表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/107

第二十三話 奴隷の国

 翌日、シソウはマハージャを更に南下していた。その先には帝国領との中間地点がある。その様子を見ておこうと思ったのである。その付近では兵士の数も多くなり、駐屯するための設備も整っていた。


 わざわざ街道を行かずとも山の方を経由していけば兵士たちには見つからないため、警備したとしてもそれほど役には立たないのだが、恐らく自国の領土を主張する意味合いが強いのだろう。


 小競り合いこそ起きないが、帝国領の兵士とマハージャの兵士は常に睨み合っていた。特に用事もないのにその間を通るのは気が引けて、シソウは踵を返した。街道を移動する者はほとんどいない。


 それは街道が整備されていないだけではなく、この国は国内で全てが済んでいるという現状があるからだろう。しかし奴隷の数が減ったとき、いずれ戦争で他国を侵略しなければならなくなるはずだ。


 それは領土拡大を続けている帝国としても戦争の大義名分が出来るため、願ったりだろう。そして間違いなく、マハージャが帝国全体を相手にして勝てることは無い。


 この国は滅びるな、とシソウは思うものの、それを仕方ないと割り切ることは出来た。シソウは元の世界の価値観を多少引き摺ってはいるが、元々国の存亡についての関心は薄かった。


 これまでアルセイユに拘ってきたのは、アルセイユという国が大事だったからではなく、テレサという女性の力になりたいと願ったからだ。そしてマハージャには良い感情などなく、巻き込まれる奴隷は可哀そうだとは思うが、潰れるのも当然だろうと思えた。


 そうしてマハージャに戻ってきたとき、まだ昼にすらなっていなかった。シソウはある程度この国で過ごす予定だったので、何か目ぼしいものでもないかと街中を歩いた。シソウは金があるように見えるのか、実際そうなのだが、やたらと周囲の目を引いていた。


 いつしかシソウは歓楽街に足を踏み入れていた。昼前であるため辺りに大した人通りもなく、薄汚いそこに活気があるとは思えない。酒場の中をちらりと覗いてみると、女を抱えて酒をあおる男が見えた。


 特に行先もなく歩いていたため来てしまったのだが、失敗したかなとシソウは思う。彼は元の世界でさえも歓楽街に行ったことは数回しかない。それも研究室の歓迎会などである。そのためこういう雰囲気は好きではなかった。


 暫く行くと、シソウは女性に声を掛けられた。彼女は二十代半ばほどで、それなりに綺麗な容姿をしていたが、シソウはそれより彼女が付けている首輪が気になった。客引きであるのだが、シソウは律儀に足を止めてしまったので、彼女はその腕を取った。それから店内へと誘うが、シソウはそれを断って、彼女の手に金貨を一つ置いた。


 暫く呆然としていた彼女は頭を下げた。奴隷といえども資産の所有は認められている。あの金は彼女個人のものになるのだ。しかしシソウは別に善行をしたつもりもなく、そしてその行為は善行ではないのだろう。


 施しをしたからと言って、何かが変わることは無い。シソウの行動はただの気まぐれと、客引きに対する対応が分からなかったからである。そしてこの世界でそういう店に行くと言うのは、自殺行為にも思われた。検査などないため性病の可能性が非常に高いからである。


 シソウは元の世界で知り合いにふざけてコンドームを渡されたことがあるので、複製することはできる。それを使用すれば風俗街において一国一城の主を目指すこともできるのかもしれないが、シソウはそこまで性交そのものが好きなわけではなかった。


 可愛い女の子は好きであり、親しい女性とそういう関係になるのは喜ばしいことであるが、見ず知らずの女性とするのはひどく節操が無いように思われるのであった。


 シソウは何をやっているのだろうか、という気になっていた。世界を見に行く、と親しい女性と過ごす誘惑を断ってまで旅に出ておきながら、見知らぬ女性に誘惑されているのだから。


 少々早いが、アルセイユに帰ってもいいのではないかと思い始めた。そんなことを考えていたので、シソウは気が付けば大通りにまで来ていた。富裕層が済む地区で、辺りの雰囲気は一変していた。


 貴族や成り上がりどもが、金にものを言わせて贅沢をする。そんな有様を見せつけられて、シソウはつい眩暈がした。しかしせっかく来たのだからと歩いていくと、広場に出た。そこには人だかりが出来ており、何があるのだろうか、とシソウは顔を覗かせた。


 そこにいた商人が声を張り上げていた。その隣には、首輪を付けた奴隷が数人。既にほとんど買い手が付いており、残った最後の一人も売れていった。シソウは周囲の人々が娯楽とばかりに囃し立てるのを見て、吐き気を催した。


 そして踵を返して帰ろうとしたとき、商人は目玉商品だと、とっておいた最後の一人を台に上げた。そして彼の口からネレイドという言葉が聞こえた。


 シソウは振り返って商人の方を見ると、美しい済んだ水色の髪をした少女がいた。ウェルネアで見た一族とその有様は酷似しており、間違いなくその一族であることが一目で分かった。


 彼女は伏し目がちにしており、その深い青の瞳は海の底よりも暗く沈んでいた。彼女の年頃はアリスと同じかそれより幼いくらいで、十四、五だろう。シソウはアリスのことを思い出していた。


「なあお前あれ買えよ? 女好きだろ?」

「馬鹿言うなよ。あんなちいせえのに入るかよ!」


 シソウの隣で貴族たちはげらげらと笑いながら、下卑た話をしていた。シソウは気が付けば、彼女の前にいた。それから商人に金の支払いを済ませると、首輪の錠を催促した。


「ご購入ありがとうございます。此方が錠になりますが、これを外してしまうと奴隷としての証は――」


 シソウはべらべらと語り続ける商人を無視して、さっさと少女の首輪を外した。それから彼女を抱きかかえて、すぐにその場を離れた。それは周囲の人々にはさぞ奇妙に映ったことだろう。


 それからシソウは落ち着く場所を、と近くの料理店に入った。席に着くと彼女は暫く突っ立っていたので、座るように促した。それから注文を済ませる。何もすることが無くなると、シソウは罪悪感を覚えていた。


 自分がしたことは、少女にとっては良かったのかもしれないが、この国全体で見れば奴隷制を助長する行為である。そして今は各国における立場もあるのだ。奴隷を購入したことが知られれば、その影響は多少なりともあるだろう。


 シソウは基本的に思いつきで行動している。それにしても今回のことは容認できない行為だろう。ため息を吐く彼の様子を見て、少女は怯えた。


「ああ。君は関係ないよ。ところでお名前は? 俺は大麻宍粟」

「……ルルカ、です」


 少女はそう名乗った。シソウは彼女はもうこれで奴隷ではないので、自分に畏まる必要はないと告げた。彼女は驚いて、大きな青い目を見開いた。シソウは彼女のそんな顔が可愛らしくて、つい笑顔を浮かべるのであった。


 それから料理が運ばれてくる。その際ウェイトレスはちらりとルルカの首を見た。ルルカは両手で首元をさっと抑えるようにして隠した。首輪が外れたとはいえ、その跡は残っていた。シソウは立ち上がって彼女の所に行って、その首に青いマフラーを掛けた。


「あまり首に巻くのは好きじゃないかもしれないけど……これなら隠せるからさ」


 ルルカはマフラーの裾をつまんで、小さくありがとうございます、と言った。それから料理を口にしてぐすぐすと咽び泣く彼女を見ていると、シソウは本気でこの世界を変えたいと願うのだった。


 そのためには、きっと今のままでは足りないのだろう。前人未到の偉業を成し遂げる。シソウは漠然とそんな目標を持つようになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ