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理想的な幼馴染の話

作者: 氷川変電所

すべて架空のお話です妄想です

「ほら、いつまで寝てんのよ!」

 突然聞こえてくる、怒声。なにごと。

「?」

「もうとっくに朝ごはんできてるよ!」

 ああ、この声は。意識がはっきりしてくる。

「ん…」

「早くしないと遅刻するぞ!」

 いま何時だろう。でも目を開けるのが億劫だ。

「んんー」

 寝返りを打って背中を向ける。

「寝てるふりしてもダメなんだからね!」

 掛布団が引っぺがされる。寒気が全身にまとわりつく。

「寒いってば!なにすんだよ!」

 がばっと起き上がる。

「せっかく起こしてやってんのにその口の聞き方は何?」

「起こし方ってのがあるだろ!」

「最初は普通に起こそうとしてたわよ!」

 すぐさま椅子の背もたれに掛けていた上着を手に取り袖を通す。

「うーさぶっ」

「さぶっじゃないわよ!…まったく」

「さぶさぶ」

「早く着替えて下りてきなさいよ!」

 ばたん。戸を強く閉めていき、階段をどたどたと下りていく音が響いた。

 彼女は、俺の幼馴染。物心ついたときにはもう一緒にいた。家も隣同士で家族ぐるみの付き合い。小中高と一緒に学校に行く仲である。今日もこうして迎えに来がてら俺を起こしに来たというわけだ。なにかと保護者面してうるさい女である。まぁこいつのおかげで遅刻せずにいられるってのはあるが。

 にしても、もうちょっと小マシな起こし方はないのか。

「やれやれ、朝飯たべるか」

 でも、こいつもこいつで、いいとこあるんだよな。



 × × × × ×



「なんてあるか?」

「無理。絶対無理」

「だろうな」

「まず寝起きのあんたを訪問したくない」

「ひでぇ言い様だなおい」

「ヤだよ気持ち悪い」

「でも一緒に学校は行ってたよな」

「それくらいはしてたけど」

「ネクタイ曲がってる!とかはなかったよな」

「第一曲がるネクタイじゃなかったじゃないうちの制服」

「襟の内側にボタンがあるやつだったな」

「緩められないように無駄に工夫されてたやつね」

「そうそう。ほかに幼馴染らしいことしてたっけ俺ら」

「忘れ物したら借りるとか?」

「事務的だなー」

「そんくらいしかないでしょ逆に」

「思い出した」

「いいよ思い出さなくて」

「中学くらいのとき、周りからお前ら付き合えよとか茶化されたよな」

「あったっけ?そんなん」

「あったよ、トボケんなよ」

「忘れたわ」

「あんときお前妙に俺を意識しちゃってさー」

「黙っとけ」

「急に当たり強くなったよなー」

「黙れ」

「そしたら余計茶化されて…」

「死ね」

「うぃっす」

「にしても幼馴染ってのがこんなんだと思われてるのかしら」

「それは忌々しき事態だな」

「幼馴染いないひとにとってはただの都合のいい異性ってだけよね」

「それは言い過ぎじゃねぇか」

「そうでしょあんなもん」

「気兼ねなく話せる存在ってのは大事だと思うぞ」

「それはそうだけど、なんか発展させすぎよね」

「それはあるな。基本幼馴染の女の子って主人公の男の子のこと好きだしな」

「あたしは、まだ…ただの幼馴染?」

「は?」

「みたいなことも言わないわよね」

「あーびっくりしたー」

「ばーか」

「急にどうしたかと思ったよ」

「……ばか…」

「…え?」

「ってゆー展開もお話の上だけよね」

「あーびっくりしたー」

「バカじゃないの」

「マジで言うのやめれ」

「だってあんたあたしと付き合える?」

「無理」

「でしょ?あたしも無理」

「だろうね」

「まぁアリなひとにはアリなんだろうけどさ」

「少なくとも俺らには無理だな」

「絶ッ対無理。想像できないし」

「確かに」

「でもちっちゃいころは好きな人の一人ではあったよ」

「え、それ知らない」

「ていうか好きな人ってことにしといた」

「どゆこと」

「何かと便利だったの」

「そうかい」

「実際好きだったかは覚えてないけど」

「俺は多分そんとき縄跳びに夢中だったからなー」

「なにそれ」

「とりあえず縄持ってたからな小学校低学年くらいんとき」

「聞いてないって」

「へい」



 × × × × ×



 今日は5限までしっかり授業があった。もう18時だ。外はとっくに真っ暗だ。教室から漏れる電灯の光が薄く街路を照らす。秋の色はもう散ってしまった。薄暗い道を進む。校門前には、3,4人の男女が集まって、楽しそうに会話に花を咲かせている。

 校門から左に出て、横断歩道を渡り、歩道を流れる人ごみに紛れる。二人で並んで帰る人、一人で黙々と歩く人、グループでわいわいちんたら歩いてるやつら。いろいろな人がいる。みんな、知らない人だ。

 駅に着き、ホームで乗降口の印の前に列をなす。前のスーツの男も、隣の化粧の濃い女も、みんな、知らない人だ。

 この街に来てから、口を開くのが少なくなった。知り合いこそいるが、そうでない人の方が多い。それは昔いた町でもそうだっただろう。しかし、この街に来てから、意識して思うようになった。

 電車に揺られていれば座席にはクラスメイトが座っていたりしたものだ。俺は一人で一本ぶら下がったつり革をつかんでいる。箱の中では皆が皆目を逸らしあっている。そんなことを子供のころ思っただろうか。

 子供のころ仲良かった、あの幼馴染も、どこかの町で、こんなことを思っているのだろうか。


 彼女は、いま何をしているだろうか。

 何を考えているだろうか。

 俺を覚えているだろうか。

 俺を思い出したりするのだろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても好きです 今日は5限まで〜以降の文章の、読んでいて胸がきゅうっとなる感じが特に好きです 応援します!
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