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悪役令嬢は、王国最後の日に笑う。  作者: ももにく


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第5話 王太子の裏切り


王都の空に走った黒い亀裂は、数分もしないうちに消えた。


けれど。


その日を境に、王国は明らかに変わった。


各地で小さな暴動が起こり始めた。


貴族の屋敷が襲われる。


商人が襲撃される。


教会では聖女を求める人々が押し寄せる。


そして、そのたびに同じ噂が流れた。


――公爵令嬢アデリアが民衆を苦しめている。


――アデリアが王太子を操っている。


――あの女が王国を滅ぼそうとしている。


「……随分と好き勝手言ってくれるわね」


私は新聞を机に置いた。


「ですが、事実ではありません」


隣に立つ侍女が言う。


「もちろん知っているわ」


私は笑った。


問題は、誰がこの噂を流しているか。


それだけだった。


「アデリア様」


執事が入ってきた。


「王太子殿下がお見えです」


「通して」


しばらくすると、レオナルドが部屋に入ってきた。


けれど。


いつもの彼とは違った。


表情が硬い。


目も笑っていない。


「久しぶりだな、アデリア」


「そうですね」


「話がある」


私は椅子を勧めた。


「どうぞ」


しかし彼は座らなかった。


「君との婚約を破棄する」


――予想していた。


けれど。


こんなにも早いとは思わなかった。


「理由は?」


「君が王国を混乱させているからだ」


「証拠は?」


「……」


レオナルドが黙る。


私は笑った。


「ないのでしょう?」


「アデリア」


「噂だけで私を処罰するつもり?」


「違う!」


初めて彼が声を荒らげた。


「君を守るためだ!」


「……何ですって?」


レオナルドは拳を握った。


「今の王国は危険だ。君が私の婚約者である限り、反乱勢力は君を狙う」


「だったら婚約を続ければいいでしょう」


「それでは駄目なんだ」


「なぜ?」


レオナルドは答えなかった。


私は目を細める。


「聖女ですか?」


彼の顔が強張った。


「……セレナは関係ない」


「そう」


私は立ち上がった。


「なら、婚約破棄を受け入れます」


「……!」


レオナルドが驚く。


「いいのか?」


「ええ」


私は机の上に一枚の書類を置いた。


「こちらも準備していましたから」


「これは……」


「婚約解消の同意書です」


レオナルドは書類を見つめた。


「いつから?」


「あなたが私を切り捨てる準備を始めた日から」


彼の顔が青ざめる。


「アデリア……君は何を知っている?」


「何も」


私は微笑んだ。


「ただ、私は自分の身を守るのが得意なんです」


レオナルドは黙り込んだ。


そして。


「……すまない」


小さな声だった。


私は何も答えなかった。


彼が部屋を出ていく。


扉が閉まった瞬間。


私は笑顔を消した。


「……やっぱり」


机の下から、一枚の紙を取り出す。


そこには王宮の内部情報が書かれていた。


王太子が婚約破棄を命じられた日時。


王家の会議。


教会との密約。


そして――


『聖女セレナを王太子妃にする』


という決定。


「レオナルド本人の意思じゃない」


私は呟いた。


誰かが王太子を動かしている。


そして、その誰かは私を王国崩壊の原因にしようとしている。


「だったら……」


私は書類を燃やした。


「もっと悪い女になってあげる」


翌日。


私は王都の中央広場に姿を現した。


周囲には大勢の民衆。


兵士たちもいる。


私は壇上へ上がった。


「皆さん」


ざわめきが止まる。


「私は今日、王太子殿下との婚約を正式に解消しました」


驚きの声。


「そして、これから私は公爵令嬢として、この王国の腐敗を正します」


「何を言っている!」


貴族の一人が叫んだ。


私はその男を見た。


「あなたの領地から徴収された税金のうち、三割が王都へ届いていませんね」


男の顔が青ざめる。


「なぜそれを……」


「次」


別の貴族を見る。


「あなたは平民の土地を不正に奪った」


「待て!」


「次」


次々と名前を挙げる。


民衆の表情が変わっていく。


私はすべて知っていた。


この数日間、調べ続けた。


誰が何をしているのか。


誰が誰と繋がっているのか。


そして。


最後に一人の名前を口にした。


「――王宮財務長官」


広場が静まり返る。


男が震えながら立ち上がった。


「な、なぜ私を……!」


「あなたが、この国の税金を横流ししていたからよ」


「証拠はあるのか!」


私は笑った。


「あります」


大量の書類が兵士によって運び込まれる。


民衆が騒ぎ始めた。


私は壇上から王宮を見た。


――これでいい。


私が権力を握る。


私が悪女だと呼ばれる。


私が憎まれる。


それでいい。


そうすれば。


本当にこの国を壊そうとしている人間が、必ず私を消しに来る。


そして、その瞬間を待つ。


私が一番欲しいものは――


権力でも。


王太子でも。


王妃の座でもない。


この国を滅ぼそうとしている「誰か」の正体。


その夜。


王宮の最深部。


一人の男が報告を受けていた。


「アデリアが動き始めました」


男は静かに笑った。


「予定通りだ」


「しかし、あの女は……」


「問題ない」


男は古い記録を閉じる。


「あと半年もすれば、あの女は必ず――」


そこで、男の言葉が止まった。


「……いや」


男は窓の外を見た。


「もしかすると、予定より早いかもしれんな」


王都の時計塔が鳴る。


残り――


三百日。

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