プロローグ
授業が終わり、俺は教室前の黒板の上に室内全体を見渡すように掛けられている電池式電波時計(単三電池4個)に目をやりながら手早く部活の準備をしていた。現在の時刻は午後3:50。部活まで10分余りである。
「マツモトー、この荷物職員室まで運んでくれー。お前陸上部なんだから走ったらすぐだろ」
「あぁぁ、ちょっと無理っす。もう行かないといけないんで」
冷たいやつだな、と独り言ちっている担任を尻目に教科書、ノート、英単語帳など大学受験生らしい代物が詰まった黒を基調とし、側面にメーカーのロゴがプリントされたスポーツバッグを肩に掛け、陸上部部長松本周は颯爽と教室から出て行った。
午後3:40頃。担任から6月に実施した外部模試の成績表を返却され、結果が良かったひと、悪かった人(もちろん私は後者であるが……)など十人十色の表情をのぞかせる帰りのホームルームが終わった。このまま部活―――っと言いたいところではあるが、
「今日の教室掃除は2班で、トイレ掃除は3班だったなぁ? よろしく頼むぞ」
(早く部活に行きたいんだけど……)
担任からの無常な清掃命令に内心ではボイコットしてはいるが、行動に移すほど気が強くもない私、芦田葵は今日の晴れ渡る空にも似た鮮やかな水色のゴム手袋をはめ、トイレ用ブラシ片手に女子トイレ掃除に励んでいた。