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盗賊達の夜半

「うわぁ……」


中庭に一歩入ると、そこはまるで湖畔だった。無意味に広い空間の中心に少し大きめの池。その周囲一帯に木が植えられ、そこが屋内である事すら忘れてしまいそう。昼間は子供が遊んでいるのだろうか、ところどころ水浸しで若干足場は悪いが、芝生の葉が雫を纏い、月明かりがそれを照らす様は幻想的だ。はっきり言って金がかかっている。これを安宿屋と勘違いした騎士は相当金銭感覚がないのだろう。まぁ、お陰でこんな良い宿にタダで泊まれるのだが。状況が状況なら水浴びでもしたいところだったが、そうも言ってはいられまい……まずは来客を迎えてからだ。


「ルーエル。ルーエル・デモンジャック」


木の影から声が聞こえてくる。もっとも、気配はずっと前からしていたので別段驚く事でもない。大方私が一人になるのを待っていたのだろう。


「姿くらい見せてくれます? 誠意を疑われますよ」


 大体声の聞こえてきた辺りを一瞥しながらそう語りかける。話し掛けてきた、ということはとりあえず相手に敵対の意思はないのだろう。当然だ、私が狙いならもっと確実な機会がいくらでもある。そして皇女が狙いならここより直接部屋に行けば良い。つまり、ここに来るという事は皇女の護衛としての私に用があるのだ。案の定、私に一番近い木の後ろから、ソイツは現れた。

声と違和感のない大柄な男だ。顔には埋め尽くさんばかりの髭、腕も毛むくじゃらで、角の二本伸びた兜からもぼさぼさの髪が飛び出していて、とにかく体毛に部類されるものがだらしなく伸びている。顔立ちも少なくとも整っているという感じはしない。引き締まっている肉体を包んでいるのは継ぎ接ぎの鎧。恐らく盗品をかき集めたのだろう。という事はは私と同じ盗賊なのだろうが、その姿と背負われた斧からは山賊という言葉の方が相応しく思えた。


「……どちら様だったかしら?」


 同業者とは言え、全ての人間を把握している訳ではない。少なくとも私の部下や、近隣の同盟盗賊団の人間ではなさそうだが。


「あんたらの縄張りより少し離れた場所で仕事をしてるモンだ。あんたの親父さんと付き合いがあってな、手伝いに来てやったぜ」

「そう……」


 やはり見立て通りだ。私が護衛になれば、必ず協力者がやって来ると思っていた。

デモンジャックのルーエルの名は案外知れ渡っている。遠征の騎士団を襲撃し、壊滅に追いやった盗賊団。その手口は苛烈極まりなく、雑兵の一人すら残さず皆殺しにする所業は悪鬼の如し。故に最前線に立った当時16歳の女頭目はこう呼ばれた。悪魔に憑かれた少女……デモンジャック。大仰にそう語られているのだそうだ。そんな非情な悪党が皇女の護衛を引き受けた、とあっては裏があると誰かが気付くだろう。


「護衛なんて嘘で、本当は誘拐でもする気なんだろ? 皇女を他国にでも引き渡せば、部下の一人や二人なんてどうとでもなる程の金が入るだろうからな……分け前は7:3のそっち取りで良いぜ」


 妥当な数字だ。手伝ってやるとは言っているが、私が居るからこそ成立する策だという事も分かっている。どうやら見かけによらず頭は回るらしい。


「頭の回る人は嫌いじゃないわ……良いでしょう、皇女の部屋には煙突から忍び込めるの。裏の倉庫から屋根伝いに行けるわ、ついて来て」


 そう言うと私は男に背を向けて歩き出す。コイツを呼び出す事には成功したから、もう中庭には用はない。あとは連れて行けば良い。中庭に面した、カーテンの閉まった窓を見ながら私はその先に居るであろう皇女に語りかけた……。


「これが現実ですわ、世間知らずの皇女様」



「なるほど、確かにここからなら上に登れるな」


 倉庫をしげしげと眺めながら男が言う。宿とはほぼ隙間なく隣接しているそれは、しかし高さが半分程度しかない。よじ登れば屋根の上まで簡単に行けるだろう。


「それで、どの煙突に入れば良いんだ?」

「向かって左から二番目……その前にちょっと良いかしら?」


 そう言うと男は「何だ?」とこちらに向き直る。心なしか動きが素早い。まだ信用しきってはいないと言う事か。悪魔憑きを相手にしていると考えれば当然の反応と言える。別段問題ではないが。


「お父様が御友人……貴方について言っていた事がありますの」


 ゆっくりと男に近付き、首元に手を回す。その瞬間、香水の匂いを嗅いだ男の顔が緩み、目に見えて警戒が薄れたのが分かった。男と言う生き物は本当に単純だ。私は女性的な部分の成長は遅れている方だが、それでも大抵は抱きついただけで隙を晒してくれる。今の男の間抜け面は考えるだに滑稽だ。しかし、間もなくそれも苦悶の表情へと変わるだろう。私の仕込み針が、男の首筋へと突き刺さったからだ。


「……!?」

「おっと」


 咄嗟に私を突き飛ばす男。私は少し離れて体勢を整えるが、男はそうもいかない。支えを無くして膝をついてしまった。


「なに……した……」

「神経毒を塗った毒針をちょっと」


 指で何かをつまんだような仕草をして答える。それを見た男は憎々しげにこちらを睨みながら呻いた。


「だましたな……」

「それ、貴方が言います?」


 男の怨嗟の声にも私は呆れしか感じられない。なにせ、先に騙したのはあちらの方だ。いずれにせよ殺すつもりではあったが、この男の言葉が信用に値しない事は最初の時点で分かり切っていた。


「さっきの話の続きですけど、お父様は言ってましたよ。自分は友人には恵まれなかった。もし自分の友を名乗る者が現れたらそれは敵だ、迷わず殺せってね」


 もっとも、仮にその言葉がなくてもその言葉を信じはしなかっただろうが。この、盗賊の男が父の友人? あり得ない。別に身分や職業で差別をするつもりはないが、それだけはあり得ないのだ。


「……っ」

「あら、やります? こっちとしてはあんまり派手な事はしたくないんですけど」


 ふらふらと立ち上がりながら、男が背中の斧を構える。なかなか頑張るものだ、折角血を流さないように即効性の毒を選んだというのに、台無しじゃないか。私は小さく息をつくと、腰の短剣を引き抜いた。


「別に貴方の命なんて要りませんけど……まぁ仕方ない、か」

「……!」


 もはや呼吸もおぼつかないのだろう、見合う事もなく男が動き出す。当然といえば当然だ、本当ならとっくに窒息していてもおかしくない。一撃に全てを賭けているであろう男は、やはり斧を上段に振りかざした。そのまま力任せにこちらへと向かってくる斧。男の腕力と斧の重み、その二つが同時に襲い掛かる。私は、それに正面から短剣を向かわせた。


「!!」

「フン……」


 甲高い金属音が火花と共に周囲へと舞う。ぎちぎちと刃が擦れ合い、嫌な音が後に続いた。いつもの事ながらこの音は好きになれない、自然と腕に力がこもる。すると、みるみるうちに男の斧に亀裂が走った。


「!?」


 男が慌てて斧を引こうとするがもう遅い。私がそれを追うように刃を押すと、ヒビを中心に斧の刃が周囲に飛び散った。こんな錆びた安物で、力任せに競り合いをすれば当然だ。しかし男にとっては意外だったのだろう、力が行き場を失い、姿勢が崩れる。私はそれを見逃さない。その隙に男の懐へと潜り込み、


「……シャアッ!」


 喉を掻き切った。ヒューヒューという風きり音だけを口から漏らしながら、男が口を動かす。声も出なくなっていたようだが、口元に注目すればなんと言っているかは容易に検討がついた。


「あ、く、ま、つ、き……!」

「よく言われますわ」


もうすっかり慣れっこになったその言葉を適当にあしらう。直後に喉元から、ちょっとした間欠泉のように血が噴き出た。その量は、ここ最近で見た中では一番多かったかもしれない。


「……血の気の多いこと」


 噴き出す血の量が多い事も「血の気が多い」と言うのだろうか、そんな疑問が頭をよぎる。しかし、小さく草を踏みしめるような音が私の思考を遮った。まずい、誰かに見られたか。そこまで後ろめたい事をしたつもりはないが、見つかったら説明が面倒だ。急いで相手を確認しようと音のした方を見る。こんな夜中に一体誰が、という考えが目つきを悪くしたのか、視線に答えたのは「ひっ」という短い悲鳴だった。


「……ん?」


 短い、そして引きつって消え入りそうな声。それでも強い聞き覚えを感じる。古くから馴染みがある訳ではない、しかし大量に聞いた声だ。それも、ごく最近に。そこまで考えて気付いた。


「狸寝入りですか。どうかと思いますよ、人の上に立つ人が、人を騙すようなことするの」


 呼びかけられて余計に混乱してしまったのだろうか。悲鳴の主……イスマリア皇女は慌てた様子で木の陰から現れる。


「あ、あの……わたくし、その、ルーエル様が外に出るのが見えて、男の人と会っていて、そうしたら、その人を……」

「はいはい、話は落ち着いてから聞きますから、まずは深呼吸してくださいな」


 なるべく優しく、まるで子供をあやすような口調で話し掛ける。ガラではないが、ここで変な誤解をされては後の仕事に支障をきたす。面倒だが、キッチリと説明する必要があるだろう。


「ただのゴミ掃除のつもりが、面倒な事になってしまいましたわ……」


 もう本日何度目かも分からないため息をつく。ため息を一度つく毎に幸せが逃げると言うが、それならば私はどれだけの幸せを失ったのだろうか。もっとも、私のこれからに幸せがあるかは怪しいところだ。ならば奪われるのはなんだ、平穏か?


「案外、私も長くないかも知れませんね」


 皇女が落ち着きを取り戻すまで、私はそんな事を漠然と考えていた……。



「そうですか……あの方はわたくしを狙って……」


 担架で運ばれて行く盗賊の男を見送り、皇女は呟いた。一応の落ち着きはしたようだが、やはり刺激が強かったのか、今はすっかり沈んだ表情をしている。

 皇女が「供養をしたい」と言い出したのは未だ混乱冷めやらぬ、あやし始めたばかりの時だった。自分を殺そうとした人間を供養するというのも妙な話だと思ったが、後ろめたい事はないとは言え死体をそのままにしては営業妨害もいいところだ。仕方なく閣下に連絡をとり、こうして人を用意して運び込みをしてもらっている。思ったより冷静なのかと思っていたが、今の様子を見る限りそうでもないらしい。


「別に皇女がいけない訳ではありませんわ。御身の立場を考えれば、それだけでも十分狙われる理由になります」


 一応の慰め程度は掛けておく。しかし、皇女は一向に表情を変える気配がない。そして運ばれる男をずっと眺める視線。私は、彼女が襲われたショックで動揺しているのではなく、襲った男を哀れんでいるのだと気付いた。


「……ねぇ、何故あの男を供養しようと思ったんです?」

「あの方にだって、何か事情があったのだと思います。何処かで道を違えて、こうせざるを得なくなってしまった……それは、わたくし達国を背負う者の責任に他なりません」


 皇女の表情は変わらない。しかし毅然とした態度でそう答えた。理解出来ているのだろう、命の重みという物が。だからどんな理由であれ、あの男の命を奪う結果となった事を悔いている。なんと優しい人だろう、私はそう思う。そして、彼女はそれ故に危うい。それ故に、


「貴女、本当に為政者に向いていませんわ」


皇女は「え?」と聞き返してくる。それはきっと彼女なりの決意を込めた言葉。それを否定されたのが意外だったのかもしれない。でも私は知っている、現実が物語のように美しくはない事を。


「さっきの昔話……寝てなかったなら最後まで聞いてましたよね。あの話、いくつか嘘があるんです」


意を決したように、私はゆっくりと話し始める。先ほどまでは語るつもりのなかった物語の真実。でも、彼女には必要なのかもしれない。彼女は悲しむかもしれないけど、後で傷つく姿はもっと見たくなかった。


「ひとつは剣の出所について。魔法使いなんかじゃない、その魔剣を寄こして来たのはとある貴族でした」


 後々調べて分かった事だが、なんでもその貴族は行政に携わる役人と金で繋がっていたらしい。そんな人間にとっては、実直で賄賂を良しとしない騎士はさぞ邪魔だったに違いない。


「同情なんて許されない、隙を見せればすぐに食い潰される……それが政界ですわ。善意なんて見せたら、この昔話の騎士のように無駄死にですよ」


 こんな無垢な人に、本当はこんな話はしたくない。彼女にはこんな事とは無縁な世界にいて欲しい。それでも彼女は真剣に私の話を聞いてくれた。まだ若い彼女には辛い話だろうに。そして、


「騎士は、無駄死になどではなかったと思いますわ」

「……え?」


 私にも意外な答えを返してきた。唖然とする私の事は気にせず、皇女は祈るように両手を握りながら語り始める。


「確かに騎士は死んでしまった。でも、その志はきっと娘さんへと受け継がれましたわ。正しき意思は、そうやって生き続けるのです」

「……ああ、そういう事」


 思わずそんな呟きが口を突いて出る。確かにあの話だけ聞いていればそういう形で希望が残っていたかもしれない。私もそう思って、彼女に話す時はそこまでしか語らなかったのだから。


「二つ目の嘘、あの話には続きがあるんです。助かった娘の話……あの魔剣は命を喰らってそれを力とするものでしてね、その力で娘は妖魔の命を喰らい続けていた訳です。勿論、その代償は大きい。助かった娘は人が変わったように冷酷な性格になりました。魔人の子なんて言われて、今では国を追放されていますわ」


 それも騎士を煙たがっていた貴族達の陰謀だったという話もある。だが、そうでなくても当然の報いだったのかもしれない。間接的にとは言え、魔を喰らい、人を喰らい、父まで喰らった娘だ。どうしてまともでいられるだろう。しかし、皇女はそれにすら首を横に振る。


「いいえ、確かに意思は受け継がれましたわ」


 私には分からない、何故彼女がここまで頑なに娘を庇うのか。彼女にとっては無関係の人間のはずだ。それがけなされているだけなのに、彼女はそれを必死にそれを否定する。一体どこまでお人よしだというのだ。


「一体何を根拠に……」


 しかし、それが勘違いだったとすぐに気付く。彼女にとって、娘は既に他人ではなかったのだ。皇女は優しげに手を伸ばすと、私の頬にふれてきた。


「だって、娘さんは……貴女は、こんなにも暖かくて優しいもの」

「な!?」


 彼女の言葉に、今までにない程の動揺が私の背筋をよぎる。咄嗟に彼女の手を払いのけ、触れられていただけの頬を押さえた。何故だ、匂わせる事は何一つ言っていないはずなのに。


「……どうして分かりましたの? 私が、その騎士の娘だと」

「イーヴン様の御高名はアステルベルクまで知れ渡っていましたもの……古今東西、あらゆる兵法を知り尽くし、その鬼才で7:3の彼我戦力差を覆したと言われる智将、イーヴン・フェアブラッド。途中までは半信半疑でしたけど、貴女が使っていた短剣の紋章を見て確信しましたわ」


 言いながら私の腰を指差す。指先の短剣にはきめ細かい刻印がなされ、鍔の中心には天秤にてハートが剣を持ち上げる絵をモチーフにした、紋章が描かれていた。お父様が考案した、フェアブラッド家の家紋だ。なるほど、物語の騎士がお父様と分かっていれば、同じ家紋の短剣を私が持っている事を偶然だとは思うまい。これでやっと合点がいった。閣下が私の短剣について尋ねたのもそれが理由か。


「貴女はこうしてわたくしを助けてくれて、今尚心配してくれています。しっかりとイーヴン様の意思を受け継いで……」

「勝手な事言わないでくれます!?」


 皇女の言葉を遮って私は叫んだ。黙って聞いていれば意思だなんだと、家で寝たきりの私に構いもせずに騎士としての職務ばかりをこなしていた男の何を受け継げば良いというのだ。私が彼から受け取ったのは、この形見の短剣とペンダントだけ。そう考えてずっと生きてきたのに。


「貴女に構っているのは、あくまでそういう契約だからですわ! 部下が人質になっているから、仕方なくこうして色々世話を焼いているんです! 父の意思なんて私には残ってない。私は、デモンジャックのルーエルですよ? 馬鹿にしないでくれます!?」


 私の動揺は収まらない。それどころか、皇女と話す度に増している気すらする。まるで彼女に心を見透かされているかのようだ。どういう事だ、さっきまで私が諭す側だったはずだと言うのに。皇女の言葉は、更に続く。


「ルーエル様……嫌なんですね、お父様が自分のせいで死んだ事を認めるのが」

「!? ち、違う! あの人は私を置いて勝手に死んだんです、私は関係ない! 私は……」

「ルーエル・フェアブラッド!」


 錯乱する私は、しかし皇女に呼びかけられてハッと我にかえった。直後、彼女が私を抱きしめて来る。その肌の暖かさが、胸にしみた。


「そんなにご自分を責めないで……お父様はきっと、無駄死にだなんて思っていません。きっとお父様にとって地位や名誉より、貴女が生きていてくれる事の方が大事だったのですわ」


 私は答えない。いや、答えられない。何も言わないまま、静かに皇女の声に耳を傾ける。


「それに、そんなに気負う事もないの。意識なんてしなくても、貴女には間違いなくイーヴン様の志が受け継がれている。一目見て分かりましたもの、優しい人だって。私、これでも人を見る目はありますのよ?」

「皇女様……」


 不思議な人だ。本当に私の心が分かっているように、私の本音を全て引き出していく。

そうだ、私はずっと怖かった。優しいお父様が変わっていき、最後には命を落としてしまった悲劇、それが全て自分の為に、自分のせいで起きた事だと認めるのが。その知略が認められ、次期騎士団長候補とすら言われたその輝かしき人生が、私のような小娘一人の為に失われる。それが私には重すぎたのだ。だから、私は父を拒絶した。本当は今でも好きなのに。


「……皆ね、言うんですよ。お父様はあんなに立派だったのに、お前みたいな何も出来ないクズだって。お前のせいで死んだお父様は可哀そうだって」

「なにもおかしいことなんてありませんわ。貴女とお父様は違う、別の人間ですもの。イーヴン様に出来て、ルーエル様に出来ない事があったってなにもおかしくない」


 皇女が私を諭す。冷静になって考えれば本当に当たり前の事。私はお父様じゃない、いくら真似ても同じ事ができる訳じゃない。そんな当たり前の事で、私は悩んでいたのか。


「でも、同時に貴女にしかできない事もあるのです。あの男の人を見つけて、わたくしを護ってくれたのは貴女だけでしたわ。志とはそういうもの、姿を変え形を変え、その人の物となって生き続ける……わたくしは好きですよ、ルーエル様の志」


 私は皇女を護り、あの男を殺す事を選んだ。協力……いや、利用すれば確実に皇女をさらう事はできただろう。そうすれば部下の一人や二人、犠牲にしてもお釣りがくるほどの金が入る。それでもしなかった。盗賊として考えれば馬鹿な選択だ。あれだけ善行を拒絶しながら、悪にすらなりきれない自分に反吐が出る。だが、そんな自分を皇女は認めてくれた。初めて、父を知る人に認められたのだ。知らず、目元からは涙が零れていた。その後の彼女の問いに即答出来なかったのも、あるいはそのせいだったのかもしれない……。


「……ねぇ、ルーエル様。この旅が終わったら、わたくし付きの騎士になってくださる気はないかしら?」


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