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第二十話 デート

 雑踏の中で三人は悪い意味で目立っていた。一人は奇妙ではあるが立派な作りの衣服を纏い、怪我をしている片足の代わりに木の槍を使用している少年だ。二人は人の波に紛れていても埋もれることは無い美しい金髪の少女と女性であった。そして貧民が着ているようなボロの貫頭衣を纏っている。そして二人は少年の両側で親愛の情を持って接している。


 これは傍から見れば、美しい奴隷の女性二人を金持ちの家の少年が侍らせているという姿である。そのため三人が通ると通行人はひそひそと小声で何かを話すのである。この世界ではまだ奴隷制が維持されている国もあるらしい。ここルナブルクでもアルセイユでも既に禁止されているが、侵略の色が強い国家では労働力として使用されているらしい。


「なんだか、すごく見られてるような気がします」

「……とりあえず服、買おうか」

「でもこの辺のお店、高そうですよ」

「いいからいいから。お金も入ったし、俺が二人分買うよ」


 宍粟は周囲の視線から逃げるように、服屋へと入った。とりあえず手近な所に入ったのだけれど、その金額を見て驚く。宍粟は衣服にこだわりなどなく、安価でそれなりのものであれば満足している。そのため一着で一万円を超えるような服など考えられなかった。しかし今目の前にある衣服は金貨一枚程度、安くても銀貨数十枚はしている。金貨一枚当たり、宍粟の感覚的には十万円ほどである。


 宍粟は唖然としながらも中へと進んでいくと、店員と目が合って、あからさまに嫌そうな顔をされた。宍粟は思わず顔を逸らした。そうするとアリスが楽しそうに服を見ているのが目に入って、思わず頬が緩んだ。既に金のことなど頭から抜け落ちていた。


「シソウさん! ここの服すごいふわふわです!」

「うん、気に入ったのあった? なんでも買っちゃうよ」

「もうちょっと見てみたいです!」


 アリスは楽しそうに手に取ってみる。宍粟がその様子を見ていると、その隣で同じようにテレサも佇んでいた。


「テレサさんもほら、選んでくださいよ」

「私もですか? 私はこれで十分ですよ」

「じゃあ俺が選びますよ。女性の服なんてほとんど分からないので、気に入るかどうかは分からないですけど」


 宍粟の中で服を買うことは既に決まっていた。どんな服を着ていても彼女の美しさが衰えることは無く、テレサが気にすることは無いが、それでも綺麗な格好をしている方がいいはずだという結論が出ていた。


「これどうですか?」

「えっと……ちょっと動きづらいかもしれません」

「じゃあこっちは?」

「走るときや山では引っかかって邪魔になると思います」

「……テレサさん、普段着ですよね?」

「ええ。ですから、動きやすい方がいいかと思いまして」


 宍粟は大人っぽいワンピースのようなデザインのものなどを見せるが、テレサの反応は斜め上だった。


「テレサさん冒険者の時はどんな服だったんですか?」

「体に合う下着の上に、魔力を通すことで防御性能が上がるローブを体に巻きつけるように縛って広がらないようにしていました」

「王城にいたときは?」

「使用人の方が選んでくださったので、特に気にした覚えはありませんね」


 宍粟はテレサが機能性しか見ていないことを確認して、小さく笑った。


「シソウ様、何かおかしかったですか?」

「いや、テレサさんなら何着ても綺麗だよなって」

「シソウ様のそういう冗談、本気にしちゃいますよ?」


 テレサが子供のように口を尖らせる。そうしているとアリスは大きめで淡い黄色のニットソーチュニックと、膝下まであるキュロットスカートを持ってきた。


「シソウさん! これどうですか!」


 宍粟は服を見て、露出が多くないことを確認して頷く。宍粟はアリスを大切に思うあまり、その嫉妬心を遺憾無く発揮していた。露出が激しい服や透ける服などは認めたくないのである。道行く人にただで見せてやることなんてないのだ。そしていくら金を積まれようと、世界を買えるほどの金であろうと、見せるつもりもない。


「いいんじゃないかな。試着とかって出来るのかな?」

「はい、お客様、こちらへどうぞ」


 店員は素晴らしい笑顔でアリスを奥へと連れて行った。宍粟はそれを見送ってから、テレサのものを選ぶ作業に戻る。


「シソウ様、無理して選んでいただかなくても大丈夫ですよ」

「うーん。じゃあとりあえずローブの下に着られるようなものだけ買っておきます?」

「はい、それでしたら」


 そしてテレサはシャツとズボン状のものを選んだ。これならば動きが阻害されることはない、と。暫くしてアリスが帰ってくる。ちょっと大きめのニットソーはサイズが合っていないが、それが却って可愛らしい。


「アリスちゃん可愛いね!」

「えへへ、ありがとうございます」

「よくお似合いですよ。そちらのお客様もいかがですか?」

「ああ、俺は結構ですよ」


 店員も世辞ではなく、本心から言っている。やはりアリスは絶世の美少女なのだと宍粟は悦に入る。そして宍粟は会計に向かった。




「ありがとうございました! またおいでくださいませ!」


 店員の元気な声を聞きながら、大通りに出る。宍粟の討伐報酬と貯めてあった銀貨はなくなっていた。臨時収入がなければ危うかった、と宍粟はあの狼に感謝する。隣を歩いているアリスは綺麗な格好になったせいで、余計に人目を引いていた。テレサは先ほど買ったものに着替えており、ラフな格好でありながらもそのスタイルの良さからやはり目立っていた。


「シソウさん、やっぱり何か見られてます……」

「うん、アリスちゃん可愛いからね」

「あの、その……」

「どこか休めるところに行きませんか? もうお昼も過ぎてます」

「そうしましょうか」


 テレサは恐らく宍粟の体調を気遣ったのだろう。アリスが居心地悪そうだったので、あまり時間をかけないように料理店を探すことにした。大通りから外れた道を歩いていくと、大衆食堂のようにそれほど高級ではない店が多くなっていた。初めからこういうところを歩けばよかったのではないかと思うが、アリスを見て考えを改める。


(可愛いアリスちゃんが可愛い服来たらもっと可愛いなあ)


 そんなことを考えていると、食欲をそそる匂いが漂ってくる。肉などの濃厚な香りであり宍粟は好みであったが、女性としてはどうなのだろうか、と不安になる。甘いものや軽いものの方がいいのではないだろうか。


「何だかいい匂いがします」

「入ってみる?」

「はい!」


 二人を連れて中に入る。内装はそれほどこだわりが無いようでお洒落とは程遠いが、清掃は行き届いていて綺麗であった。客はそれなりにいて、繁盛しているようだ。どうやら精肉店の裏側で肉料理を作っているらしく、メニューは肉料理ばかりである。席に着くと店主の威勢のいい声が聞こえた。


「シソウさん! 美味しそうですよ!」

「うん。どれにしようかな」


 宍粟が悩みながらメニューを見る。当然写真などはなく、その名前から類推しなければならない。家畜らしい動物の名前が書かれているが、当然宍粟は知らない。


「お冷です、どうぞ。本日のお勧めはルナブルク産黒牛になっております」

「じゃあ俺はそれのステーキにしようかな」

「あ、私はそれのハンバーグにします」

「では煮込みをいただきましょう」


 店員が告げると、すぐに注文は決まった。女の子ってこういう料理好きじゃないんじゃなかったのか、と宍粟は首を傾げた。それからよくよく考えてみればそれは日本の考えであって、それに彼女たちは気取ったところなどないのだから、それが当てはまるわけではない。


 出てきた牛の肉は臭みがなく独特の深い味わいがあって、宍粟でも食べたことがないほど美味しかった。アリスは口いっぱいに頬張って美味しそうに食べている。育ち盛りなのか、いくらでも食べられそうな勢いである。


「シソウさん、こえとっても、おいひいです」

「うん。ちゃんと飲みこんでから話そうね」


 アリスは口の中のものを嚥下して、宍粟を見る。


「……すっごくおいしいです!」

「それはよかった。テレサさんはどうですか?」

「とてもおいしいですよ」


 こうして食事をしていると、戦いがあったのが嘘のようである。彼女たちとのこの平和な時間を守るためにも、強くならなければ、と宍粟はますます意識する。アリスはあまりいいものを食べられなかったのだろう。だからこれからは彼女たちを必ず幸せにして見せると、宍粟は小さく拳を握った。


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