第十話 冒険者
貧民街を抜けて居住区を通り過ぎて、宍粟たち三人は王都の中心近くまで来ていた。周辺には魔法道具や武器防具など宍粟が見慣れない商品が置かれている店が立ち並んでいた。立派な剣を見つけて感動したり、巨大な戦斧を持ち上げてみたりと色々新鮮な経験であった。その中の一際大きな木造の屋敷にテレサは何事も無く入っていくが、宍粟はおっかなびっくり後をついて行った。
その中は集会所も兼ねているのか、まだ昼にすらなっていないというのに酒類を飲んでいる鎧を纏った客がちらほら見られる。しかし若者ばかりで中年はほとんどいない。
宍粟はテレサに続いて受付に行き、登録の手続きを済ませる。テレサが何かを伝えると、受付の若い女性が紙を持ってくる。何らかの文字が書いてある下に、恐らくは名前欄と捺印があった。
「お名前を書いてくださいね」
「こっちの文字何も書けないんですけど」
「書けるものでしたら何でもよろしいですよ」
「分かりました」
宍粟は楷書で『大麻宍粟』と書き込んだ。女性はその文字を見て不思議そうにしていたが、やがて小さなナイフを差し出した。
「此方に血を一滴、お願いします」
登録用紙の示された位置の上に左手を持っていき、ナイフで浅く切った。思った以上にナイフは鋭かったのか、血が滴り落ちる。テレサは宍粟の手を包み込むようにして握ると、その手を伝わって温もりが流れ込んで、出血は止まった。受付の女性は一礼して奥へと向かった。それからテレサに促されて、宍粟は受付の隣にある喫茶に向かった。
「冒険者って皆、若いんですね」
「レベル10にも満たないうちに大半が死んでしまいますから、仕方ないことでしょう」
「レベルって?」
「魔力の多さを数値化したものですよ。初めは血を元にして魔力を測定しますが、それ以降は漏れ出る魔力から推定してして表示します。おおよその目安でしかありませんが、それだけ長く生き残っているという指標にはなりますね」
「じゃあ若いのは皆始めたばっかりなのかな」
「シソウ様、年齢と肉体は比例しませんよ。魔物を狩り魂を得ることで若く優れた状態を維持できますから」
「じゃあ魔物を狩ったときの魔力の最大値が上がるのは、魂を吸い取ってるから?」
「そういうことでしょうね」
そんな馬鹿なと思いながら宍粟は聞いていたが、人間の体を流れる電流により磁場が発生するのを計測するのと同じ原理だとすれば、それほど難しいことではなさそうだ。宍粟がこの世界に来て若返ったのも急に魔力を得たせいだろう。何より眼前の若々しい美女を見るとなるほど、と納得してしまう。この人はいくつなのだろうか、と疑問に思うがいきなり年を聞くのは失礼だよなあ、と諦めた。
魔物の死骸を複製できるのは魂がないからで、食物が複製できるのも同様の理由だろう。
「シソウ様も結構なお年ではないのですか? 私よりも年上かと思っていましたが」
「テレサさんっていくつですか……?」
「それは内緒です」
「お母様はさんじゅ――むぎゅ!」
横から元気よく答えたアリスの口をテレサが笑顔のまましっかりと押さえつけていた。ジタバタしていたアリスが大人しくなると、テレサは手を離した。
「あ、俺は二十二ですよ」
「ええ! シソウさん、ずっと年上だったんですか!」
「そういうことになるかな」
そうして雑談を終えると、受付のお姉さんが小さなプレートを持ってきた。
「こちらがシソウ様の冒険者証になります」
宍粟が受け取ると、氏名と登録日の下に『レベル8』の文字が記載された。
「既にお仕事をされていたのですか、では説明は不要ですね」
「い、いえ! お願いします!」
「では説明させていただきます。冒険者の役目は依頼を受けたとき以外は特にありません。依頼は国や個人からのものがあります。魔物の討伐は冒険者証に記載され、それに応じて換金することが出来ます。ここギルド会館は依頼、換金が行えます。……説明は以上になります」
「ありがとうございました」
説明によると冒険者はつまるところ派遣社員である。結構ブラックなんじゃないか、と思っていると、説明を終えた女性は礼をして去っていく。宍粟は暫くその後ろ姿を見てからテレサに向き直った。
「……初期研修とかやらないんですか?」
「ないですね。それには資金がかかりますから。それに加えて武器も整えられないため、レベルの低い冒険者は命を落としやすいのです」
「対策とかしなくていいんですか?」
「ある程度育った冒険者は引退した後に王城に務めますし、貴族や有力な兵士の子は訓練を受けた後に給金を貰いながら集団で討伐にあたりますので、数も質もそれで十分なんですよ」
「冒険者ってそんなに儲からないんですね……」
「魔物の退治は切りがありませんからね。それに王城の兵士はレベル20ほど、元冒険者でも40ほどです。魔物には60以上のものが普通にいますので、王都の防衛だけで精一杯なんですよ」
意外と厳しい現実を知って、宍粟は少し落胆していた。しかし銀貨、金貨に触れる機会さえあれば別だ。宍粟は魔物を倒してお金が得られるというゲームさながらのことが行える。危険を冒さなければ悪くはないのではないか、そんな気がしてきた。
それから掲示板を見に行くと、何枚もの紙が貼りつけられていた。そのうちの一枚、薬草の採取と書かれた紙をテレサは取って、受付へと向かった。
「期日は二日後までです。お気をつけていってらっしゃいませ」
丁寧なお辞儀で見送られながら、ギルド会館を後にした。それから宍粟たちは南の門へと向かった。門は兵士に冒険者証を見せるとすんなりと通ることが出来た。どうやら、出入りが激しい冒険者は特に聞かれることがないらしい。
つい先日までいたはずの平原に懐かしさを感じながら道沿いに進んでいく。森に入るまでは危険もないらしく、呑気な会話が続けられていた。
「ところでアリスちゃんは一緒で大丈夫なの?」
「頑張ります! 私も冒険者なんですよ!」
そういってアリスは自分の冒険者証を見せる。『レベル4』と描かれたそのプレートはまだぴかぴかで新品とさほど変わらない。確かに魔法を使えるのだから、年はあまり関係ないのかもしれない。
「魔物を狩ったときの分配って、揉めることはないの?」
「魔法使いは後方にいるため魂が得られないことも多いです。そのため問題になることもありますが、魔物に近いほど危険が増すので、双方納得している場合が多いです。それに魔法使いは魔力の扱いに長けているためレベルが高くなってしまうので、あまり気にする方はおりませんよ。何より、信頼できる方としかパーティを組まないのが普通です」
「へえ。じゃあ二人も魔法使いがいるのは両手に花なのかな」
「シソウ様、アリスはまだ幼いので、あまりあてにはしないで頂けると……」
「お母様、私だって魔法使えるんですよ!」
そんな言い合いをしながら森の中に入ると、街はすっかり見えなくなった。宍粟は辺りを見回してから、鎧と剣を『複製』した。それは先ほど店頭に展示されていたものである。甲冑のように胴体を覆う鎧は結構な重量があるが、魔力で身体能力が上がっているせいか、それほど重さを感じなかった。剣は以前の錆びたものとは打って変わって刃は鋭く、鞘まで付いている。盗んできたようであまりいい気分ではないが、別に犯罪でもなかろうと気にしないでおいた。
「こうしてみると、シソウ様の魔法はすごいですね」
「これしか出来ないんですよね。だからそうでもないかなあ」
既に魔力は尽きそうだったので、早く魔物が出ないかなあなどと思っていると、待っていましたとばかりにコボルトが飛び出した。宍粟はコボルトへと飛び掛かり、袈裟切りに切り裂く。
力を入れずとも、コボルトはあっさりと一刀両断されて倒れた。魔力が吸収されていくのを感じながら、宍粟は感想を漏らした。
「この剣、すごいなあ。あっさり切れちゃったよ」
「確か、金貨一枚でしたね」
「ん? この剣売れば金になるんじゃないか!?」
「シソウ様、さすがにそれは……」
「冗談ですよ。何より複製したことがばれるじゃないですか」
それからも街道を行く。危険な魔物に出くわす確率が上がるそうで、冒険者でもあまり森の中には入らないらしい。それを聞いて宍粟は今まで生きてこられたのは幸運だったのだろうかと思い直した。
暫く進むと数体のコボルトが街道に現れた。アリスが前に出て小さな掌を翳すと、少しいびつな火球が出来上がる。その火球を見てコボルトは恐慌状態に陥り、撃ち出されると逃げ出すこともせずに焼き尽くされた。
辛うじて生き残ったコボルトは、いつの間にか宍粟の隣にいたテレサが魔力を込めると、隆起した石槍で串刺しになった。近づいていく二人を見ながら宍粟は褒め称えた。
「アリスちゃんすごいね!」
「あの、シソウさん、なんでそんな離れてるんですか?」
「え? 近くにいたら俺まで魂取っちゃうでしょ? 俺が前線にいなくていいときは二人に上げた方がいいかなって」
「シソウ様、後衛でも多少は入ってきますので、お気になさらずとも大丈夫ですよ」
ゲームなんかだとレベルの低い味方のレベル上げは、止めだけを積極的に取らせたりしてやっていたが、どうにもこの世界は自分本位らしい。
再び歩いていくと、テレサがしゃがみ込んだ。その下には何の変哲もない草花が広がっていた。
「薬草ってそれなんですか?」
「ええ。よく見ると魔力が感じられるでしょう?」
集中してみればうっすらと魔力が草を覆っているのが感じられる。テレサはそれを採取してから、森の中へと入っていく。
「入っても大丈夫なんですか?」
「ちょっとくらいなら大丈夫ですよ。それに近くで見つかることが多いんです」
「お母様は魔物より恐ろし――むぐ」
「アリス、余計なことは言わないものですよ」
そんな母子のやり取りを見ていると、つい微笑ましくて笑みが浮かぶ。しかしすぐに宍粟は気持ちを切り替えて、周囲を警戒する。うっすらと魔力が感じられる辺りに行くと、先ほどと同じような草花が叢生していた。群れの中に入りながら宍粟はそれを手に取って、魔力を確かめる。
「これですかね?」
「はい、それです!」
宍粟は試しに『複製』してみる。魔力が吸い取られる感覚があって、思った以上に魔力が減ったようだった。そして宍粟の付近には大量の草花があった。降りかかった草花を払いながら、宍粟は呟く。
「……全部まとめて複製してしまったみたい」
「シソウ様の能力は便利ですねえ。これだけあれば十分でしょう」
薬草の採取を終えた帰り道、コボルトを切り倒しながら、余った魔力で銅貨を『複製』する。布袋はいっぱいになった後も予備の採取用の袋まで使用しながら、銅貨を貯めていく。ずっしりと重い袋を持っていると金持ちになった気分であるが、実際の銅貨の価値は一円ほどしかない。物価が異なるのを考慮しても十円玉程度である。
とはいえ平原に戻ったときには百枚を超えており、銀貨数枚分にもなれば十分である。これでアリスちゃんに何か買ってあげたら喜ぶかなあ、などと宍粟はご機嫌であった。