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妖魔達の宵 後編

「でやぁぁあっ!!」


 足元に転がっていた騎士の死体を、思い切り蹴り飛ばす。死体は私に向かって飛来する火炎弾に衝突、着ていた鎧のお陰で盾代わりとなった。私はすかさず吹き飛ぶ死体に近づき、腰から短剣を引き抜く。そしてそれを、火を吹いた妖魔へと投げつけた。頭に刃が刺さった妖魔は白目を剥いて地面へと崩れ落ちる。それを確認すると、今度は死体の手から大剣をもぎ取り、後ろに向かって片手で振り抜いた。


「まったくキリがない……!」


 後方にいた三体の妖魔の首をはねながら奥を睨む。細道の先には未だ蠢く無数の影。土砂を吹き飛ばされた時点で私の策は完全に失敗した。今は一斉攻撃を受けないだけマシ、という程度の状態での戦いを強いられている。せめてもの救いは序盤でいくらか敵を倒せた事、そして、


『聖騎士……殺スッ!』

「クッ……!」


 あの魔人……アムダクトの無差別な攻撃で、敵の数が相当減っている事だ。加えて言うなら先程から閣下ばかりを狙う為、こちらの味方への被害は戦力の割に大きくない。どうやら頭はそれ程回る方ではないようだ。

 とは言え、長くは保つまい。こちらも被害な無い訳ではなく、既に戦力は半数程。これだけの数を相手に戦えるところはさすが精鋭といったところだが、そんな彼らも明確に疲れの色が見え始めている。加えてそろそろ日が暮れる時間だ。夜戦に慣れた私ならこの程度の暗さ、どうという事はないが、騎士達は厳しい戦いを強いられるだろう。魔法でも使えば違うのかもしれないが、先程から閣下はアムダクトとの一騎打ちの中で一度も魔法を使おうとしない。恐らく、魔力が既に残っていないのだろう。だとしたら、もう残された手は一つ。


「閣下! そろそろ聖騎士の力を使ってください! ガラメだかガメラだかと合体すれば、魔力も回復するのでしょう!?」


 最早周知の事実となっている聖騎士の強さの秘密、それこそが武甲聖装アムドの存在だ。騎士と聖獣、そして賢者の意思を持つ秘石が融合する事で、使い手の限界を遥かに超える強さを発揮する事ができる、という物だが、これには付加価値がある。武甲聖装を用いると、傷や魔力の消費といった身体への負担が、全て癒されるのだ。だから、限界まで戦った後に武甲聖装を行えば、大雑把に考えても二度全力で戦う事ができる。閣下もそれを狙って、今の今まで武甲聖装なしで戦っていたのだろう、そう思っていたのだが。


「……ガラメは此度の作戦には参加しておらぬ。別所にて密命を遂行中だ」

「はぁ!?」


 一瞬言葉を失った。確かに神聖獣の強さなら単独での戦闘も不可能ではない。高い知能と身体能力、加えて魔力まであるとなれば大抵の状況に対応できる。しかし、彼らの真髄はあくまで武甲聖装、聖騎士と別行動など私の知る限り前代未聞だ。増して、今回程重要な任務はないだろうに。


「貴方、正気ですの!? 武甲聖装なしでどうやってこの状況を切り抜けるんです! 策は? 備えは!?」


 感情のままに閣下に詰め寄る。この男は猛攻を予想していたと言ったのだ。それなのに勝てる算段もなかったとは考えたくない。私も含めここにいる者たちは皆、彼を信じてこの戦いに挑んでいるのだ。それを裏切るような事はないだろう。


「……勝機はある! 今は全力をもって戦え」

「一体どんな……!」


 時間が経てば状況が好転するのか? 全力で戦い続ければいずれ巻き返せるとでも思っているのか? 有り得ない、こんなものはただの気休めだ。彼の言葉を聞いてすぐに気付いた。私達には、既に勝つ手段など残っていないのだと。


「……っ!」


 今までも僅かながらあった死への恐怖が、心の中で増大していく。悔しいが、閣下程の人物の見立てなら間違いはない。私達はこのまま戦いに敗れ、死ぬだろう。誰一人とて守れず、皇女を奪われ、哀れ彼女は愛する国に仇なすモノの糧となる。生き血をすすられ、見るも無残な姿になった彼女を想像し、苦虫を噛んだ。これで騎士になろうなど虫唾が走る。このまま、何も守れずに無駄死にをするのか、私は。


「御免ですわ……」


 歯軋りをしながら呟く。そうだ、無駄死になんて絶対にしたくない。もし、死が逃れられない運命ならば、せめて意味のある死を。考えろ、私に今何が守れる。そして何を守るべきなんだ。そう考えて、浮かぶ物は一つだった。イスマリア皇女……しかし、多分彼女の全てを守り抜く事はできない。ならば、私に守れる物は。


「たぁっ!」


 考えがまとまった時には既に走り出していた。邪魔な大剣を敵に向かって投げつけ、真っ直ぐに彼女の乗る馬車へと向かう。生き残った騎士達も戦いに集中していて、私には気付かないようだった。今、私の邪魔をする者はいない。


「皇女様!」


 余計な邪魔が入らぬよう、音を立てないように馬車に入る。後ろでに扉を閉めると、中では皇女が祈りを捧げていた。少し震えているが、それは決して保身の為の物ではない。外で戦う者達の無事を願う、真摯な祈り。馬車は安全の為に窓が完全に閉じられていて、外を見る事すらままならない。時折漏れてくる死臭と爆音でのみ感じる戦場、少女にはあまりに酷な環境だ。それでも、彼女は耐えていた。迂闊に動けば足を引くと分かっていたから。昨日、無下に扱ってしまった事が今更になって悔やまれる。そして、これからもっと酷い事を言わなくてはならない事も。


「ルーエル様……?」


 皇女はすがるような瞳で私を見つめてくる。駄目だ、本人を前にしたら決意が揺らいできた。この、私に助けを求める少女に、私はなんと残酷な事を考えているのだろう。強い罪悪感が私を襲う。しかし、言わなくては。全ては彼女の為。これは誰よりも国を想う彼女に私ができる、唯一の事なのだから。


「……大事な相談があるんです」


 なるべく彼女の目を見ないように、震える声を絞り出す。私がこんな様子でどうする、余計に不安がらせるだけだ。極限まで心を無にして、息を整える。そして、意を決して短剣を皇女に向け、言い放った。


「この場で死ぬつもりはないかしら?」

「……え?」


 聞き返す皇女の表情には強い動揺が見られた。護衛に突然刃を向けられているのだ、無理もあるまい。自分で言うのもおこがましいが、昨日の一件で彼女の信頼は揺ぎ無いはずだ。裏切りではないとは分かると思うが、だからと言って意図が分かる訳ではないのだろう。


「訳を……聞かせてもらえませんか?」

「貴女の名誉と国を守る為……と言ったところですわ」


 そう答えても皇女に納得した様子はない。やはりこんな馬鹿げた考えをこれだけで理解してもらおうという方が無謀だったか。本当は時間があまりないので手短に話を済ませたかったが、仕方ない。私は頭の中で、極力簡潔に考えをまとめ始める。


「……まず今の戦況ですが、勝ち目がありません。このまま総力戦を続けても全滅は必至ですわ。そうなったらどうなるか……これは分かりますよね」


 当然私達が全滅すれば、皇女は生け捕りにされて妖魔の餌となる。具体的には生き血を吸われる事になるだろう。もう何度も言われてきた事だ、皇女も問題なく頷く。


「そう、私達は全滅ですけど皇女様は違う。貴女は多分生きたまま彼らの主の下へ連れて行かれるでしょうね。この馬車が未だに攻撃を受けていないのが証拠ですわ」


 単に皇女の血が必要なだけなら、殺した後にゆっくり奪えば良い。それをせず、あえて生かしたまま連れ去ろうとしているからには、そこには必ず理由がある。つまり、彼らは皇女の”生き血”を必要としているのだ。そこまで話したところで彼女も気付いたのだろう、ハッとした表情で私を見た。


「では、今この場でわたくしが死んだら……」

「奴らの目的は果たせない。傾国の原因にはならずに済みますわね」


 これは言わなかったが、ここで私が殺す利点がもう一つ。私ならなるべく苦しまないように、且つ妖魔よりは綺麗に殺す事ができるだろう。正直、血を吸い尽くされてミイラのようになった無惨な皇女の姿など、考えたくもない。とは言え、決めるのは本人自身だ。私にとやかく言えることでもない。


「その為に汚れ役を買おうと? ……やっぱり、ルーエル様はお優しいですわ。」

「……負け犬の悪あがきですわ、ただのね」


 皇女の呟きすら皮肉に聞こえる。私がもっと強ければ、もっと完璧な策を用意できれば、せめて彼女だけでも逃がす術を持っていれば。こんな選択を迫ることもなかったのだ。この程度の事しかできないのは、私の命にこの程度の価値しかないから。お父様から命を頂いておいて、この程度しかできない自分がどうにも歯がゆい。


「そんな顔をなさらないで。小さな事でも、今それができるのは貴女しかいませんわ。それに、わたくしに勇気をくれるのも……」


 そう言いながら、彼女は何かを確かめるように私の頬に触れる。その表情はただならぬ雰囲気を醸し出し、私に決意めいた物を感じさせた。


「皇女様、それはどういう……」

「貴女が手を下すよりも良い方法があるという事ですわ」


 私の言葉を遮り、皇女は立ち上がる。そして入ってきた時と同じ、祈りを捧げるポーズを取り始めた。先程と違うのは、その直後に皇女の身体が白く発光し始めたという事だ。


「な!? これは……」


 暖かい光。包み込まれるような感覚は、過去に治療の為に受けた回復魔法に似ていた。だがそれとは桁が、いや質からして既に違う。例えて言うなら、回復魔法は生命力を育むもの、そしてこれは命そのものを与えられるような感覚だ。極端な話、この力ならば不治と言われた私の病すら治ったのではないかとすら思える。それ程までに強く、しかし優しい力が、私の心身を癒していった。


「すごい……これが法力、アステルベルク皇族にのみ許された力……」


 やがて全身の傷が癒えきった頃。皇女から放たれる光も徐々に薄れていく。そして完全に光が収まると、程なくして皇女は膝から力なく崩れ落ちてしまった。


「皇女様!?」


 私は慌てて短剣を納めて皇女の元に駆け寄り、前のめりになろうとする彼女の身体を支える。吐息がかかるほど近づくお互いの顔。間近で見るとありありと分かった。荒い息に目には隈、心なしかやつれた面持ち。皇女は下手をすれば命に関わる程衰弱しきっている。


「騎士の、皆様にも……術……かかりました……これで、しばら……く……」


 蚊の鳴くような声で皇女が言う。聞き取りづらかったが、外の騎士達について話しているのだという事は分かった。確かに先程から、力強い掛け声と軍靴の音が聞こえてくる。どうやら、傷が癒えたのは私だけではないらしい。


「本当は……もっと早く……でも、このから、だ……消耗……」

「この、身体?」


 途切れ途切れの言葉の中に、不可解な単語を聞き取る。この身体、とはどう言う事だ? まるでそれが自分の身体ではないと言っているようじゃないか。


「……! まさか、貴女」


 そこまで考えてある可能性が頭を過ぎる。最初から言われていたはずの可能性、しかしいつの間にか頭の中から抜け落ちていた。彼女があまりに無垢で、優しかったから。こころの何処かで、彼女こそが皇女だと思い込んでいたのかもしれない。


「わたくし……やはり影武者、だったよう、ですわ……」


 皇女が力なく頷く。やはりそういう事か、それならばこの衰弱ぶりの納得がいく。彼女が法力など持たない、ただの人間ならば。普通ならば持ちもしない物を使おうなどとは考えない。だが、彼女は皇女ではないが、確かに皇女としての意識を持っているのだ。


「……人格移植の魔法」


 それは禁忌の魔法。特定の人物の人格を複製、全く別の人間に書き込む事で、元の人物と全く同じ言動、嗜好、性格の人間を生み出すというものだ。無論、書き込まれた人間の意識は残らず、実質その人間は死んだ事になる。その性質から人道に反するとされ、国家レベルでの規制がなされているはずだが、その国家自体が使う事は可能らしい。

 そしてその技術を以って生み出されたのが、目の前の「法力を持たない皇女」という訳だ。彼女は使い方も含め、法力に関する知識を熟知している。だが、力そのものを持たない。それを無理に使おうとしたらどうなるか、その答えが今の皇女の状態なのだとしたら、全て納得がいく。


「まったく、とんだ外道国家もあったものですわね……! でも、そこまで分かっていてどうしてこんな無茶を!?」


 分析が終わったところで国や皇女に対しての不満が込み上げてくる。彼女の言動から察するに、恐らく私達が戦っている最中も何度か法力を使おうとしたのだろう。そして力が使えない違和感に気付いた。そして、無理に使おうとすると命を削られる事も。殺しに来た私が言うのも妙な話だが、はっきり言って無謀だ。


「悪あがき、ですわ……」

「!!」


 苦しげな様子は変わらないまま、彼女は笑ってオウム返しをした。初めて耳にする彼女の皮肉。私に感化されたのか、元の性格に近づきつつあるのかは分からないが、それが痛く胸にしみる。


「わたくしに、できる……のは、ここまで。後は……ご、ぶんで……の……価値、を……」

「……皇女様? 皇女様!!」


 そこで言葉が途切れる。最悪の事態を考えた私は、咄嗟に彼女の手首を掴んだ。そこには未だ小さな鼓動が走っている。どうやら、まだ死んではいないようだ。しかし、あまりにか細い。恐らくもう、時間の問題だ。なにせ外傷の問題ではない、命そのものが削られているのだ、もう回復魔法の類では治せない。そう、先程の法力のように命を与えでもしない限り。


「……いや、まだ手はある」


 私は立ち上がり、短剣を見つめる。柄にはフェアブラッドの家紋。天秤は正義、剣は誇り、ハートは心をそれぞれ意味している。正しさは常に心と共にある、誇りや地位に惑わされるな、そういう教えなのだそうだ。


「私は、惑わされていたのね」


 騎士になる事に囚われるあまり、何故なりたいのかも忘れて皇女を手にかけようとした。その皇女を護りたかったはずなのに。今、力なく倒れる彼女を見て気付いた。私がしなければならない事は、未来への禍根を断つ事為に彼女を殺す事などではない。彼女の死後がなんだ、世界を危険に晒すからなんだ、そんな下らない損得勘定なんてどうでも良い、私はただ。


「私は、貴女を護りたい」


 言いながらマントを投げ捨てる。首元が露出し、マントで隠れていた深緑の輝石がうっすらと輝いた……。


「その為に、もう少しだけ力を借りますわ」


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