討伐に乗り出したということらしい。そう考えると、先日のオーガが街道に出てきたのは競争に敗れたからだろう。


 そのボスはレベル50ほどの大木の魔物であり、直接的な戦闘力はないものの周囲の魔物の死骸を吸収して成長し、そして新たな果実を実らせて魔物を生み出すらしい。そのため人海戦術を取ることにしたようだ。


「どうやらボスの相手をする必要はなさそうですね」

「どうします? 俺には経験がないので判断は任せます」

「そうですね……恐らくは大丈夫だとは思いますが、万が一を考えると」


 期待して足を踏み入れた冒険者たちの中にはボスのレベルを見て早々に引き返す者もいる。それほどレベルの差というのは大きいのである。テレサはボスの討伐にも加わっても問題がないほどであるが、宍粟、アリスは少々心許ない。

 人数が減って快適な密度になったギルド会館で、悩んでいる冒険者はほとんどいない。見たところレベル20ほどの冒険者が大多数を占め、そのリーダーらしき人物がレベル30といったところである。ほとんどのパーティは五、六人で構成されており、それ以下のパーティはほとんど見られない。

 宍粟は戦力的にまずいだろうか、と思いながら辺りを見回す。時折一人でいる人物が見られるが、それは相当な手練れであろう。しかしそうしていると、頃合いを見ていた受付嬢がファーガスを連れてきた。


「勇敢なる冒険者諸君、本日は我が国のために集まってくれたことを嬉しく思う。……さて、前置きはともかく、本題だ。お前らの目的である報酬は国がたっぷり用意してある!」


 ファーガスが身も蓋も無いことを声高に宣言する。宍粟は、何処が本題なのだろうかと思っていると、すぐに怒声にも近いほどの歓声で会館は埋め尽くされた。宍粟はようやく、冒険者というものの本質を理解した。彼らが気にするのは金、ただその一点であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ