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姫君達の夜

「……あら、もうこんな時間。すっかり夢中になってしまいましたわ」

「みたいですね……」


 窓の外を見ながら皇女が呟いた。その表情は明るく、夜の闇に輝く星々のよう。心なしか肌のツヤも増している気がする。対する私は少々やつれた表情でそう答えるしか出来なかった。


「こんなにお話したのは本当に久しぶり、ナスターシャもここまで長くは聞いてくれませんでしたもの」


 同情しよう、顔も知らないナスターシャ。貴女はきっと、この頭のゆるい姫君の生ぬるい夢物語に毎日付き合わされていたのだろう。今日は長く話した方らしいが、これの三分の一だったとしても毎日話されたら私ならば三日持たない。

 部屋に戻った私は、閣下の助言通りに皇女の話を促した。結果は言わずもがな、これならば今、皇女の気持ちはさぞ晴れやかだろう。自らの婚約者、次期ランガーナ国王でもあられるカイン王子の容姿、人柄についての想像に始まり、例えとして御伽噺が出てくる度にその物語の全容を聞かされた。さすが箱入り娘と言ったところか、出てくるのは如何にも「女の子の夢」といった内容の物ばかりで、聞いているこちらまで恥ずかしくなってくる。こんな理想の男性像で想像して、実際にカイン王子に会ったら卒倒するのではないだろうか。王子も好青年であるとは聞くが、妄想の産物には敵うまい。


「……ご満足頂けてなによりですわ。さ、もうそろそろ寝ないと明日に響きますよ」


 と言うよりこちらの身がもたない、という言葉は飲み込んで皇女に寝るように促す。実際運ばれるだけの荷物のようなものだから関係はないのだが、この街を出るとそろそろ守りの薄い国境だ。妖魔が多く姿を現す場所だけに足場が悪い。馬車に揺られるだけでも体力を奪われる事だろう。その所為で馬車を止めるなどという展開は間違っても御免被りたい。精神面の世話はこのくらいで良いだろう。次は体力面だ。


「あ、お待ちになって。最後にひとつだけ」

「はぁ、なんでしょう?」


 皇女の意外な返答に、少し嫌そうな声が漏れてしまったかもしれない。まぁ指示に従わなかったから、とでも思ってくれるだろう。話している途中は興味深そうな態度に徹していた。箱入り娘如きに気付かれる事もあるまい。そう思っていたのだが。


「最後にルーエル様のお話も聞かせて頂きたいわ。ルーエル様ったらさっきから相槌ばかりで、自分からは一言も話そうとなさらないんですもの」

「!」


意外だ、気付いていたのか。お偉方は一方的に話すしか脳がないと思っていたが。上品さはあるのに、妙なところで皇族らしからぬ人である。きれいごとを言う舌しか持ち合わせないと思ったら、こうして傾ける耳も持っている。今まで見て来た貴族よりはす多少マシかもしれない。


「と言っても、ね。私は育ちが悪いもので知らないんですよ。皇女様が喜ぶような御伽噺は」


私は自嘲気味に答える。今の言葉で彼女の事を少しは見直した。だが、だからこそ彼女には私達が好むような話は聞かせたくない。無垢なままなら今の為政者のようになるよりずっと良い。


「わたくしは十分楽しませて貰いましたわ。だから今度はルーエル様に楽しんで欲しいのです。わたくしの事は気にせず、ルーエル様の話を聞かせて下さい」


皇女が笑いながら答える。その輝きの中には無垢だけで無く、無知が感じられた。そうでもなければ、彼女の立場では考えられない言葉だ。


「それに、少し楽しみでもありますの。普段わたくしが会わないような方が、どんな視点で世の中を見ているのか」


本当に皇族らしくない、本気でそう思う。全ての民を束ねなければならない立場である彼女が、たった一人の、それも盗賊などに話を合わせようと言うのだ。やはり彼女は何も分かっていない。国を動かす者が人に動かされては、いずれは人に押し潰されるのだ。だが、


「まぁ及第点、ですかね」

「え?」

「なんでもありませんわ」


私欲にまみれた今の為政者よりは好感が、そして希望が持てる。私はらしくないな、と思いつつも少し彼女の我が儘に付き合う事にした。大丈夫、話す事はもう決めてある。


「じゃあ、一つ昔話をしましょうか。むかしむかしあるところに……」


私は思い出すように語り出した。城にやって来た誰も知らない、いや私しか知り得ない、語られざる物語を……。



むかしあるところに 若い騎士がいました

彼は剣も苦手なら魔法も使えない 弱い騎士でしたが

正義感は人一倍強く 皆に愛されていました


騎士には娘がいました

妻を早くに流行病で失い 男手一つで育てた一人娘

しかし生まれつき身体が弱く 薬を飲み続けないといけません

騎士は知恵を絞って活躍し続けましたが

やがて薬を買うお金が無くなってしまいました


「何かあの子を救う方法はないのか」


悩む騎士の前に一人の男が現れました 魔法使いです

魔法使いは騎士に一本の剣を手渡し言いました


「その剣で悪者を斬りなさい 倒した分だけ娘さんは元気になります そして魔人を倒した時 娘さんの身体は完全に良くなるでしょう」


騎士は言われるままに剣を受け取ります

手に取った瞬間、全身に力がみなぎるのが分かりました

疑い半分だった騎士は その力で街外れに出没するという妖魔を斬ります

騎士は家に戻ると 目の色を変えました

そこでは寝たきりのはずの娘が穏やかに出迎えてくれていたのです


それから騎士は数多くの妖魔を退治しました

その活躍は王様の耳にも届き 遂には軍隊の隊長にまでなります

妖魔を倒す度に娘だけでなく剣も強くなり

彼を更に強い妖魔と戦えるようにしました

しかし いくら倒しても魔法使いの言った魔人が何なのか分かりません

元気になっても発作のなくならない娘に 騎士は焦り始めていました


剣と共に騎士も少しずつ変わっていきました

四六時中妖魔を倒す事を考え 娘や部下達の言葉にも見向きもしません

騎士を慕っていた部下達の心も次第に離れていきました


ある日 騎士が言いました


「アムダクトを討伐する」


アムダクトは暗黒騎士とも呼ばれる人型の妖魔で

その強さは聖騎士に匹敵すると言われています

当然、疲れ切った騎士の部下達が敵うはずもありません

部下の誰もが反対しましたが 騎士が聞き入れる事はありませんでした

それどころか、言う事を聞かない部下を一人 見せしめに殺してしまったのです

これを恐れた部下達は、次々と騎士の元から去って行きました

やがて狂った騎士を倒そうと討伐隊が送られてきます

兵士に取り囲まれて騎士は初めて気付きました

自分こそが血に飢えた魔人なのだと

騎士は涙を流しながら笑って呟きました


「やっとみつけた」



「……こうして騎士は自らの命と引き換えに娘を救ったのでした」


 感慨深くそう締めて、皇女の方を見る。既にベッドに横にさせた彼女からは、すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてきていた。私は思わず、小さくため息をついた。


「……退屈な昔話で恐縮ですわ」


 子供が語る他者への興味などこれが限界だろう。それでも、その姿勢を見せられる人間自体少ない。こういう方が上に昇ってくれれば、少しは世の中も信用できるようになるのだろうか。無論、彼女が本物の王女だったら、の話だが。

正直、私にも分からなくなって来ている。この少女が本物なのかどうか。こうして部屋で共に過ごすと実感させられる事だが、彼女は間違いなく温室育ちだ。言葉遣い、礼儀作法、立ち居振る舞いに至るまでをつつがなくこなし、それでいて堂のいった態度。これらを全て自然体で行うなどと言う芸当、一朝一夕では身につかない。かなり幼少の頃から、生活の一部としてきたのだろう。そうなるともし彼女が影武者だとしたら、生まれは少なくとも貴族階級。身の危険を負わせるには無理のある立場だ。あるとすれば没落した家から引き取ると言う手だが、それほど都合の良い人材そうはいまい。他に私では思いつかないような手段があるのか、それとも彼女が本物の皇女なのか。


「ま、私には何の関係もないんですがね」


真偽はどうであろうと、狙われているのはイスマリアという人間ではなく、アステルベルク皇家という看板だ。それが本物であろうがなかろうが、使いようはいくらでもある。故に敵に回すのだ、皇女の敵となるもの全て、例え彼女が影武者だったとしても。


「要らぬ他人の敵まで呼び寄せる事になる。全く面倒な仕事ですね、影武者ってヤツは」


 王位は他国の敵、良心は私欲の敵、さらに彼女は法力で妖魔まで敵に回している。仮に彼女が本物だったとしても、無事にランガーナへ辿り着く事の如何に困難な事か。


「そう、貴女の敵は妖魔だけじゃないんですよ」


 眠る皇女にそれだけ告げると、私は部屋の扉を音もなく開き、外へと抜け出した……。


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