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第三十話 あの人を

 それからアルセイユ国立研究所付属の教育施設では、新学期の授業が始まった。他国の貴族の子弟たちは暫く共同の学舎というシステムに慣れないでいたが、勉学に人脈作りに、勤しんでいた。


 また、シソウの演説は彼が思っていたよりも好評を博していた。マーシャは褒めたが、シソウはそれを喜ぶことは出来なかった。人の言葉を借りただけなのだから。しかしそれでも、純粋な大志を抱くというのは、この教育施設にあっているような気がした。


 シソウはその辺りから、初等部の方にちょくちょく顔を出すようになった。生徒たちの所に行って、ちょっとした工作を見せてやると、彼らは手品でも見たかのように驚くのであった。


 そんなこともあって、理事長室にはちょくちょく人が訪れるようになった。そのためシソウもいつまでもここを占領しているわけにはいかない、と住居を手に入れることにしたのであった。


 先日不動産を見に行ったとき、城の近くに空き家があったので、そこを購入することにしたのである。共同住宅であったので、マーシャとナターシャもそこに住むことになった。マーシャは自分の部屋を使うことはほとんどなく、常にシソウの家に入り浸っていたのだが。こうしてシソウはようやく住居を得たのであった。


「なあナターシャ。暫く理事長やってくれないか」


 休日であり家の中で自宅でごろごろしていたシソウが、日中ということもあって、共同生活の癖が抜けきらず家事をしているナターシャに言った。


「どうした、またろくでもないことを考えてるのか?」

「あーそうかもしれないな」


 シソウがそう言うとナターシャは顔を顰めた。またか、とでも言いたげであった。それから渋々、聞くだけならと返答した。


「東の大陸に行きたいんだ」

「随分と急だな」

「そうでもないさ。ずっと前から行こうとは思ってたんだ。ただ自信が無かった。でも今は何とかできる、交渉材料がある」

「……大きく出たな。で、何をするんだ」


 シソウはにいっ、と笑った。そして子供が悪戯の種明かしでもするかのように言った。


「正式に国交を持つ。そして俺は歴史に名を刻むんだ」


 ナターシャはそれを聞いて、まるで子供の夢物語だ、と呆れた。


「入学式の宣言で名声はいらないと言ってなかったか? それに向こうが使節を受け入れることはないだろうよ」

「名声はどうでもいいんだけど、目的には必要なんだよ。で、だから向こうが必要とする何かを探しに行く。幸い、力を重視する傾向が強く、今の俺には力がある」

「慢心だな。命を落としかねないぞ」


 ナターシャはシソウの考えにことごとく反対していた。それはシソウが具体的な案を出さなかったためであるが、シソウも引かなかった。


「何も焦っていくことは無いだろう。向こうの出方を窺ってからでも遅くはない」

「それはいつになる? 向こうはこちらと交流を持とうとはしてないんだ。その頃に、俺に自由はないだろうよ」


 ナターシャは分かったよ、と折れた。それから、決定はアリスがすることになるからその説得を出来るようにしておけ、と言った。


 それからシソウは城に赴いて、アリスに懇願した。彼女は急に訪れて急に頼み込むシソウに首を傾げた。


「どうしたんですか? 東の大陸との交流を持てるのなら私は止めませんが、関係が悪化することを考えると」

「とりあえず相手のことを知るところからでいいんだ。国交を持つのは関係が良好になってからでいい」

「そういうことなら……あまり刺激しないようにしてくださいよ」

「何かあれば、ここと俺は関係ないと切り捨ててくれ」


 さすがにそれは、とアリスは笑ったが、シソウは本気でそう思っていた。テレサに迷惑だけはかけたくない、と。


 それからシソウはテレサの元を訪れた。彼女と二人で過ごす時間は、何よりも貴重な時間で、そして手の届かないようなもどかしさを覚えずにはいられなかった。シソウはテレサと並んで座って、東の大陸に行きたいという旨を告げた。


「そうですか。異人は力への信仰が強いので、暴力沙汰になるかもしれません。気を付けてくださいね」


 シソウは彼女のアドバイスをしかと受け取った。シソウは自分の我が儘で行動を起こしているとはいえ、それを後押ししてくれる彼女の優しさに、心を奪われた。それから行ってらっしゃい、と告げるテレサに、頭を下げた。


 シソウはそれからセツナの所へと向かった。強化されたシソウの肉体にとって、もはや国の距離など大した問題ではなかった。セツナはシソウを見て、いつも急じゃな、と笑った。それからシソウが旅立つことを告げると、その背をばしばしと叩いて、うまくやるようにと言った。彼女が信頼してくれていることが、嬉しかった。


 最後にセレスティアの元を訪れた。彼女は驚いたようだったが、交易が盛んになればいいですね、と今後の展望を語った。そうなれば、この世界も国際化が進むことだろう。セレスティアは、変わらずにシソウへと落ち着いた笑みを向けた。




 シソウはウェルネアに来ていた。領主であるエノーラに許可を取って、東の大陸に渡ることにしたのである。じゃあ行ってくるから、と見送りに来たマーシャに告げた。彼女はシソウの手を取って、行ってらっしゃい、と言った。


 そしてシソウは船に乗り込んだ。甲板にてシソウは手を振るマーシャを見ていた。やがて彼女の姿が遠くなって、見えなくなる。それからシソウはルナブルクで手にした魔法道具である小さな管を複製した。


 そして魔力を込めると水が生み出され、船は更に勢いづいて進んでいく。風を切って進み、潮風が心地好い。


 シソウはまだ見ぬ東の大陸に思いを巡らせた。人生で最後の、しかしこの世界にくることが無ければするはずのなかった冒険を、ここで終わらせるのだ。そして偉業を成し遂げ、爵位や地位を超えた権力を手に入れる。


 きっと、その暁にはテレサとの幸せな生活があるはずなのだから。ただその思いだけを胸に、シソウは広々とした海を見た。この海さえも乗り越えて、どんな艱難辛苦であろうと超えて見せる。


 シソウは彼女を想って、笑った。




 第三章 学士の台頭 <了>



これで完結とさせていただきたいと思います。

お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

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