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第二十一話 続デート

 満腹になれば眠くなるのが人の(さが)である。胃への血流の集中により脳への血流が減少し、さらに食後はインスリンの分泌まで血糖値が上昇する。これは体の機能だから鍛えたところでどうしようもない。


 アリスは大きな欠伸をしている。ちょっと間の抜けた顔ではあるが、それでも可愛らしいことに変わりはない。宍粟はようやく木の槍を杖の代わりにして歩くことに慣れてきていた。テレサはその様子を見て心配そうに声を掛けた。


「シソウ様、大丈夫ですか?」

「問題ないよ。……街を見るのは明日にしようか。それならこの近くで宿を取ってもいいね」

「シソウさんこの辺の宿は高いですよ!」

「そうなの?」

「ぱっと見そんな感じがします!」

「うーん。じゃあ安い宿探そうか」

「それでしたら城門の近くがよろしいかと思います。冒険者は出入りが激しいので、その辺りでしたら街から程遠いところでも宿がすぐ見つかりますよ」


 宍粟は城門へと向かって歩き始めた。体感的には五時くらいになればもう辺りは暗くなっている。街灯などはないので、夜は星明りだけが頼りである。そのためこの世界では四時起床七時就寝くらいが普通である。また、貴族などは夜も明かりがあるのでその限りではない。


 商業の中心から離れているにもかかわらず、この国は店が多かった。それぞれの収入や生活レベルに応じていくつもの階層になっている印象が強い。したがって同心円モデルは当てはまらず、地区ごとの特徴としては価格帯くらいしか存在しない。様々な店が入り組んでごちゃ混ぜになっているそれは自由競争という面ではいいのかもしれない。


 それから手ごろな宿を選んで中に入った。この『鶴雅の宿』は、木造で部屋はそれほど広くないらしいが、朝食付きで値段が安いのが魅力的である。一階は食堂としても使われており、間食を取っている宿泊客が見られた。そして受付などといった立派なものはない。


「えっと、どうすればいいんだろう」

「そうですね。とりあえず三人分の宿を取りましょう」


 そう言いながらテレサは冒険者らしき男性に料理を運び終わった十七ほどの少女に向かって声を掛けた。


「本日の宿を三人分お願いしたいのですがよろしいでしょうか?」

「はい! お部屋の方はどうなさいますか?」

「一番安いものを一つお願いします」

「分かりました。では案内いたしますね!」


 少女は元気よく答えて二階へと案内する。こういうのは日本とあまり変わらないのかな、と思いながら宍粟は黙って付いて行った。そして案内された部屋の鍵を少女は開けると、その錠を手渡してくる。テレサはそれを受け取ると、少女は礼をして、「何かあれば下におりますので言いつけ下さい!」と元気よく下りて行った。


 宍粟は中に足を踏み入れると絶句した。ビジネスホテルほどの大きさの部屋は安っぽいものの綺麗に掃除されており、それは全く問題ない。しかしベッドが一つしかなかったのである。よくよく考えてみれば、安い部屋が一つということは、一人部屋になって当然である。

 大きさはダブルベッドほどもあるため三人でも寝るのに問題はない。ないのだが、倫理的には問題があった。今回はもちろん、宍粟は男性としてではなく子供として見られたのである。


「シソウさん? 入りません?」

「あ、はい」


 言われるがままに中に入り、三人でベッドに腰掛ける。アリスは柔らかいベッドが嬉しいのか、横になってごろごろと転がっている。宍粟は言うタイミングを逃して、もうこのままでいいんじゃないかという気分になっていた。


「シソウ様、お疲れのようですがお休みになられます?」

「え!? いや、元気ですよ!」

「それならいいのですが」


 テレサは宍粟の表情を見てそう判断したのだが、実際はそうではない。そうして二人が会話していると、アリスは宍粟の所まで転がってきて、それから体を起こしベッドに腰掛けた。


「シソウさん! 明日はどうするんですか!」

「街を見て回ろうかな。新しい武器も見てみたいし、テレサさんにローブとか買わないと。アリスちゃんも気に入った装備があれば買おうね」

「シソウ様、私のものはお気になさらず」

「私も買ってもらったばかりですよ」

「お金なら大丈夫だよ。さっき金貨が手に入ったし、試してみようか」


 宍粟はそう言いながら、掌に魔力を集中させる。最近ではほんの僅かの魔力を込めるだけで『複製』に必要なコストも推定することが出来るようになってきた。必要な魔力は恐らくぎりぎり、しかし宍粟はいけると判断して続行する。

 魔力が集中して金貨を形作っていく。体中の魔力が吸い取られていき、空っぽになると同時に激しい疲労感に襲われる。宍粟は手中に金貨を収めたまま、ベッドに倒れ込んだ。テレサが慌てて駆け寄るが、宍粟は眠気に抗えなかった。




 柔らかく温かい光を感じて宍粟は目を覚ました。淡い光と共に、テレサの顔が目に入った。優しげな笑顔を携えた彼女は慈愛に満ちていて、見るものを虜にするほど美しかった。


「シソウ様、調子はいかがですか?」

「……ん、大丈夫です。寝ちゃってましたか」

「ええ、ぐっすりと」


 宍粟はゆっくりと頭を持ち上げて、テレサを見る。その手からは淡い光が出ていた。彼女は回復魔法が使えるのだったと思いながら、その温かい光を感じていた。


「回復魔法って、俺にも使えるようになりますか?」

「おそらくは無理でしょうね。使える人はほとんどいませんので」

「そうですか」

「シソウ様にはシソウ様のやり方がありますよ」

「その結果がこれですけどね」


 宍粟が情けなく思っていると、テレサはその頭を撫でた。宍粟は心地好さに身を任せて、安らぎを感じていた。その幸せの中で、宍粟は隣りで寝息を立てている少女を見た。


「寝ちゃったんですね」

「シソウ様が寝られてから、その隣りで一緒に横になっていましたよ」


 宍粟はゆっくりと体を起こす。それから再び能力について考え出した。どうやら金貨一枚を複製するだけの魔力はないようだ。そして魔力が尽きてからは、魔力の代わりに体力が奪われた、ということらしい。


 価値当たりのコストは低い順に銅貨、金貨、銀貨だろう。こうしてみると現実に生成するコストも反映されていないでもない。しかし金貨一枚分を銅貨に換算すると一万枚にもなってしまう。そして金貨は複製できないため、そうなると一番コストが高い銀貨を複製するしかない。とはいえ、数枚しか複製できなかった時には考えられないことだが、この数日間で魔力量は随分と増えていた。いずれ金貨も楽々複製できるようになるだろう。


 それから暫くテレサは休んでいるので、宍粟はアリスを起こさないように風呂へと向かった。トイレと風呂は一緒になっており、ビジネスホテルと大差ないのだが、やはり蛇口は見当たらない。どうにもこの世界では自分で水を出せる者が多いのか、そうでない者は水を別途用意してもらう必要があった。

 風呂釜は用意してあったので、服を脱いでお湯を『複製』した。生じたお湯に浸かって温まりながら、石鹸を『複製』する。わざわざ大きいものはいらないよなあと思っていると、出来上がった石鹸は心持ち小さいような気がした。


(サイズ調節できるのか?)


 宍粟はさほど気にせず、体を洗ってさっぱりすると、さっさと風呂を出た。上がったとき、アリスは起きていたが眠そうに見えた。


「上がりましたので、テレサさんもどうぞ」

「ありがとうございます。ではそうさせていただきますね。ほら、アリス」

「はい、おかあさま……」


 テレサはふらふらした足取りのアリスの手を引いて風呂場へと向かった。それから一枚のドアを隔てて声が聞こえてくる。宍粟は盗み聞きしているようで悪い気がしたので、出来ることを探した。もう日は落ちており、先ほどまで寝ていたのにも関わらず、後は寝るだけである。魔力が勿体ない気がしたので、とりあえず銀貨を『複製』する。二つ目を複製したときに、もしかして、と銅貨の複製に切り替える。


 銅貨を十個ほど一気に複製しようとするが、現れたのは一つである。そこで立て続けに銅貨を複製していく。思った通り、連続して複製することは出来ず、タイムラグが生じていた。宍粟はそれを確認すると、ひたすら銅貨を『複製』し続けた。


「……シソウ様、これは一体?」

「なんですか、これ」


 テレサとアリスは風呂から上がってくると、思わず呟いた。彼らの目の前には、銅貨を吐き出し続ける宍粟の姿があった。銅貨はじゃらじゃらと音を立てて山の上に落ち続ける。既に一千枚を超える銅貨がそこにはあった。


「えっと、『複製』能力を練習しようかと思いまして」

「シソウ様、これほどの枚数を担いで歩くのですか?」

「あ……えっと、考えてませんでした、すみません」

「三人で分けて持ちましょうか。それとここの支払いで使えるか聞いてみますね」

「そうしてもらってもいいですか……?」


 それからテレサとアリスはベッドに横になった。宍粟はその場で固まったまま二人を眺めていたが、テレサが手招きするのでその隣に横たえた。宍粟は最近テレサが妙に親しくしてくるので、何かあったかなと思い返すが、特に思い当たることは無い。とりあえず今はその好意に甘えることにした。


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