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第二十五話 住処

 そうしてルルカとの生活にも慣れてきた頃、彼女はシソウに行きたい所があると告げた。シソウが話を聞いてみると、そこはどうやらネレイドの住処であった場所、つまりルルカの親族たちの住んでいた場所だそうだ。


 シソウもそれには興味があったので、彼女を連れて行ってみることにした。道中で魔物に出くわすことになるだろうが、この周辺でシソウが後れを取るような敵はいないだろう。そのためルルカに自分から離れないように約束させると、その手を取ってシソウは宿を出た。


 出発したのは早朝である。ルルカは成長期だろう、とシソウは早寝早起きや食生活の改善に努めていたのだ。そのため彼女は奴隷として売られていたときと比べると、随分元気になった。それは精神的なものもあるのだろう。


 マハージャの街を西に出ると、潮風が吹き付けるようになった。防潮林は塩害を防いではくれるが、その匂いまで完全に防ぐことはできないだろう。シソウは周囲を警戒しながら進んでいくが、林に魔物はほとんどいなかった。


 時折出て来る植物の魔物はこれといった特徴も持たず、シソウが蹴り飛ばすだけで絶命した。それから試しにルルカに魔法を使わせてみたのだが、弱い魔物程度であれば一人で倒すことも可能であった。


 使える魔法は水に関連した魔法だけであったが、それは慣れた冒険者並の威力はあった。ルルカに聞いてみると、ネレイドの住処は大規模なものではなかったため、日常的に魔物が攻めてきており、それに対抗するために自然と身に着いたそうだ。


 どんなことが出来るのだろうか、とその様子をシソウは眺めていたが、どうやら水を出すだけでなく、それを自在に操ることが出来るようだ。自分が出したもの以外でも、魔力を込めれば操作できるそうだが、そうする必要性はほとんどないらしい。


 煌めく水の刃が魔物を切り裂くのを見て、ルルカは随分と手慣れているな、とシソウは思った。それから自分も魔法が使えればな、と思ったが、複製という便利な能力があるからそれまで願うのは贅沢か、とかぶりを振った。


 そうして暫く行くと、防潮林を抜けて岩肌が目立つようになった。そして断崖のようになっている崖から、海が見えた。しとしとと雨が降っている中で見る海は少々薄気味悪さを感じさせた。


 それはきっと、水中に魔物が潜んでおり、その魔力が感じられるからだろう。そうしてシソウが海を眺めていると、ルルカはシソウの服の裾を引っ張って、てくてくと歩き出した。シソウは黙ってその後をついて行く。


 暫くその絶壁の傍を歩いていくが、ルルカはその高さに怯えた様子はなく、いい度胸をしているなとシソウは思う。彼が元の世界にいた頃の基準で考えれば、ここは入水に絶好のロケーションであるともとれるからだ。


 やがてルルカは一か所で足を止めて、しゃがんでから崖に手を掛けた。シソウは慌ててそれを制止するが、彼女はいったい何が問題なのかとでも言いたげにシソウを見るのだった。


 シソウは妥協して、ルルカの胴体と自分とをロープで結びつけることで納得した。ルルカはそれを煩わしそうにしたが、シソウは風魔法など使えないため、もしルルカが誤って落下したとしても瞬時に助けに行くことは出来ないのである。


 そうしてルルカが崖を下り始めると、シソウもそれに続く。シソウは人生で一度もクライミングなどしたことは無かった。そのため出来るかどうか不安ではあったのだが、強化された肉体は、ほんのわずかな引っ掛かりでも容易く体を支えることが出来るのであった。


 バランス感覚を鍛えるのにいいかもしれないな、と思いながら下りていくルルカが足場にする場所をトレースする。彼女は随分と慣れていたので、ネレイドの一族は皆がそうなのかと尋ねると、ルルカは上にいるシソウの方を向いてから頷いた。


 暫く下りると、人一人通れそうな空間があった。ルルカは迷わずそこに入っていくと、ゆっくりと歩き出した。シソウはそれに続いて中に入ると、ひたひたと崖を波打つ音が、内部で反響していた。


 暫く下り坂になっており、そこを抜けるとやや広い小部屋状の空間に出た。そこには特に何もなかったが、奥には水たまりがあって、どこかに続いているようだった。ルルカは遠慮なく飛びこんでシソウの方を見た。


「……泳いでいくの?」


 シソウの疑問に対してルルカは頷いた。シソウは一度嘆息してから水の中に飛び込んだ。少し潮の香りがすることから、海に繋がっているのだろう。ルルカが泳いでいく後にシソウは続いていく。しかしここでルルカはスカートをはいていたため、ちらちらとパンツが見えるのであった。


 シソウは思わず息を吐き出してしまった。それから慌てて空気を『複製』して呼吸するが、一人で慌てているシソウを見てルルカは眉を顰めた。


 それからようやく到着したネレイドの住処は、閑散としており誰もいなかった。ルルカは一度目を伏せて、それから周囲を見回した。銛や薪など、ここで生活していた面影は残っているが、すっかり静まった様子からは誰かがいるとは思えなかった。


 そしてルルカも別にそれを期待してここに来たわけではないだろう。シソウはあちこち見て回るルルカに暫くついて行った。それからルルカは帰ろうと言った。


「もういいのか?」

「……ここには、もう誰もいないから」


 きっと、過去の思い出として受け入れるためなのだろう。ルルカは振り返らずに再び帰途の水中へと飛び込んだ。シソウもその後に続くが、巨大な魚がどこからか紛れ込んだのか、彼らの前にいた。


 シソウは慌ててルルカの方へと泳いでいき、その前に出る。それから刀を『複製』して

投擲するが、バランスが取れず急所には命中しなかった。急接近する敵を前にして、シソウは受け止めようとするが、ルルカは咄嗟にシソウを抱きかかえて魚の背後に回った。シソウは水の抵抗が無いことから、恐らく水魔法を用いて移動しているのだろうと推測した。


 それから陸に上がると、ルルカは再び何も言わずに歩き始めた。帰り道も崖を登って戻ったとき、シソウたちの前には数人の男がいた。シソウは何か用ですかと尋ねたが、彼らはルルカを渡すように言った。


 そこでシソウは先ほど感じた嫌な感覚は、魔物ではなくこれらごろつきのせいだったのかと気が付いた。風体が悪い彼らは、恐らく冒険者崩れだろう。そして目的は誘拐してルルカを売り払うことだ。こんなことは日常茶飯事なのかもしれないが、シソウは彼らに不快感を覚えた。


 シソウは彼らに撤退する意思が無いことを確認すると、一気に飛び掛かってその頭部を手で抑え込んだ。するとその男はすぐに倒れ込んだ。一人、二人と男たちが倒れていくと、最後の一人は逃げ出した。しかしシソウはすぐに回り込んで、その男にも同様のことを行った。


 倒れた男たちを一か所に集めながら、予想以上の効果があったことをシソウは確認していた。彼が行ったのは、二酸化炭素を抽出的に複製することで、酸欠にするということである。


 レベルが上がることで多少は耐性が付くのだろうが、どうやらそこまでではないらしい。魔物相手に仕える手段ではないため、それほど使う場面はないだろうが、対人なら使えないことは無いだろう。


「こいつらどうする? まだ生きてるっぽいし」


 ルルカは海を指した。捨ててしまえということらしい。襲われた以上どうなろうが知ったことではないとはいえ、まだ子供とも言えるルルカがそう無慈悲な選択を選ぶのは、世界が違うため価値観も異なるからだろう。


 シソウは男たちを崖下へと蹴落とした。そしてマハージャへと歩き出した。シソウ自身もまた、価値観が変わっているということを認識するのだった。



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