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第十四話 真夜中に

 王国アルセイユから南に向かった街道の三分の一を過ぎたあたりに、五台の馬車が焚火を囲むように置かれている。真っ暗な闇の中にぼんやりと二人の人影が浮かび上がっていた。一人は表情が少ない十四、五の少年で、甲冑のような鎧を纏って一振りの剣と短刀を佩いている。もう一人は二十歳を過ぎたほどの青年で、若いながらも腑抜けた様子はない。


「へえ、じゃああんたも俺と大した年変わらないのか。流石は冒険者ってとこだな」

「冒険者を始めて一か月経ってないけどな」

「その割には随分様になってるじゃないか。大抵の冒険者なんて一か月経たずに死んでるか、レベル5程度にしかなってないんだぜ。あんたのレベル聞いてもいいか?」

「ああ。……ほら、レベル15だ」


 宍粟は青年に冒険者証を見せる。絶えず身に着けているこの証は持ち主の魔力に反応して最大値を推測、レベルとして表示する機能がある。それに加えて、魔物が死亡したときの魔力の発散と魂の損失から、討伐数を記録している。


 彼のレベルが他の冒険者よりもはるかに高いのは、そのスキルにある。『複製』は単純な戦闘能力には関係がないが、それによって装備の点では優位に立つことが出来る。剣は切り結べばすぐに刃が駄目になる上、血が付いたままにしておくとすぐに錆びついてしまう。初心者のうちは買い替える金もなく、上手い取り扱いも出来ないため、すぐに劣化した状態になってしまうのだ。その点宍粟は使い捨てが出来る上、重い荷物を持ち運ぶ必要はない。


「随分と張り切ってるんだな。もうすぐ兵士たちも追い抜くじゃないか」

「金が必要だからな」

「そんなに貯めて何に使うんだ?」

「決まってるだろ」


 宍粟は顔を上げて青年を見る。目の前の青年は黙って宍粟の答えを待っていた。宍粟は重大な悪戯でも打ち明けるかのようにして言った。


「アリスちゃんの服とかアリスちゃんの食事とかアリスちゃんのお出かけのための旅費とか――」

「……なあ、あんた彼女と会ったのって数日前だろ?」

「そうだけど? それがどうかしたか?」

「いや、うん、まあいいか。で、他に目的があるんだろ?」

「何もないぞ?」

「じゃあ何でその前から冒険者何かやってたんだよ。あんな危険な仕事よっぽどの理由がなけりゃやる奴なんていない」

「それまではやってない。森で迷ってたらやたらとコボルトに絡まれるから返り討ちにしてただけだ。結果としてアリスちゃんを助けられたから、今では感謝の念に堪えないな」


 どうにも話を聞いていくうちに、宍粟は冒険者の危険性を感じて来ていた。ほとんどの冒険者は初心者のうちに亡くなり、レベル20ほどの中堅の冒険者になったところで強い魔物に殺され、レベル40ほどの上級者になったとしても危険な依頼がますます増えて死亡する。それを生き残った者だけが引退して王城でいい暮らしが出来るらしい。宍粟はもちろん、城での生活には全く興味がない。


「じゃあある程度稼いだら止めるのが賢明だな」

「そうかもしれない。だけどこれを止めたら、俺は彼女にしてあげられることはないんだ。だから出来るうちは続けるさ」

「それほどまでに魅力的かい。まあ、魅力的なのは間違いないが」


 宍粟の態度に初めは呆れていた青年も、今では宍粟の実直さに感心していた。宍粟は自分にはこれしかない、と剣に手を置いた。それはボロの鉄剣ではなく、初心者の冒険者としては十分すぎる一振りだ。そして次の瞬間、身を引き締めて森の奥を見つめた。


 風の流れが変わった。かすかな魔力の流れを感じて宍粟は飛び出した。やがて木々の間から、魔物が姿を現した。二メートルを超える青い体躯はオークよりも大きく、盛り上がった筋肉で覆われている。腰蓑だけを纏った粗野な姿に、般若のごとき鬼の顔。二つの角が凶暴さを引き立てる。


「オーガだ。皆を起こしてきてくれ!」

「わ、わかった!」


 青年が離れていくのを後ろに感じながら、前の敵に精神を集中させる。オーガのレベルは恐らく20を超えているだろう。であれば魔法が使える二人が来るまで耐えるのが自分の役目だ。あの巨体であればそれほど速度は出ないはずで、時間稼ぎは出来るはず。宍粟ががそう判断した瞬間、オーガは全力で駆けだした。


(――早い!)


 宍粟は三本の短剣を複製してオーガを牽制する。しかしオーガは両腕で頭部を覆い、速度を緩めることは無い。宍粟は剣を抜き、彼我の距離を一瞬にして詰められた状況に対応する。オーガが勢いのまま右腕を振り上げる。宍粟は中段に構えたまま、次の状況を予想する。オーガは自分を敵として見なしている。ならば、このまま一直線に突っ込むことは無いはずだ、と。


 オーガが腕を振り下ろした。宍粟は左前に踏み出し、懐に入ることでそれを躱す。肩の上を巨大な腕が通り過ぎると同時に、宍粟は寝かせた剣で胴体へと切り掛かる。敵の速度と相まって、深く切りつけるはずだった剣は、浅く肉に食い込んだ。慌てて剣を引き、オーガの背後へと回る。

 オーガと馬車の間に障害はない。宍粟は剣を振り上げ、裂帛の怒号を上げる。オーガが瞬時に振り向き、頭部を狙った剣戟は庇うようにして上げられた両腕に食い込んだ。ダメージはほとんどないが引き付けるということは成功している。オーガはそのまま両腕を持ち上げ始めた。


 宍粟は咄嗟に剣を手放し、姿勢を低くして、そしてオーガの上半身の動きに集中した。オーガが両腕を振り下ろすのを確認すると、宍粟は『複製』を開始する。無防備な宍粟に筋肉が振り下ろされようとして――オーガの叫び声が上がった。


「ぐおおぉぉぉおおおおおお!」


 宍粟の手には石突きが地にめり込んだ鉄の槍が握られており、それは思い切り振り下ろされたオーガの両腕を貫いていた。オーガは上にある剣が食い込んだままの右腕を槍から引き抜き、左腕には槍が突き刺さったまま宍粟へと殴りかかる。

 宍粟はすぐさまオーガの後ろに回り込んでそれを回避し、馬車を背にする。そして振り向いたオーガに向かって右腕を振りかぶり、一気に振り下ろした。そして手中に『複製』されていた鉄粉がオーガの顔面に降りかかった。顔を抑えている隙に、宍粟は大きく距離を取る。


 そしてその場から動かないオーガに向かって『複製』した投げ槍を投げつけた。その槍は浅く突き刺さるとすぐに消滅する。間髪入れずに追加で投げつけると、オーガは鬼の形相で宍粟へと向かってくる。宍粟は『複製』した槍を持ってオーガへと駆ける。オーガが腕を横薙ぎに振って来るのに対し、至近距離で槍を地面に叩きつけ、宙に跳び上がることで回避する。無防備な宍粟の体をオーガの視線が捉えた。


 宍粟はオーガに手を向けて、大岩を『複製』した。巨大な岩石が彼我の間に生成され、それは巨大なオーガでさえも背後から押し潰した。下敷きになったオーガはまだ圧死することなく岩を持ち上げようとしている。すかさずオーガの右腕に刺さったままの剣を引き抜き、頭部へと振り下ろす。しかしその強靭な頭骨を貫くことは無く、表面を傷つけるだけだった。


 考えを改めて、オーガの左目へと剣を突き立てると、僅かな弾力を受けた後、深く突き刺さった。その怒りのせいか、オーガは大岩を背負ったまま立ち上がる。背にあった大岩は地面に落ちて土煙が上がった。


 宍粟は後ずさりながら、片目に剣が突き刺さった敵を見据える。そしてこちらには決定打がないという結論に行き付き、冷や汗をかいた。敵は片目を失ったものの、その体に致命傷はない。そして血走った目で宍粟を睨み付けている。


「シソウ様! 離れて下さい!」


 宍粟はすぐその声に従って、大きく後方へと跳躍した。次の瞬間、動き出したオーガは一歩を踏み出す前に、その胴体から真っ赤な岩が生えた。後方から生じた岩がその胴体を貫き、血で染め上げている。

 そして一瞬の出来事だった。宍粟が更に距離を取った瞬間、風の刃がオーガの首を一瞬で通過した。暫くその場から動かなかったオーガは、やがて鬼の頭を地面に落とした。


 テレサが来てから数秒と掛からずに死んだ魔物から宍粟に魔力が流れ込んでくる。ほとんどの間、宍粟が相手をしていたのだから、取り分としては恐らく問題はない。しかしそれを素直に喜ぶことは出来なかった。自身の魔力が底上げされていくのを感じながら、心の底にずっしりと重い後悔が落ちてきた。


(俺がテレサにしてあげることなど――なかった。何を思い上がっていたんだ。この世界に来てうまくいっていたからといって、俺が出来ることなどたかが知れていた。この魔物も、テレサなら苦労などしなかった)


 宍粟は拳を握る。駆け寄ってきたテレサは心配そうに覗き込んだ。


「お怪我はありませんか!?」

「……怪我一つありませんよ」

「よかった……!」


 宍粟はテレサに笑顔を向ける。その貼り付けた笑顔の下では、酷く無様な顔があるのだろう。それでも強くならねばならないと、痛いほど握られた拳が言うのだった。


 次第に隊商の人が集まってきて、オーガを見て小さく悲鳴を上げていく。戦いを見ていたものは宍粟を称賛していたが、とても宍粟はそんな気分ではなかった。また、複製しているところは見られていなかったので、大きな騒ぎにもならなかった。取り出した冒険者証をちらりと見ると、『レベル17』と書かれていた。感覚的には1レベルとほんの少しの上昇である。そのことから敵はレベル25相当であったと思われた。


 レベルと魔力は正比例しない。レベルが上がるにつれて指数関数的に魔力は増大していく。それは高レベルになるほど顕著で、10レベルと20レベルであれば人数差で対応できても、一般的な兵士のレベル20と上位の冒険者のレベル30では天地の差があるともいえる。そのことから、宍粟は善戦していたといってよい。


 しかし宍粟は浮かれることなどできなかった。一体どれほど力を付ければこの人の力になれるのだろうか。宍粟は隣の美しい女性を見ながらそう思うのであった。


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