第九話「新たな命と恐ろしい予言」
# 第二部 第九話「新たな命と恐ろしい予言」
翌朝、メルベルが洗面所へ向かうと、アザリアがトイレの前で青い顔をしていた。
「どうした?」
慌てて駆け寄るメルベルに、アザリアは弱々しく微笑んだ。そして、少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに言った。
「えへへ……来たかも」
メルベルは一瞬、言葉の意味を理解できなかった。しかし、すぐに気づいて顔が輝いた。
「おお!本当か!?」
「たぶん……でも、まだ確かじゃないから」
「すぐに医者を呼ぼう」
メルベルは興奮を抑えきれずに、使用人に医者を呼びに行かせた。
ハロルド医師が到着し、慎重にアザリアを診察した。しばらくして、彼は穏やかな笑みを浮かべて告げた。
「二ヶ月目ですね。おめでとうございます」
その言葉に、部屋中が歓声に包まれた。
アジョラは、まるで天にも昇るような表情だった。
「まさか、まさか二人目の孫が……」
彼女の目には涙が浮かんでいる。息子を諦めていた26年間、そして今の幸せ。全てが夢のようだった。
「すべてが順調すぎて、怖いくらいね」
アジョラは震える声で呟いた。
それから数ヶ月が経った。
医師の検診で、胎児が男の子だと判明した日、メルベルは平静を装いながらも、心の中で小さくガッツポーズをした。
(男だ!)
しかし、次の瞬間、自分の頭の中に訓練スケジュールが無意識に浮かんできて、愕然とした。
(俺も結局、親父と同じことを考えているのか……)
朝の鍛錬、剣術の基礎、体力作り……。気がつけば、自分が受けた訓練の内容を、息子用にアレンジしている自分がいた。
夕方、祝いの席が設けられた。
ニイナには特別に仕立てた可愛らしい着物を着せて、アジョラが嬉しそうに話しかけている。
「ニイナちゃん、お姉ちゃんになるのよ。弟を大切にしてあげてね」
「おとうと?」
まだ言葉もおぼつかないニイナが、不思議そうに首を傾げる。
その時、ナブとリーナが到着した。
「おめでとう、メルベル!」ナブが豪快に肩を叩く。「男の子だって?いいなあ」
「ありがとう」メルベルは苦笑した。「でも、どう育てるか悩むな」
酒が入り、話が弾む中で、自然と話題は男児の教育に移っていった。
「やっぱり、剣術は基本だろう」ナブが熱く語る。「俺が直々に教えてやってもいいぞ」
「いや、俺の流派を継がせないと」メルベルも負けじと言い返す。
女性陣が不満そうな顔をした。
「もっと優しく育てなさいよ」リーナが口を挟む。「音楽とか詩を愛する、心豊かな少年にした方がいいわ」
「そうそう」アザリアも同意する。「ニイナと同じように、普通の子として」
「一応はするよ、一応は」メルベルは慌てて言った。「でも、鍛えておかないと、いざという時に困るし……」
ナブが頷く。
「そうだな。今度、神殿に幼年部を設けて、学校を作る話があるんだ。その第一期生にしたらどうだ?」
「いいアイデアだが……」メルベルは考え込む。「素性を明かすと、まだちょっと困るかもしれない」
「いや、最近は不心得者もいなくなったし、大丈夫だろう」
男たちは、まだ見ぬ男児の姿を思い浮かべながら、あれこれと教育論を戦わせた。剣術の流派、体力作り、学問の重要性……。
「お前たち、気が早すぎるわよ」
アザリアが呆れたように言うと、一同は笑い声を上げた。
夜も更けて、ナブたちを客用の寝室に案内した後、メルベルとアザリアも寝室に戻った。
「楽しい夜だったわね」
アザリアが幸せそうに呟く。メルベルも頷いた。
「ああ、久しぶりに騒がしくて良かった」
しかし、眠りについてしばらくすると、またしても予知夢がメルベルを襲った。
今度の夢は、前回とは違っていた。
自分は戦っていない。ただ、見ているだけだ。
目の前で、自分によく似た少年が戦っている。まだ十歳になるかならないかの幼い顔。黒い髪と、メルベルと同じ瞳を持つその子は、必死に剣を振るっていた。その手にあるのは、メルベルの流派の曲刀ではなく、真っ直ぐな直剣だった。その構えと動きは、どこかナブの剣技を思わせる。
相手は、前に見たあの黒い甲冑の少女だ。
少女の剣技は鋭く、容赦がない。黒い炎を纏った剣が、少年を追い詰めていく。
少年は必死に応戦するが、実力の差は歴然としていた。一撃、また一撃と、少女の剣が少年の体に傷を刻んでいく。
血が飛び散る。少年の顔が苦痛に歪む。
「ガレス!」
メルベルは叫んだ。なぜその名前を叫んだのか、自分でも分からない。それは父の名前だった。しかし、なぜか少年に向けて叫んでいた。
目が覚めた。
また汗びっしょりだった。心臓が激しく脈打っている。
隣でアザリアが心配そうに見つめていた。
「また……?」
メルベルは頷くことしかできなかった。
確信があった。これは予知夢だ。間違いない。
そして、恐ろしい理解が脳裏を貫いた。
(あの少女は……ニイナだ。そして少年は、これから生まれてくる息子)
自分の子供たちが、将来殺し合うことになる。その光景を、予知夢は見せているのだ。
なぜ?どうして自分の子供たちが戦わなければならない?
「メルベル、大丈夫?」
アザリアの声で我に返る。
「ああ……大丈夫だ」
嘘だった。全く大丈夫ではない。しかし、この恐ろしい予言を、今アザリアに話すことはできなかった。
窓の外はまだ暗い。夜明けまでまだ時間がある。
メルベルは目を閉じたが、もう眠ることはできなかった。脳裏には、血まみれになった息子の姿と、憎しみに満ちた娘の顔が、交互に浮かんでは消えていった。




