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第九十二話「予知夢と目覚め」



闇の中を漂っていた。


メルベル・ボムは夢を見ていた。いや、これは夢なのか?あまりにも鮮明すぎる。


広場が見える。石造りの壇上に、一人の女性が立っていた。


ニイナだ。


だが、今のニイナではない。顔は若いままだが、纏う雰囲気が全く違う。今のアザリアよりも年上に見える。四十代か、いや五十代かもしれない。聖火の力で若さを保っているのだろうが、その威厳と貫禄は長い年月を物語っている。立派な巫女の装束を身にまとい、一国の指導者として聴衆に語りかけている。


その隣には、かなり強そうな大男が立っていた。四十代くらいか。ハンサムな顔立ちで、戦士の風格がある。


「ニイナの男か?」


そしてその二人の間に、二十歳くらいの青年がいた。優しそうな顔をしているが、どこか頼りなさそうにも見える。


「てことは、この二十代の奴は......俺の孫か」


「俺の孫か......何十年も経ってるのか?」


メルベルは夢の中で呟いた。自分の体は動かない。ただ見ているだけだ。


視線を移すと、ガレスとアルマの姿もあった。だが彼らも年を取っている。ガレスは四十代半ばか、立派な神殿戦士の鎧を身につけているが、顔には年輪が刻まれている。その隣には二十歳前後の若者がいた。アルマも同じくらいの年齢で、巫女の正装を着ているが、もう若くはない。彼女も二十歳くらいの娘を連れている。


「みんな、年を取って......子供も大きくなって......一体何十年後なんだ?」


空を見上げて、メルベルは腰を抜かしそうになった。


「なんだあれは!?」


巨大な金属の塊が空に浮いている。クジラのような大きさの、見たこともない機械が、まるで鳥のように優雅に空を舞っていた。翼もないのに、どうやって浮いているんだ?


「魔法か?いや、違う......何か別の原理で動いている」


心臓がドクドクと脈打つ。こんなものが存在する時代が来るのか?街並みも変わっていた。建物は天を突くように高く、道は石畳ではなく黒い何かで覆われている。人々の服装も、今まで見たことがないような素材でできていた。


「これが......未来なのか?」


そして、広場の中央に巨大な銅像があった。


剣を天に掲げる戦士の像。台座に刻まれた名前を見て、メルベルは息を呑んだ。


『メルベル・ボム 千年王を倒し、新時代を切り拓いた英雄』


「俺の......銅像?俺は......死んでいるのか」


ニイナの声が響いてきた。壇上から、力強く宣言している。


「我が父、メルベル・ボムは千年王を倒し、この世界に真の平和をもたらしました!」


聴衆から歓声が上がる。何千、いや何万という人々が広場を埋め尽くしていた。


「そして今日、父が命を賭して守ったこの地で、父が逝ったこの日に、私たちは宣言します!」


ニイナが剣を高く掲げた。その剣は、メルベルがよく知っている剣だった。自分の剣だ。


「千年の停滞を超えて、我々はここにカーカラシカ国の誕生を宣言する!」


轟くような歓声。人々が熱狂している。上空を、あの巨大な機械が何機も飛び交っていく。祝砲のような音が響き渡る。


「この地を超えて、我々は空から世界を制覇し、未到の地を進む!新しい時代の幕開けだ!」


「カーカラシカ国......」


メルベルは呆然とした。銃の時代どころの騒ぎじゃない。一体何が起こるんだ?技術がここまで進歩するのか?


「けど......俺はこれを見ることができないのか」


自分の銅像を見つめる。死んだ日に建国宣言。つまり、自分はこの瞬間を見ることなく逝くのだろう。


「だが......」


娘の誇らしげな顔を見て、メルベルは微笑んだ。


「最高だ。俺には勿体ない。いい人生だった」


人々が歌い始めた。聞き覚えのある旋律。


『眠れ、疲れし戦士よ

お前の戦いは終わった

母の腕の中で、愛する者の傍で

永遠の安らぎを、今ようやく得る』


あの歌だ。孤独な戦士の子守歌。何万という声が、自分のために歌っている。


「ああ......いい気分だ......」


光が差し込んできた。夢が薄れていく。


そして、目が覚めた。


瞼がゆっくりと開く。白い天井が見える。腕は動く。体中が痛い。何かの液体が入った袋が、管を通じて自分の体と繋がっている。


「なんだこれ?むしっていいのか?」


むっくりと起き上がろうとすると、近くにいた医者が飛び上がった。


「起きた!メルベル様が起きた!」


慌てて他の医者や看護師が集まってくる。白衣の集団に囲まれて、メルベルは困惑した。


「そういえば......なんだったか?なんでここに?」


記憶が曖昧だ。今朝は何をしていた?いや、今朝?何日経ったんだ?


医者が慎重に尋ねてくる。


「お名前は分かりますか?」


「メルベルだが」


「お仕事は?」


メルベルは眉をひそめた。


「舐めてんのか?無職だ。文句あるのか?」


医者は手元の資料を見て、困ったような顔をした。


「ええっと......神殿の記録では......」


「知るか」


目に光を当てられ、胸に冷たい金属を押し当てられる。診察というやつか。


そして突然、記憶が蘇ってきた。


「そうだ!ニイナはどうなった!?」


勢いよく起き上がり、目の前の医者の胸ぐらを掴み上げた。


「おい!娘はどうなった!?最後は......襲われて、走って......」


「ちょっと!落ち着いてください!」


医者が悲鳴を上げる。看護師たちが慌てて止めに入った。


「みなさんご無事です、メルベル様!娘さんも奥様も!」


その言葉を聞いて、メルベルはようやく医者を離した。


「......悪かったな」


立ち上がろうとして、点滴の管をむしり取る。


「何してるんですか!?」


医者たちが慌ててベッドに押し戻そうとする。抵抗しようとしたが、背中に激痛が走った。皮膚がピンと張って、引きつっているような感覚。


「ぐっ......」


よろめいて、肩肘をついた。足に力が入らない。


「やめてください!まだ動いちゃダメです!」


看護師たちに押し戻され、ベッドに横になる。


そうだ、思い出した。イザベラにやられたんだ。酸を浴びせられ、毒ナイフで刺され、胸に穴を開けられ、骨が折れるまで殴られた。


「ニイナが......助けてくれたんだったか」


看護師が再び点滴の針を腕に刺した。


「これって何だ?」


「抗生物質です。細菌をやっつける薬です」


「なるほど」


どうも相当重症だったらしい。


「ありがとう、助かった」


医者の一人が照れくさそうに笑った。


「こちらこそ。実はあの時、私もあそこにいまして......」


青白い顔で続ける。


「あなたのおかげで、家族もなんとか逃げられました。妻と娘が、パレードを見ていたんです」


メルベルは静かに頷いた。


「それは......大変だったな」


窓から差し込む光が、白い病室を照らしている。生きている。まだ、生きている。


夢で見た未来は、本当に来るのだろうか。空飛ぶ機械、高い建物、新しい国。


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