第二十二話 刀
『鶴雅の宿』は、朝食を取る宿泊客で賑わっていた。その客層は主に冒険者たちで、今日は何の依頼を受けるかを話し合っていたり、依頼を終わらせたばかりなのか魔物との戦闘の話をしている者が多い。
その中で宍粟たちも朝食を取っていた。彼らの格好はどこから見ても冒険者ではなく、それなりの家の御嬢さんとその友達の少年といったところである。
「ここのお料理美味しいですね!」
「ええ、これなら夕食もここで取ってもいいかもしれませんね」
「あれ、夕食ってここでも取れるんですか?」
「大抵の宿は出してくれますよ。料理店ではないのでメニュー等はありませんが、賄いでしたら快諾していただける場合が多いですね」
アリスは焼き魚を美味しそうに食べている。アルセイユは内陸にあり水資源に乏しい国で、付近に大きな川や湖がないことから、魚は干物以外はほとんど見られなかった。そこでアリスは初めて見る干物以外の魚を嬉しそうに頬張っていた。
テレサは冒険者をしていたため珍しそうにはしていなかったが、それでもここの料理は値段以上のものを提供しているため、満足そうである。宍粟はそんな二人の笑顔は何よりのトッピングだと思う。
そして食事を終えてから、宍粟は袋を担いで歩き始めた。その中には大量の銅貨が詰まっている。結局、二人に力仕事をさせたくなかった宍粟は一人でその袋を担ぐことにしたのだ。ここ最近で筋肉も付いており、特に重さは感じないのだが、やはり道行く人には奇異に見られている。
彼らは大通りに出て、出来るだけ立派な店を探す。高いものは複製することに決めているので、買うのは不審に思われないようにするためのものである。それは予め伝えてあるので、立派な店を探しているのだった。
しかし宍粟とアリスはついふらふらと寄り道をしてばかりいる。見るもの全てが珍しく、仕方がないことではあった。そんな二人は呼び込みの格好の的になっていた。
「いらっしゃい! お嬢ちゃん食べていかないかい?」
「わあ、シソウさん、おいしそうですよ!」
「じゃあ三人分ください!」
「あいよ! 銀貨一枚と銅貨五十枚ね!」
「全部銅貨でも大丈夫ですか?」
「もちろんさ! お小遣いかい?」
「そんなところです」
かるめ焼きのような甘い匂いがする店の店主は気が良い人物で、嫌な顔一つせず銅貨を数えてくれた。客相手なのだから当然かもしれないが、宍粟としてこの類の行動は店員への嫌がらせに思われたのである。そういう悪戯もいくつかネットで見られたということもある。しかし、銅貨と銀貨の中間の貨幣がないことによる不便について、誰も何も思わなかったのだろうか、と疑問を抱かざるを得ない。
宍粟は少し離れたところで見守っているテレサに手渡すと、彼女は笑顔で受け取った。先ほど朝食を取ったばかりなのに彼らは買い食いを続けていた。それは主にアリスが美味しそうな匂いにつられていき、そのアリスに宍粟もつられていくからであった。
甘いお菓子を頬張りながら、アリスは宍粟の隣を歩く。時折宍粟を見上げると笑顔が返ってくる。アリスにとって、こうして見知らぬ街で見知らぬ物を見るだけでなく、美味しいものを食べたり綺麗な服を買って貰えたりするのは、夢のようであった。
銅貨の袋が空になった頃、ようやくお目当ての店に辿り着いた。『宝刀堂』と看板が掲げられたこの店は、いくつかの店を見た中で、一番質が良さそうに見えたのである。置かれている武器はどれも高級品で、宍粟では手が出ないものもあった。いくつか手に取ってみるが、手に馴染む感覚はこれまでのものとは違う。確かな重さがありながら、振るのに力はいらないのである。
これが上位の冒険者が使うものだろうか。魔力を含んだ金属で作られた武器や防具は、持ち主の魔力に反応してその特性を変える。強度であったり重さであったり、本来の威力を保ったまま変わるのだから、宍粟には原理が全く思い浮かばなかった。しかし魔力を流し込まなければその付加的な性能は発動できないため、上位の冒険者でなければ使いこなせはしない。それでも通常の武器よりは優秀であるため、貴族の子などは低いレベルでも使っていることもあるそうだ。
安いものでも金貨十枚弱であり、一振り買うのが精いっぱいである。張り紙の中には金貨百枚を超えるものもあるが、その現物は店の奥にあるため触れることは叶わない。宍粟は見慣れないその売り文句に気を取られていた。
『両刃 魔力10鋼 強度、切断、修復 金貨320枚』
『片刃 魔力8金剛石 切断 金貨120枚』
『刺突 魔力9水銀 硬化 修復 金貨50枚』
どうやら材質に含まれている魔力は十段階で評価されているらしい。恐らく冒険者証が魔力に反応してレベルを記載するのと同様の原理で魔力を量っているのだろう。内容は種類、魔力、材質、魔力特性が書かれている。曖昧な表記になっているのは、個々の差が激しい武器に対して無理やり考案した規格だからだろう。
「水銀って……液体じゃないのか」
「おそらく、魔力で形づくるのではないでしょうか」
「確か神経毒性があったよなあ、こんな危険なもの売るなよ」
「加工である程度抑えられているかと思いますが」
「むしろ暗殺用か? こっそり忍ばせておいて――」
「おいおい兄ちゃんたち、物騒な話はよせよ」
奥から顔を出した店主は40ほどの中年の男性であった。体は筋肉に覆われており、そこらの冒険者など一ひねり出来そうなほどである。
「あの、ここに書かれてる武器って、触ってみたり出来ないんですか?」
「ああ? そちらの御嬢さんはともかく、それほど上位の冒険者には見えないが……」
「いえ、ここにあるものとはどれほど違うものなのかと思いまして」
「ふん。うちにあるのはどれも一級品だ。違いが分かるようなら、価格なんてはした金に見えるほどの冒険者だろうな」
そういって店主は軽くあしらう。それは一見失礼な態度に思われるが、自信の表れでもあるだろう。
「確かにどれも見事な出来栄えですね。この刀なんて刃紋がとてもきれいです」
「なんだ、お前さん刀を使うのか?」
「ええ。ですが他の店では売っているのを見ませんね」
「そりゃそうだ。使う奴がいないんじゃ売れないからな。それは道楽で打ったものさ」
宍粟は一振りだけ置かれていた鉄製の刀を手に取って軽く振ったり構えてみたりする。こういうとき、試合で全く役に立たない剣道型も満更捨てたものではないと思う。宍粟がそうしていると店主は店の奥に行ってしまう。呆れられたのだろうか、と思っていると、その手には白く輝く一振りの刀があった。
「見たかったのはこれだろ? いいか、絶対に傷つけるなよ。すぐに割れるからな。そしたら弁償してもらうからな」
宍粟はその金剛石の刀を手に取る。手に持っているのを忘れるほど軽く、風さえも切り裂けるほど刃は鋭い。
「……すごいですね。ですが、俺にはこれを扱えるほどの技量はありません。思い知りましたよ」
「ま、そういうこった。そもそもこいつは使い捨てだからな。おいそれと手が出せるものじゃねえ」
「ありがとうございました」
そして宍粟は『片刃 魔力3鋼 切断 金貨10枚』という札のついた刀に目を落とした。結局、宍粟は有り金をはたいて刀を購入した。あの刀を手に取ってからは、とても冷やかしをする気にはなれなかったからである。それにあの刀の使用料だと考えれば、安いものだ。ついでも鎧も触れておいたため複製できるようになっていた。
「シソウ様は思い切りがいいですね」
「そうかな。刀だったから、つい」
「シソウさん、気に入るのが見つかってよかったです!」
「うん。お金なくなっちゃったし、他の店は迷惑にならない程度に見て帰ろうか」
「そうですね」
宍粟は剣の他に刀を佩いて、店を出た。