第十九話 ルナブルク
近くで見ると、門はより一層強固に見えた。その向こうには兵士たちが働いているのが見える。馬車を止めて隊商の者たちは門番に通行証のようなものを見せていた。テレサとアリスが冒険者証を出すのを見て、宍粟も慌てて自分のものを取り出す。『レベル21』と書かれたそれは宍粟が既に立派な冒険者になっていることを示している。とはいえ、そこらのレベル10程度の冒険者の方がよほど常識を知っているだろうとさえ思われた。アリスが大事に手に持っている冒険者証には『レベル12』と書かれている。魔法使いが比較的高いレベルとして表示されてしまうというのは本当なのだろう。
宍粟が進み出ると門番はそれを一瞥してすぐに許可を出した。こんなにあっさりしていていいのかと思ったが、これはこのルナブルクという国の性質によるものなのかもしれない。元は戦争で消耗した小国で冒険者の受け入れが盛んだったそうだ。そしてこの国の初代国王も元冒険者であったということも関係しているだろう。
しかし宍粟の隣にいるテレサとアリスの冒険者証を見て、門番は訝しげな表情をした。恐らく彼らの姓のせいだろう。冒険者証は一度発行されてしまうとその情報は死ぬまで残ってしまう。それを偽装する人はいないが、かといって正しいことだとも思えなかったのだろう。
門番たちは何かを話し合ってから、二人を通すことに決めたようだ。ここで冒険者を通さなければこの国のあり方に問題が生じる。しかしもう一人の兵士はすぐにどこかへ駆けて行った。
早速ルナブルクに入ると、その活気に驚いた。道行く人は小奇麗な衣服を身に着けており、その数はアルセイユの二、三倍ほどである。そうなるとジーパンにコートという格好でありながらもそれなりの鎧と剣を身に着けている宍粟はまだしも、会った時と変わらない貫頭衣のアリスとテレサは浮いている。魔法使いに特別な装備は必要ない、ということで普段着で来ていたのだが、これならアリスには着物でも持って来ればよかったかもしれない。
とはいえ遊びに来たわけではないので、仕方ないとは言える。この依頼を終えたら宿と衣服をまず何とかしようと宍粟は思った。
「シソウさん! すごい人です!」
「うん。はぐれないようにね。……とりあえずはギルドに向かうから、それから一緒に見ようね」
「はい!」
門から少し行くと、大通りに出た。人通りはさらに増えており、移動するのが大変なほどである。そのまま真っ直ぐ人の波に乗って中央へと進んでいくと、ギルドが見つかった。それはアルセイユのものの五倍ほどの規模であった。宍粟とアリスが驚いていると、他の人が彼らを待っているようだったので慌てて後を追った。
中はとてもきれいになっており、アルセイユの粗野な冒険者が集うような印象はなかった。そして人が大勢いるので、宍粟は興味深く彼らを見ていたが、どうやら半分以上が冒険者ではなく依頼をしに来た人達のようだ。
隊商のリーダーとテレサが受付のカウンターへと向かう。彼らは何か話した後、二階へ上がるように促された。どうやら二階が依頼の達成などの業務、三階が客として依頼を頼んだりするところで、四階はその他ギルドの業務、というように分かれているようだ。とりあえず宍粟は彼らの後をついて行く。
いくつかの手続きが終わると、それから四階の応接室に通された。宍粟はそわそわと落ち着かなく、何かやってしまったのだろうかと思いながら、高そうな調度品を眺めていた。この部屋の中を見ていると、偉い人が来るような気がしてきた。
暫くしてから中年の男性が入ってきた。温和そうな顔をしていたが、その体は引き締まっており、相当な強さを秘めていると思われた。
「初めまして。私はここのギルド長をしているファーガスというものです。どうかお見知りおきを」
「私はテレサ・エトワルトと申します。今はこちらの大麻宍粟、娘のアリスと共に冒険者をしています」
「ええ。よく知っていますよ。王城を出られてからは、とんと噂を聞かなくなっておりましたが、まさか再び冒険者稼業をしているとは思ってもいませんでした」
二人は当たり障りのない世間話から入っていった。宍粟はテレサは有名人なんだなあ、と思いながらそのやり取りを眺めていた。
「……では本題に入らせていただきます。先ほど拝見した狼は本当に街道で発見されたのですね?」
「そうです。夜襲を受けたところを仕留めました」
「他に魔物はいませんでしたか?」
「同様の狼が六体、あの狼がリーダーだったようです」
「そうですか。では後程冒険者証で確認させていただいても?」
「ええ、構いませんよ。ですが私一人で倒したわけではないので、恐らく宍粟さんの方にも記録されているかと思います」
「ほう。……確かに中々の手練れのようですね」
宍粟はファーガスの視線を受けて小さく頭を下げた。どうにもこういう場で何を話せばいいのかは分からない。宍粟が戸惑っているのも気にせず、ファーガスは話を続けた。
「実は、あの狼は最近急にここら一帯を荒らし始めた魔物でして、先日とうとう国が討伐に乗り出したのです。しかしその数は多く、リーダーを討ち漏らしてしまいました。いつか復讐されるのではないかと国民が不安を抱くのを恐れ、このことは隠されていたのですが、まさかこうして首の方からやって来るとは思ってもいませんでした」
「ということはここに呼ばれたのは、口外しないでほしいということでしょうか?」
「……そういうことになります」
「私は構いませんが、他の方がどう思うかは」
「ええ、ですから相応の礼をいたしたいと思っています。いかがでしょうか」
さすがは商人たちで、金を前にして首を横に振ることは無かった。宍粟もちょっとした臨時収入が入ってくればアリスにお土産も買ってあげられる、と純粋に喜んでいた。
そうした雑務を終えた隊商たちは宍粟たちに礼を言って去っていった。宍粟たちは今、収入の確認をしている。依頼の報酬は三日分で金貨一枚と銀貨20枚。一日当たり銀貨40枚は破格の報酬に思えるが、上級の冒険者を雇ったにしては安いのかもしれない。依頼の報酬は家計の足しにすることにしていたので、全てテレサが受け取った。
宍粟は今回、道中は危険で魔力を保存しておきたかったというのに加えて槍の練習ばかりをしていたので、銀貨の『複製』はしていなかった。したがって個人の収入はゼロである。
それから臨時収入となる金貨十枚を三人分と、ついでに貰っておいた宍粟個人の討伐報酬は金貨三枚ほどになっていた。上位の冒険者であれば、確かにいい生活が出来るのかもしれない。とはいえ、冒険者は本来は五人以上のパーティで、格下の相手を確実に仕留めるというやり方をするので、今回の件は特別なのかもしれないが。それに武器や防具も高いものを使用すれば、買い替えのたびに金が飛んでいく。そのため、王城に務める元冒険者も多いのだろう。
宍粟は初めて見る金貨に触れて興奮を隠せなかった。もしかしてこのまま金貨を『複製』しているだけで優雅な生活が出来るのではないかと。宍粟自身はそういった金銭欲はほとんどないが、アリスやテレサが上品な格好をしているのを想像すると、笑いが止まらない。
宍粟の使用していた剣も既に買い替え時になっている。刃こぼれや血で錆びており、万全を期すには、新しいものが必要だった。鎧も右足の部分がなくなっており、修理が必要である。とはいえ、こういった中古品は駆け出し冒険者にとって安価で高性能なものなので、それなりの価格で引き取って貰える。
「じゃあ行こうか」
「シソウ様、お怪我の方は大丈夫ですか?」
「問題ないですよ。化膿もしてないし、そろそろ肉も出来てくるんじゃないかな」
「それは何よりです」
宍粟は左右の二人の笑顔を見ながら、ギルド会館を出た。