第二十七話 アルセイユでのひととき
シソウはすっかり慣れた城の中を悠々と闊歩していくと、その途中で貴族たちに声を掛けられた。どうやらシソウが二か国の王族と婚約しているのは既に噂になっていたらしい。いくら重婚が当たり前のことであったとしても、そこに力関係は存在するだろう。政略結婚ならなおさらのことである。
貴族たちは祝福の言葉を述べたが、どうやらシソウのこれからの動向を窺っている様子だった。自国の利益を守るのが彼らの仕事であり、それは間違った行為ではない。だからシソウもことが上手く進むように自分の利益を優先した。
「セツナ様もティア様もとてもお綺麗ですから。そんな二人と暮らせたらもう言うことはありませんよ」
シソウは色恋沙汰に溺れるうつけを装った。元々彼は可愛い女の子が好きである見境ない性格であったので、憚らなかったといったほうが適切かもしれない。この国で一番綺麗なのは誰かと問えば、間違いなくテレサだと返ってくるだろう。だからそうなればいいと思ったのである。
「シソウさん、すぐ女の子に手出ししちゃいますからね」
そう言われて振り返ると、アリスの姿があった。シソウは今の話を聞かれていたのだろうかと焦り、そしてすぐにまずいことは考えていたけれどそれは口にしていなかったから問題ないと冷静を取り繕った。
「大雪境に行ったらキョウコを連れてきて、マーシャさんとナターシャさんもいつの間にかいて、セツナさんとも仲良くなって! 帰ってきたらクラリッサさん連れ込んで、その上今度はルルカって子まで誑かしたんですか」
アリスが捲し立てる勢いに押されてシソウはしどろもどろになるが、一部誤解があることは間違いない。
「アリスちゃん、クラリッサはただの小間使いだ。全く関係ないぞ」
「じゃあ他は全て合ってるってことですよね」
そう言ってアリスは頬を膨らませた。間違いなく拗ねている、そう思ったシソウはどうしたものやら、と悩んでいたがふと用事を思い出した。
「そうだアリスちゃん、俺の貯金って今どうなってる?」
「話を逸らそうとしてもダメですよ。で、ルルカってどんな子ですか」
シソウは暫く悩んでから、無口で大人しい子だと伝えた。それ以上彼女を形容するだけの言葉が見つからなかったのである。それから彼女の事情を伝えると、アリスは納得したようだった。
「それならいいです。手出ししちゃだめですよ」
「出さないって。それで貯金の方は?」
「前より増えてますよ。何に使うんですか?」
シソウはアリスに自前の船が欲しいと告げた。彼女はそれなら用意させると言ったが、シソウは自分で作るからと返した。今度作ろうとしているのは、高速船である。スクリュープロペラだと回転速度が上がると、航海速度が頭打ちになるため、ウォータージェット推進を利用した船を作ろうと考えたのだ。
そしてシソウが個人で使うものであるため、魔力は十分にあるため魔力駆動の電動発電機で大出力を出すので充分である。しかし設計製造はスクリュープロペラと比較すると難しくなり、出来るかどうかは分からなかった。
シソウは当面必要な分だけの金を受け取ると、アリスと別れて王城を出た。それから近くにある研究所に入った。今は休みの期間であるため生徒たちはほとんどいない。それから理事長室に入った。
「シソウくんっ! 会いたかった!」
中に入るなり、マーシャが飛び付いてきた。シソウは受け止めてから扉を閉める。マーシャは鍵を閉めた。
「ナターシャたちは?」
「今日は来ないわ。だから二人っきりよ」
シソウはソファに腰かけて、マーシャにこの旅であったことを話す。彼女はうんうんと頷いて聞いていたが、特に驚いた様子もなかった。そう言えばセレスティアはマーシャと既に話を付けてあったのだ、と思い出した。
マーシャはシソウにぴったりと寄り添うようにして、愛情を表現した。シソウはその頭を撫でてやると、マーシャはうっとりとした表情でシソウを見た。
「一か月以上もお預けだったのよ、だから、ね?」
シソウはねだるマーシャを抱きかかえて、寝室のベッドに向かった。いつも素直な気持ちを向けてくる彼女はとても愛らしい。
そして二人は情熱的なキスを交わした。マーシャの真っ赤な髪はその感情を披瀝するかのように、乱れていく。彼女の紅のローブを取り去ると、赤とは対照的に白い肌が現れる。その豊かな胸の先端の突起に指を添えると、マーシャは小さく声を上げた。
それからシソウが舌を這わせるとマーシャはシソウへと腕を回して抱きしめた。シソウはそれに言い知れぬ快楽を覚えていた。自分の全てを認めて貰えたように感じたのだ。
陶然として見つめるマーシャにキスをした。そして体を交えた。
翌日、シソウはマーシャの隣で目を覚ました。まだすうすうと寝息を立てている彼女の顔をしばらく眺めてから、シソウは起き上がって、出かける支度を始める。顔を洗って体を軽く動かして、着替えなどを澄ませる。
それが終わる頃になって、ようやくマーシャは起きてきた。
「おはようマーシャ」
「シソウくんおはよう。早いのね」
そんな日常の会話をしてから、二人で朝食を取る。シソウはマーシャにまた出かけると伝えた。今度は休みが終わるまでに帰って来るから、と。マーシャは少し寂しそうな表情を浮かべたが微笑んで、待ってるわと告げた。
それからマーシャと二人、アルセイユの街を並んで歩く。既にアルセイユに貧民街は無くなっている。区画整理が済んで、無秩序に街が広がっていくのを防止したためだ。そして貧しかったこの国は、随分と豊かになった。
シソウが私財を用いて実験的に導入した工場制手工業の概念を導入した工場は、公共事業の一環として職業斡旋の一翼を担っている。失業率も随分と減って、シソウがこの国に来たばかりの頃のように、薄汚く貧しい印象はなくなっていた。
これからもっと変えていくのだと、シソウは辺りを見回す。シソウは政治的に難しいことはよく分からない。しかし国が発展して世界が良くなれば、魔物の被害も、苦しむ民も減るはずである。そしてテレサが喜んでくれれば良かったのだ。
しかし今は、それから先のことを考えていた。発展した後、各国が戦争を起こさないためには国連などの国より上位の権限を持つ機関が必要だろう。そしてその機関に各国が加盟するためには、加盟するメリットが大きくなければならない。ただの冒険者風情が言ったところで、夢物語に過ぎないのだ。
だから強くなり、大ごとを成し遂げる。その暁にはきっと、テレサとの婚姻も祝福されるだろう。この世界を変える。世界を一つにまとめ魔物を打ち滅ぼすことが出来れば、誰一人その偉業を批判する者などいないだろう。
シソウは大望を抱き、再びアルセイユを立つ。見送るマーシャの姿が遠くなっていく。アルセイユをまっすぐ西に行くと、険しい山脈に突き当たった。シソウはそこを軽々と上っていく。
そして頂上に辿り着くと、眼下に広がる西の森を睥睨した。この森も開拓し魔の領域から分断しなければ、周辺の国々の魔物による被害は減らないだろう。いずれやってみせる、とシソウは勢いよく飛び込んだ。
一つ一つ片づけていく。そのためには、まず強くなる。これからの計画のためにはそれが必要だった。シソウは森の中を駆けながら、ルナブルク西の帝国領へと向かった。再び魔の領域に挑戦し、レベルを上げる。そして各国の強者たちに引けを取らない強さを得るのだ。それが出来なければ、世界を変える資格すらないということだ。
シソウはやってやる、と笑みを浮かべた。