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第十七話 夜

「うおおおぉぉぉぉおおおおお!」


 宍粟は怒号を上げながら敵へと向かっていく。ひたすら真っ直ぐに、剣を掲げて勇ましく向かっていく。狼はリーダーを中心にして、残る三匹がその後ろに付く形になっており、上から見ると三角形のようになっていた。それは突撃のための突破力を上げる隊列だろう。


 それに真っ向からぶつかれば確実に押し倒され、殺されるだろう。宍粟はそんな未来などまっぴらごめんだ、と歯を食いしばる。こんなところで死ねない、絶対に生きて帰る、と。


(アリスちゃんと約束したんだ! 街に着いたら一緒に見て回るって! お前ら何かに邪魔されてたまるかあ!)


 次第に狼が近くなる。宍粟は掲げていた剣を振り下ろし、狼に投げつける。剣の飛来を見たリーダーの狼は左に動いてそれを躱したが、それによって重量のある刃は後ろにいた狼の喉元に突き刺さって動かなくなった。

 宍粟は間髪入れずに槍を投げつける。しかしそれは躱され、一匹の狼の進行を遅らせるだけだった。既にリーダーの狼はすぐ近くまで来ているのを確認しても宍粟は真っ直ぐ進む。そこで後ろに付いていた狼が急にリーダーの横を通り過ぎて、挟撃する体制に入った。


(まずい……!)


 しかし既にリーダーは目の前に迫っている。足を止めることは、動かない標的になることと同義である。宍粟は小回りの利く短剣を『複製』し、前方の敵の一挙手一投足に注意する。強力なリーダーと後ろを狙う狼、どちらを狙うべきか。リーダーに隙を見せれば一撃を貰うことになり、後ろを取られても致命傷を受ける可能性が有る。そして背後には馬車がある。優先すべきは――。


(俺はテレサさんを信じる!)


 後ろに回り込もうとする狼に対して短剣を振って近づかせないようにする。そしてリーダーに向けて左手を前に出し、すぐその右に短剣を持った右手を構える。リーダーが間合いに入るまで他のことは一切考えずに、同じ体勢で走り続けた。時間は引き延ばされたかのように非常に緩慢に感じられた。巨大な狼の顔がゆっくりと近づいてくる恐怖に負けて動き出してしまいそうになるのを必死にこらえて、上半身は決して動かさない。


(まだか、まだか……!)


 いよいよ間合いに入る、と覚悟を決めたとき、右足に鋭い痛みが走った。宍粟は前のめりに倒れ込みながら、リーダーが間合いに入ったのを確認した。右手を短剣から離し、倒れ込んだことで中心から外れた手の位置をリーダーが跳躍しているのに合わせて、『複製』を発動させた。


 刹那、宍粟の視界は血で覆われた。狼の悲鳴が上がるのを聞くと同時に宍粟は右肩に強い衝撃を受けた。ぶつかってきたリーダーによって宍粟は左側に吹っ飛ばされ、手にしていた巨大な戦斧の下敷きになった。この戦斧は宍粟が振るうことが出来る重量ではなく、持ち上げるので精いっぱいだった、武器屋で試しに持ったみたものの、到底実践では使えないと踏んだ物だ。


 しかし生半可な攻撃では傷さえつかないこの巨大な狼に有効な武器はそれしか思い浮かばなかった。それで相手の速度を利用してぶつける方法を選択したのである。それは功を奏してリーダーを切り裂くことが出来た。

 しかし安堵する暇もなく、宍粟の右足に激痛と共に大量の血を噴き出した。


「うあああああ!」


 先ほど食らいついた狼の牙は宍粟の太ももを、甲冑ごと大きく抉り取っていた。その痛みにのた打ち回っていると、その二匹の狼は宍粟に狙いを付けていた。宍粟が体勢を崩したせいでリーダーは右前脚がなくなっているものの致命傷には至っていなかった。魔力を消費したせいで体が気だるく、名案も浮かばない。さらに戦斧は既に時間が切れて消滅しており、何の武器もない。


 諦めかけたその瞬間、少し魔力が体に流れ込んできた。宍粟が体を起こすと、二匹の狼は飛び掛かろうと姿勢を低くしていた。しかし既にそのとき、地面からは岩の槍が生み出されていた。それは二匹の狼を貫きながら上空へと生えていく。

 そしていよいよ全滅したかと思われたとき、リーダーの狼が宍粟の頭目がけて飛び出した。その脚は残り一本しかなく、胴体にも大きな穴が開いていた。しかしその口を大きく開けて、宍粟を食い殺さんと最後の力を振り絞っていた。


 宍粟は僅かに蓄えられた魔力で槍を『複製』し、狼を見る。真っ直ぐ向かってくる敵に対してやることは一つ。槍を敵に向けて、口中へと全力で突き出した。槍は狼の喉を貫いて、開いた胴体に抜けた。宍粟の手元までやってきた顎が閉じられることは無かった。


 宍粟はそのまま倒れ込んだ。やり遂げた、という思いよりも、何とか切り抜けた、という思いの方が強かった。そして戦勝した心地好い倦怠感に浸っていると、急速に力が湧いてきた。怪我をしていた足を見ると、傷は深いものの既に血は止まっていた。


 そこで手元にある狼を見て、納得した。遥かに格上の魔物の魂を吸収したことで、自身の能力が上がったのだろう、と。そこで、これはテレサの貢献による部分が大きいのだからその愛娘であるアリスに上げるべきではないのか、と思い至った。


「シソウさん! 大丈夫ですか!」

「シソウ様! 意識はありますか!?」

「そんな慌てなくても大丈夫ですよ。それより、こいつの魂はアリスに上げますよ」

「……シソウ様は相変わらずですね。近い人に魔物の魂が吸収されやすいというのはありますが、それより攻撃した際に付く魔力の残滓の影響の方が大きいんですよ。ですからアリスは受け取れませんよ」

「じゃあテレサさんが」

「そんなことは気にしなくていいので、大人しくしてくださいね」


 テレサは宍粟の脚に手を近づけると、柔らかな光が生まれた。その光は傷口を包み込み、激痛は消えて行った。宍粟は優しげな表情のテレサに手当されているのが嬉しかった。この笑顔を守ることが出来たのだと。


「まだ痛みますか?」

「いえ全然! もう歩けますよ」

「駄目ですシソウさん! 魔法は痛みや症状の改善をするだけで根本的に治るわけじゃないです!」

「じゃあ片足で何とかするよ」


 宍粟は狼のリーダーを倒したことで魔力は余っていたので、練習に使っていた木の槍を『複製』する。それを杖の代わりにして立ち上がると、呆けた様子で隊商の人がこちらを見ているのに気が付いた。


(……これ、やばいんじゃね?)


 複製しているところを見られた以上、言い逃れは出来そうもない。さっきまで持ってました、なんて死闘をしてた人間が言っても納得するはずもない。宍粟は調子に乗ったことを後悔しつつ、辺りを眺めた。真っ黒な狼の死体が七つ。


 それを眺めていると、本当に倒したんだなあ、と実感が湧いてくる。そこで懐から冒険者証を出してみた。


「……兵士の平均超えちゃったよ。まだ一か月経ってないってのに……」


 『レベル21』と書かれた冒険者証を見て、宍粟は若干呆れていた。一時間と掛からずに4レベル上昇していたのだから、驚きを通り越してしまう。なにより、身体能力は上昇したとしても、剣や戦闘の技術が上昇したわけではない。一体この狼たちはレベルいくつだったのか。オーガの強さと比較すると、子分がレベル20、リーダーが30強といったところだろうか。そうはいっても狼の方が統率がとれている分厄介ではあった。


「シソウ様、おめでとうございます」

「ありがとうございます。でも全然テレサさんには及ばないですよ。テレサさんってレベルいくつなんですか」

「ふふ、知りたいですか?」

「ええ。聞いていいのでしたらもちろん」

「じゃあシソウ様には見せてあげます。他の人には言わないでくださいね」


 そういってテレサが見せた冒険者証には『レベル38』と書かれていた。なるほど、強いわけだなあと思いながらも、どれほど強くなってもやはり魔物は危険なのだと実感する。


「これ以上高くなると、受ける人がいないため半ば強制的に依頼を頼まれてしまいますからね」

「なるほど。色々あるんですね」


 そうしてテレサと話していると、近くまで来た隊商の人が感嘆し始めた。


「うーん。テレサ様はやはりすごいですな」

「これほどの強さは冒険者を引退していたとは思えませんね」

「いやしかし、テレサ様が認めただけあってシソウさんも素晴らしい。空間魔法の使い手だったとは?」

「……空間魔法?」

「これは失礼、先ほど拝見いたしましたので、そうではないかと」

「ああ、そういうことですか」


 宍粟は何がそういうことなのかは分からないが、とりあえず何のことは無いという雰囲気を出しておいた。後でテレサに聞けばいいことなので、ここは流しておいた方が得策であると考えたのである。


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