第二十四話 ルルカ
シソウはルルカを連れて街を歩きながら、これからどうするかを考えていた。そこでシソウはやはり短絡的だったので、ルルカが奴隷であったと分からなければいいのではないか、と結論を出した。
そうしてシソウは近くの服屋に入った。貴族たちご用達と言った感じの店で、値段もそこそこするのだが、シソウは金を持ってきていたのでさほど問題はない。店員は貫頭衣を着ているルルカを見て一瞬躊躇ったが、シソウを見て身なりが良いことから冷やかしではなく、そういった趣味なのだろうと判断した。
店員はセールストークを始めるが、シソウは衣服のことなど全く分からなかったのでとりあえず彼女にルルカを任せることにした。少ししてから、試着して戻ってきたルルカはどこをどう見ても奴隷とは一線を画していた。
インナーの上から可愛らしいワンピースを着ており、彼女はいいとこの娘さんだと言っても誰一人疑うことなどないだろう。いかがですか、と愛想よくする店員にシソウは値段も聞かずにただ一言、買いますと言った。
それから店員は他の衣服を見せてくる。シソウは可愛らしいルルカの姿を見て、すっかり財布の紐が緩くなっていた。下着なども全て彼女に任せて、シソウは買い物を終えた。シソウは物欲はほとんどないが、可愛い女の子にプレゼントを贈ることが出来るのならば、金に糸目はつけなかった。
そうして買い物を終えると、シソウはルルカを連れて宿に戻った。シソウがマハージャに来たときから泊まっている安宿であるが、シソウは元々高級志向はない。シソウはベッドに腰掛けて、それからルルカにも隣に座るように言うと、彼女は一瞬硬直してから言われた通りにした。
シソウはテレサとよくこうして二人で並んで話をしていたためごく当たり前のようにそう言ったのだが、奴隷を購入した人間がそういう発言をしたのなら、性的な意味合いを持つと捉えられても仕方ないだろう。
「ルルカの両親とか親戚はいる?」
心の傷を抉るような内容かもしれないが、その辺りは聞いておく必要があると思っていた。親がいるならその元に帰した方がいいかもしれない。しかしルルカは首を振って、皆殺されたと言った。
いきなりやってしまった、とシソウは気まずさを感じるが、ルルカは既に過去のことだと割り切っているようで、動揺した様子はなかった。シソウは彼女の居場所をどこかに作ってあげたいと思い、それに何が必要かと考え始める。
「まずは教育かな」
シソウがそう呟くと、ルルカはびくりと体を震わせた。これも言葉の選択が悪かった。ルルカは奴隷としての教育をされていた。そのためその言葉が意味するところは、体罰などに近いものがある。
しかしシソウはそんな彼女の様子に気が付くことなく、ルルカに矢継ぎ早に質問を投げかけていく。
「文字は読める? 計算とかは? あと剣や魔法は使えたりする?」
ルルカは戸惑いながらも、一つ一つそれに答えていく。シソウは彼女の言葉を聞いて頷く。
「文字、計算は大丈夫。……水魔法なら」
シソウは受け答えからある程度の水準の教育を受けてきたのだろうと判断して、これなら読み書きから教えなくても大丈夫だろう、とアルセイユで用いている初等部の教科書を『複製』した。
ルルカはそれを見てひどく驚いていた。どうやら空間魔法を知らなかったらしい。シソウはルルカを机に着かせて、教科書を開く。それからノートと鉛筆を渡すと、ルルカは物珍しそうに鉛筆をくるくると回した。
「じゃあ一ページ目から始めようか」
ルルカはほとんど説明をせずにいきなり行動に移したシソウに戸惑っていたが、シソウが真面目に教えようとしているのを察すると、理解することに集中した。シソウはコミュニケーションを取るのが得意ではないが、教えるのが苦手というわけではない。
ルルカは物覚えが良かった。シソウはついそれが嬉しくて、数時間付きっきりで教えていたのだが、日が沈み始めてルルカのお腹がなったところで、ようやく休憩をしていないことに気が付いた。
シソウは肉体が強化されたことで異常なまでに体力があるが、ルルカはそうではないだろう。彼女は急に手を止めたシソウを見て、首を傾げた。そして不安そうにシソウを見るのだった。
「ご飯にしようか。ごめんね、すっかり忘れてたけど、今度から休憩とかいれるようにするよ」
ルルカは小さく頷いた。遅くなってしまったし外出する気にもならなかったので、シソウは机の上を片づけると、夕食を『複製』した。ルルカはそれとシソウを見比べたが、彼に食べようよ、と誘われると、料理を口に運んだ。
それからシソウは食事の間、美味しそうに食事をするルルカを笑顔で眺めていた。彼女はシソウという人物がよく分からないようだったが、とりあえずは信用しているように見えた。
食事を終えると、シソウはルルカを部屋の風呂に連れて行く。さすがにこれくらいの年齢にもなっていれば一緒に入るのはまずいだろうと思われたので、湯船にお湯を張って石鹸を渡して何かあったら呼んでくれ、と退室した。
そして一人で部屋に戻ると、巨大な銀色の盾を『複製』して魔力を込めて『質量増大』の特性を発揮させる。そしてベンチプレスの要領で何度も持ち上げる。この特性は筋トレに置いて非常に有用であった。
高レベルになると身体能力が上がりすぎるため、並の負荷では筋力を増大させることはできない。しかしこの特性は魔力を込めることでどこまでも重量を増していく。そのためどれほどレベルが上がろうと、筋力を鍛えることが出来るのであった。
ルルカは風呂から上がってきたとき、筋トレをしているシソウを見て怪訝そうな顔をした。この世界で筋トレは流行っていない。それはレベルが高くなるにつれ、高負荷をかけるのが難しくなることだけではなく、基本的に生死に関わる仕事をする者は刹那的に生きる者が多いからだろう。
シソウは先に寝てていいよ、と告げて風呂に入った。シソウは体を洗い終わり湯船に浸かると、なんだかんだでこの状況を楽しんでいることに気が付く。この国に来たばかりのときはあれほど嫌な感じしかなかったというのに、今ではこれからのことに期待しているのだ。
シソウは可愛い女の子が何よりも好きである。これは死ぬまで治らないのかもしれないと笑いながらも、ルルカは会ったときの表情から随分変わっていることを思うと、仕方ないなと思わないでもなかった。
シソウは風呂から上がると、ルルカはまだ寝ないで待っていた。そこでシソウは気が付いた。この部屋は一人部屋であるため、ベッドも一つしかない。
「とりあえず今日は一緒に寝ようか。嫌なら俺は床で寝てもいいけど」
シソウがそう言うと、慌ててルルカは首を振った。宿には明かりもないため、ベッドに入ったときには既に暗くなっている。おやすみ、と声を掛けて、シソウは眠りに就いた。
そんな日が数日続くと、ルルカはシソウの独り善がりでずれているものの甘い人間性を理解して、彼の前でも笑う様になった。シソウはそれだけで、マハージャに来て良かったと思うのだった。
しかしいつまでもこの生活をしているわけにはいかない。どこかルルカを預かってくれるようなところを探すべきだろう。シソウはそろそろアルセイユに戻らないといけないのだから。
そしてそのとき、彼女に教えてきたことは、きっと何かの役に立つだろう。そして少しでもいい人生を送ってくれれば、その行動も無駄にはならないのだ。
シソウはそろそろその考えを行動に移そうと思うのだった。